波紋・2
フェリクス王子に魔力が無い事は、特秘事項らしく、王族を除けば一部の貴族しかしらない。
ということは、それなりの高位貴族ということになり、ルイ王子を擁立出来る程の力も持っている……。
「短慮な考えでは、逆にしてやられるわね」
私たちは、唸るしかなかった。
「だから、ルイに王位を譲るのが最善の作なんだ」
確かに、それが一番良い方法のような気がしてきた。 ルイ王子もフェリクス王子と同様に、優れた王子だ。
「だからって、私がルイ王子と婚約するのは間違っているわ!」
「ルイの寵妃になればいいさ。それなら、王妃教育もない。 私達夫妻も臣下として、お支えしますよ」
フェリクス王子がおどけて、恭しく頭を下げる。 とたん、アンジェリカは立ち上がり、怒り出した。
「ごめんよ。ちょっとふざけすぎた。悪かった」
慌ててフェリクス王子が、なだめるのだが、アンジェリカの怒りは収まらない。 彼女は、ブルブルと身体を震わせていた。 怒りに震える―――とは、これか。
「私、メイジーに嫌われたくない!!」
仁王立ちしたアンジェリカの頬を、ただただ涙が伝い落ちる。 身体を小刻みに震わせて、ただただ泣いている。
食い縛っている唇の色は無く、フェリクスを睨み続け、溢れこぼれる涙を拭こうともしない。
怒りが極限に達するとこうなるのか……と、唖然としてアンジェリカを眺めてしまった。
「―――話しましょう。メイジー嬢に協力を求めましょう。少なくとも、アンジェリカにその気はない事を理解してもらいましょう」
私はハンカチを取り出し、アンジェリカの頬を拭い、ソファーに座らせる。
そうだ。メイジー嬢に嫌われるということは、死に直結するのだった。 アンジェリカの全てが無になる。
「イヤ……彼女は……」
フェリクス王子は言い淀んだ後、ルイ王子と話す事を約束してくれた。
「アンジェリカを巻き込まない様に伝えるよ。もともとは、僕たちの問題だからね」
その後、フェリクスの執務室から、瞼を赤く腫らしたアンジェリカを見かけた人々から、噂が流れ始めた。
廊下には、騒ぎを聞いていた護衛たちが、突入の機会を伺っていたものだから、余計に貴族達の興味を引いていた。
様々な情報が入り雑じり「ルイ王子の事で、何かお叱りがあったんじゃないか」とか
はたまた「ルイ王子との事を認めてもらったのではないか? なにせユニコーンの乙女だからな」などと、面白可笑しく伝わっていった。
※※※
その後参加した夜会で、私は注目の的だった。
なにせ、その場にいたのだから……。話を聞きたい令嬢達が、遠巻きにこちらを伺っていた。
もう何度繰り返しただろう。「お話しする事は、何もありません」という言葉を。
実際何も言えない。話してしまったらフェリクス王子の信頼や、アンジェリカの友情を失ってしまう。
弟妹達にも、しつこい位尋ねられた。
本当に、なんと面倒な事に巻き込まれたのだろう、と思う。
「ヴィオラ、珍しく人気者じゃない。全員、女性だけど」
親友のフレイヤがコロコロ笑う。
「で、なんでサフィルス公爵様がわざわざヴィオラに挨拶を?」
彼女の興味はこちらだったらしい。
「なんて事ないわ。守護聖母イマ様の除幕式の挨拶よ。シーズン後になるけど、よろしく頼むって。私、王都住みだから、別に不都合じゃないんだけどね」
「あなた、もしかしてアジュール様の婚約者候補に上がるのかしら?」
「まさか。自慢じゃないけど、壁の華の私が?」
私は一笑する。
「グリシヌも大変ね。無自覚も罪だわ」
ボソリとフレイヤが呟いたのだが、ヴィオラの耳には届かない。
その時、フロアがざわめいた。アジュール様かと思いそちらに顔を向けるが、違った。
「アジュール様の人気もすごいけど、ライリー様も負けていないわよね……」
ポーとした顔のフレイヤが、瞳を潤ませ、ざわめきの中心を見つめていた。
ライリー・ルーベル公爵子息。紅の竜騎士だ。
燃えるような紅い髪、心を射抜かれるような鋭いルビーの瞳。 一見強面なのだが、どこかアンニュイな雰囲気が漂っている。 不思議な人だ。
「ヴィオラじゃないけど、一度でいいからあのルビーの様な瞳に見つめられたいわ……」
うっとりと見つめているフレイヤだったが、ライリー・ルーベル公爵子息が、近付いてきている事に気がついた。
「まさかとは思うけど、彼、こっちに来てるかしら?」
フレイヤが私の腕を掴む。
「私にも、そう見えるんだけど」
カツカツと足音を鳴らし、令嬢達の視線と共にライリー・ルーベル公爵は私達の目の前に来た。
「ユニコーンの乙女、アメシスタス嬢。サフィルス公爵家の内々の催しに参加されるとは、本当だろうか」
(あぁ、守護聖母イマの除幕式の事かしら)
そう思った私は「はい、お誘い頂きました」と答える。すると「我が紅の家門の催しにも参加して欲しい」と言い出した。
―――そもそもアメシスタスが属する蒼の家門とルーベル公爵家の紅の家門は、接点がない。ましてや、公爵家と侯爵家だ。 参加する意味がわからない。
しかし、公爵家の誘いを断る勇気もない。
「申し訳ありません。兄の許可がないとお返事できません」
ここは、兄に丸投げするに限る。 そう考えた私は、今世紀一番の淑女の微笑みを繰り出した。
「なるほど、ではグリシヌ殿に打診しよう」
カツカツと足音を響かせながら彼は、令嬢達のため息と共に立ち去った。
私はフレイヤに尋ねた。
「紅の家門の催しって何?」
「収穫祭でトマトをぶつけ合うのよ。確か、戴冠式の次週くらいじゃなかったかしら? 楽しいわよ?」
彼女はニッコリ笑う。




