アンジェリカの決意
社交シーズンの最大の山場、王家主宰の舞踏会開催の日が近付いてきた。
その時期に戴冠式も行われるので、王宮は忙しい。 普段姿を見ることの少ない侍女達が、独楽鼠のように動き回っている。
拝謁を希望する諸公達の出入りも多く、衛兵達の数も多い。
頻繁に王宮で会食が行われるようになり、私とオリバー様は、毒の警戒に忙しくしていた。
その合間を縫うように、国王とフェリクス王子の元にアンジェリカと通っていた。
そんな忙しい日々だったが、ラウルは私に魔法の使い方を根気よく指導してくれていた。
ようやく、かろうじて防御は様になってきた。
そんなある日、アンジェリカが不機嫌だった。 いつも以上に不機嫌だ。
国王の執務室でいつもの様に『絶対治癒』を施していたアンジェリカが、先にフェリクス王子の所に行けと言い出した。
そして、フェリクスの部屋には行かない。と言い張る。別にフェリクス王子に『絶対治癒』は必要ないので、構わないでしょ? と、むくれている。
「―――仕事なんだから、ちゃんと行かないとダメだよ」
小声で諭してみたが、必要ない。と、アンジェリカは頑固に拒む。
終いには、主治医に相談し始めた。 戴冠式も近いので『絶対治癒』の他に『再生魔法』を国王陛下に施したい。と言い出した。
確かにフェリクス王子に『絶対治癒』は必要ない。 多少、毒に犯されていても『完全中和』を施せば、自然に回復するだけの体力はある。
―――そして、私は今、ライリー様と共にフェリクス王子の執務室にいた。
兄達も、各々に忙しいらしい。
「アンジェリカが不機嫌です」
今日、アンジェリカの施術は無い事を伝えた後にボソッと伝えてみた。
ビクッとフェリクスの身体が震える。
(何か………あったな………)
私は彼の瞳をジッと見つめた。琥珀色に輝く王族の印を。
後方でライリーが、興味深く見守っているのには気が付いていた。 それでも、知りたい。
なぜ、あそこまでアンジェリカが不機嫌なのか。
「―――実は、断られた」
「さっぱり、わかりません」
フェリクスの手を彼の膝に戻し、魔方陣を敷く準備をする。
そして、呆れたような視線を彼に向けた。
杖でトンッと床を衝いて音を鳴らすと、黄金色に輝る魔方陣が顕現し、床全体に広がっていく。
そして、だんだんと白く輝きを変え、そして消えていった。
「すごいな……」
ライリーから感嘆のため息が漏れた。
「あぁ。上達しているのが、よくわかる」
フェリクス王子も感心している。 自分でも、魔法が以前より強くなっているのがわかる。
でも、私は騙されない。
「それで、なぜアンジェリカは怒っているのですか?」
私は、ソファーの定位置に勝手に座り、再び疑問を投げ掛けた。
「まいったな………どう伝えればいいものか……」
言いにくそうにしているフェリクス王子を見て、ライリーが席を外そうと、扉へむかって歩き出した。
それを、フェリクス王子は引き留める。
「いや、ルーベル卿にも聞いて欲しい。 僕の側近を辞めるなら、戴冠式の前がいい」
そして、静かに話し始めた。
結論から言ってしまえば、ルイ王子の説得は出来なかったばかりか、アンジェリカを正妃にする話が進んでいて、メイジー嬢もマーガライト侯爵も了承しているという。
その上、メイジー嬢はアンジェリカ付の女官として、公務を補佐する事を願い出ているという。
「それにルーベル卿。僕は将来、王位をルイに譲るつもりでいる。そういう事だから、側近を断ってもらってもいい」
いつも微笑みを絶やさないライリーから、表情が消えていた。
「それは、ジョセフィーヌも承知の上か?」
「………」
答えないのが、答えなのだろう。
「そうか……」
ライリーは静かに呟き、私達に背を向けた。
無言で部屋を出ていった彼の背中は震えていた。 小刻みに揺れていた。
ジョセフィーヌ・ルーベル公爵令嬢。 フェリクス王子の婚約者で、ライリーの妹だ。
妹の幸せを願っている兄としては、フェリクス王子の発言は許せないものだろう。 私の兄だったら、この部屋は消滅しているかもしれない。
「殿下、あなたは間違っている」
私は、許せない。現実から逃げ出しているフェリクス王子が許せない。
「あなた達の行動は、たくさんの人を傷つけている」
頬を涙が伝う。アンジェリカ、メイジー嬢、そしてジョセフィーヌ嬢。
メイジー嬢とジョセフィーヌ嬢に関しては、幼少期から教育が始まり、私達とは違う、辛い時期を耐え抜いたに違いない。
それなのにあんまりだ。
私は部屋を飛び出し、急いでライリー様の後を追った。




