対策・2
私の頭の上で、テンポ良くリズムを取っていた指が止まり、スルスルと頬へと移動した。
「ヴィオラの監視というか、護衛を付けてもらえるように、オリバーに頼もう。あいつはヴィオラの上司みたいなものだろう?」
ニッコリと兄は微笑む。 確かにオリバー様は上司であり、王宮植物園の責任者みたいなものだ。
オリバー・オリビン侯爵子息。彼は回復・薬師の家系で治癒に特化していて、代々王宮植物園を管理している。
「それにだ。ヴィオラに容疑が掛けられた。と言うことは、今の騎士の所属先である部隊は信用出来ない、という事だよ?」
確かに。彼等が私の潔白を証言してくれなければ、毒薬に一番詳しい私が容疑者だ。
「でも、毎月、護衛の騎士の部隊は変わりますよ? どの部隊が信用出来ないのかわからないわ」
「なるほど、一理ある。でもだ、自分のテリトリーである植物園で働くお前に、毒殺の容疑が掛かるというのは、責任者として捨てておけないと思うぞ?」
兄は、またポンポンと頭を撫でながら言った。
「今日は、オリバーも来ているはずだから話だけでもしておこう。 ヴィオラの予感はバカにできないからな」
そう言って、切れ長の美しい青紫の瞳はウインクをした。 トキメキ過ぎて心臓が止まるかと思った。
※※※
白壁に黄金で美しく飾られた、きらびやかな宮殿に到着した私達は、オリバー様を探しにホールへと向かっていた。 しかし、私はある人の姿を求めていた。
アジュール・サフィルス様。サフィルス公爵家はドラゴン使いの家門で、瑠璃騎士団に所属している蒼の竜騎士だ。
『アカンサスの花園』の物語に、アジュール様は出てこない。 ということは、攻略対象者ではない。 転生者を自覚して、一番安堵したのがコレだった。
(あっ、いらっしゃった)
紺碧の儀礼服を着た彼は、凛とした佇まいでホールの少し端に陣取っていた。
黒というよりは紫青に近い髪で、ミディアムロングの髪をハーフアップにしている。 伏し目がちな瞳はサファイアブルーだ。一度でいいから、その瞳に見つめられたい。
そんな事を考えながら、いつも彼を観賞している。 声を掛ければいいじゃない。と思うかもしれないが、彼は公爵家。我が家は侯爵家。友人でもなければ、話かける事は出来ない。
(あぁ、今日もお会い出来て幸せだわ)
うっとりとアジュール様を見つめている私を、半ば呆れ顔で兄が眺める。
「オリバーを捜すんだろ?」
兄に腕を引っ張られた。その時、違和感に気付いた。
緑がかった青色の髪でライトブルーの瞳の、四・五才位の幼子がアジュール様の上着の裾を摘まんでいたのだ。
「兄様? アジュール様に妹はいらしたかしら?」
袖を引っ張り尋ねる私に、おかしな子だ。と笑いながら兄は
「アジュールには妹はいない。今も昔も」
そう言って、私の頭を撫でる。 いつまでたっても子供扱いだ。
(それならば、ご親族かしら?)
不安げな表情でアジュール様の側にいる彼女を、微笑ましく見ていた。
ほどなくして、オリバー様とお会いする事ができた。
彼も攻略対象者ではないはずなのだが、短く切り揃えられた若草色の髪にグレーの瞳の彼は、とても知的に見える。
兄の話を聞いたオリバー様は「なるほど……」と唸る。
「現体制の監視護衛では、穴があるという事だな……」
現体制では、四つの騎士団が月替わりで、私の監視に付いている。
「ならば、どうだろう。別々の騎士団から一人ずつ監視護衛に付くというのは。そうすれば、お互いの騎士団の監視もできるのではないか?」
兄がしたり顔で意見を述べる。
なるほど、悪意を持つ騎士がいたとしても、他の騎士団の騎士がそれに気付くという事だ。
「名案だ。早速、上に相談し早々に対応しよう。しかし、直ぐに変えられる事ではない……。明日からどうするべきか……」
オリバー様が、また悩みだした。
「それでしたら、勤務前後にオリバー様の部屋に伺いますから、私が毒を持ち歩いていないのを、侍女達に身体確認をしていただくのは、どうでしょう。 オリビン侯爵家の侍女達に間違いを犯す者はいないと思いますが」
私はニッコリ微笑み提案する。 自分の処刑が掛かっているのだ。オリビン侯爵家を巻き添えにしてやる。
「グリシヌ。お前の妹は可愛らしい顔をしておきながら、なんと恐ろしい令嬢なのだろう。だが、良いだろう。王太子の毒殺が画策されているのなら、捻り潰さなければな。ヴィオラ、早速明日から王宮内に毒の気配がないか探索しよう。 私はこのまま王太子に報告に行ってくる。忙しくなるな、ヴィオラ」
そう言うと、私の肩にポンと手を置き、王太子がいるであろう賑やかな一団の方へと歩いていった。