戴冠式
戴冠式当日、久しぶりにアンジェリカにあった。
金糸の刺繍がされた控え目な白のドレスを、上品に着こなし、相変わらず堂々とした立ち姿は、とても美しかった。
彼女は、国王の座る玉座の後方で、気付かれないように『絶対治癒』を施し続けていた。
そのせいか、国王は今までで一番、顔色が良い様に見える。
たくさんの賓客や諸公が見守る中、陛下の前にはフェリクス王子が膝をつき、頭上に王冠を待つ。
国王陛下が玉座から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで、フェリクス王子の前に立ち、その頭上に王冠を掲げた。
二人を見守っていた人々から、盛大な拍手が沸き起こる。
立ち上がったフェリクス国王は、そのまま歩みを進め、国民の待つテラスへと進んでいく。
フェリクス国王と前王の側近達が、拍手をしながら何食わぬ顔で、前王の姿を隠すように壁を作った。
その隙に、アンジェリカとヴィオラは前王と共に、裏口から別室へと移動していた。
前王は、用意されていた寝台にヘナヘナと倒れ込んだ。 すぐさまアンジェリカが『絶対治癒』を施す。
しかし、その手を押し戻しながら言う。
「早く行きなさい。シーラ公爵が待っている」
何の事だろう。と、不思議に思いながら二人を見ていると、アンジェリカは泣きながら、前王と前王妃に抱きついた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
そう言いながら。
そして、アンジェリカは私にも抱きついてきた。
「運命を変えたわ。次はあなたの番よ。もう会えないかもしれないけど、必ず生き延びてよ」
早口でそう言い残すと、駆け足で奥の扉へと姿を消した。
私には、訳がわからなかった。
※※※
その後行われる晩餐会の準備の為、会場に『完全中和』の魔方陣を敷き詰めていると、ルイ王子が駆け寄ってきた。
「アンジェリカ・スピンタリス伯爵令嬢は?」
慌ててカーテシーをするが、ルイ王子は見もしない。
「戴冠式の後から、見かけておりません」
「みんな、そう言うんだよね。もう、ずっと会えてないんだけど」
イライラしているルイ王子に対し、私も暫く振りに今日会った事を伝えた。
―――パレードが終わり、晩餐会の会場に招待客が集まってきた。
入口付近では、ルイ王子やフェリクス国王の側近達が、招待客と歓談していた。
いつもとは違い、義礼服に身を包んだアジュール様は、一段と麗しく見えていた。
「ハァ……ここは特等席です」
隣室から覗いている私を、オリバー様が呆れて見ていた。
「グリシヌに伝えようか? 婚約者候補にアジュールを入れるように」
「何言ってるんですか。家格が違いすぎますよ。それに、あんな美丈夫がいつも隣にいたら、緊張し過ぎて倒れちゃいます」
苦笑いをしたオリバー様は、「ホドホドにしておきなさい」と言って、会場に入っていった。
ふと、ラウルと目があった気がした。 手を振ろうとしたが、ラウルはフイッと目をそらす。
今までは、手を振ってくれていたのに、何があったのだろう。怒らせるような事をしたのだろうか。
侍女に呼ばれ、フェリクス国王の控室に出向いた。
手を取り『完全中和』を施していると、また同じ質問をされた。
「アンジェリカはどこ?」
「私も戴冠式が終わってからは見かけていません。何かあるのですか?」
「そういう訳ではないが……」とフェリクス国王が言うには、どうもルイ王子がアンジェリカが婚約者だと、発表したがっている節があると言うのだ。
「だから、アンジェリカを見かけたら、話がある。と伝えてくれないか」
「わかりました」
そう答える頃には、施術が終わった。
そして、ふと思った。
卒業時の舞踏会ではないが、ひょっとして『アカンサスの花園』の断罪イベントだったのかもしれない。
アンジェリカは、見事に逃げたのだ。
―――晩餐会も終了し、幾人かの招待客が各々席を移動して、歓談を楽しんでいた。
もう、新しい食事は運びこまれないので、私の仕事は終わった。
オリバー様に挨拶をして、客室に戻る事を伝えた。
この数日間の仕事は、深夜にまで及ぶので、王宮の客室を借りていた。
月明かりの下、カンテラの灯りを頼りに、広い王宮の庭を横切る。 昼間には何の事ないトピアリーが、暗闇の中で不気味な存在感を放っていた。
少し早い心臓の鼓動を感じながら、早足で石畳の上を歩く。カツカツと響く自分の足音も驚いてしまう。
ガサッ
急に大きな物音が聞こえ、足がすくんだ。どうも、前方にあるガゼボ付近から聞こえてきたように思う。
(困った。その横を通り抜けなければいけないのに)
その時風が吹いた。
「やだっ!」
カンテラの灯りが消えた。 月明かりがあるものの、ほぼ真っ暗な暗闇だ。
(どうしよう)
火魔法が使えれば、カンテラの灯りを点ける事ができるが、後ろを振り返っても遠くに建物の灯りがチラチラしているだけで、ほぼ暗闇だ。
(戻って灯りをもらうのも、進んで部屋に帰るのも、たぶん同じ距離だわ)
それなら、進んだ方がいい。
意を決して一歩踏み出した時、またガサッっと音がした。
「ヒッ!」
私は頭を抱えてしゃがみこむ。
(もう、やだぁ。兄様―――!)




