変化
その日以来、アンジェリカの姿を見なくなった。
リーラやアドニスにも尋ねたが、学院にも来ていないらしい。 先生方からも何の説明もないそうだ。
ただ、国王陛下の施術の為に執務室には来ているらしいのだが、近衛兵に取り囲まれていたそうだ。
これは、国王の間に通じる廊下の衛兵に聞いた。
アンジェリカに会えなくなって数日が立っていた。 彼女の事だから、ルイ王子の婚約話から逃げる方法を見つけたのだろう。
私も彼女を見習って、運命に抗っている。 今日もラウルに魔法を習っていた。
だが、この頃なんだか元気がない。 戴冠式を控えて疲れているのだろうか。 それとも、緊張しているのだろうか。
「ラウル。 忙しいのなら、私に付き合わなくてもいいよ。 ライリー様に頼むから」
あの時以来、ライリーとは打ち解けたような気がしていた。 今も、後方で私達を見守っていた。
とたんラウルは不機嫌になった。 気を使われるのが不愉快なのだろうか。 面倒な男だと思った。
「―――っ!」
急に攻撃され、慌てて防御シールドを張る。 以前に比べて、格段に腕が上がっている。――と思う。
すべての攻撃を防ぎきり、あたりに砂煙が立ち込めていた。
(急になんなのかしら)
息を整えながら、砂煙の向こうにいるはずのラウルを睨んでいると、ゆっくりと彼が近付いてきていた。
そして、すれ違い際に私の肩に手を置いて
「そうだな。俺よりルーベル公爵がいいかもな」
と言って、立ち去っていく。
「―――なんなの?」
私は茫然と立ち尽くし、ラウルの後ろ姿を見送っていた。
※※※
それからというもの、ラウルは私を避けるようになった。 魔法の練習にも付き合ってくれない。
初めは、忙しいのだろう。と思っていたが違うようだった。
アンジェリカに相談したくとも、彼女とも会えない。 何度か国王陛下に尋ねてみたのだが、聖女として戴冠式に参列するので、作法の練習や準備で忙しくしているらしい。
お茶会でもあればフレイヤに会えるのだが、今時期は、シーズン最高峰の王家の舞踏会の準備に向けて、どこも忙しく、開催する家なんてない。
※※※
「―――上の空だな」
兄の声と共に、ヴィオラの真横で爆発音と砂煙が上がる。
「ごめんなさい」
私は杖を握り直した。
「いや、そろそろフェリクス王子の所へ行こう」
スタスタと歩き出す兄を、慌てて追いかける。
最近、なんだか皆がおかしい気がする。うまく説明できないのだが。
「ヴィオラ。お前……好きな人はいるのか?」
思いがけない質問に、頭が真っ白になった。
「兄様……どうしたのですか?」
「いや、そろそろヴィオラの婚約者を考えないといけない時期なのだろうか……と父上が……。 このままだと、顔も知らない相手の所に嫁ぐのではないか?」
私はマジマジと兄の顔を見た。 何を言っているのだろうか。
「私は兄様の決めた人と婚姻を結びます。そう約束したではないですか」
そう言って、私は兄の腕を取った。
※※※
「まったくわからない。あいつの頭はどうなっているんだ?」
フェリクス王子の控えの間で、グリシヌは椅子に倒れこむ。
「どうしたんだ?」
本棚から参考資料を選んでいるラウルが、視線は動かさずに声だけ掛けた。
「親父がヴィオラの婚約相手を捜し始めたって言ったろ? もし、気になっている相手がいるなら、口添えでもしてやろうと思っていたのに、私に任せる、と言う。 まったく話にならない」
ラウルの手から本が滑り落ちた。 グリシヌは気付かずに話続ける。
「それにだ、アジュールを気に入っていたから、それとなく聞いてみたら、美しい絵画を鑑賞しているようなものだって言うんだ。あの頃の令嬢は、好きな相手位いるものだろう? 夜会でキャーキャー騒いでは、張り合っているじゃないか」
「―――なんだろう。 一方的に振られた気分なんだが」
「あぁ、アジュール。いたのか」
続きの間からアジュールが顔を出した。
「そういえば、最近ルーベル卿との距離が近いのが気になる。 先程も抱き合っているのか? と勘違いするほど寄り添っていた。あれは、好いているのだろうか?」
ボトボトと音を立てて、ラウルが抱えていた本を落とす。
アジュールが慌ててグリシヌを黙らせようと、身振り手振りで知らせるのだが、まったく気付かない。
天井画を見上げながら、独り言の様に続ける。
「ここは、ルーベル卿にエスコートを頼んでもいいのだろうか……」
「それは嬉しいね」
続きの間から、今度はライリーとジョシュアが顔を覗かせた。 アジュールはため息と共に顔を覆う。
「ルーベル卿………いつから?」
グリシヌは慌てて立ち上がる。
クスクス笑いながら、二人は椅子を引き寄せた。
「前から思っていたけど、その言い方止めないか? 名前で呼んでもらいたい。同じ仲間になるのだし」
グリシヌ達三人は、互いに顔を見合わせていた。
「まぁ、いいけど。 そう、ヴィオラ嬢の名誉の為に言うけど、抱き合ってはいないよ。 慰めてもらっていただけさ」
ライリーは、書類の束をパラパラとめくりながらそう答えた。
そして、グリシヌの顔を覗き込み
「次の社交シーズンでは、是非エスコートさせて欲しいな」
と、微笑んだ。




