波紋
「今日は早くないか?」
フェリクス王子の元に通い出して、もう数ヶ月立った。 そのせいか、だいぶフレンドリーな関係になったような気がする。
フェリクスは執務机の書類を、トントンと鳴らし机の端に寄せた。
「ちょっと、悩み事があるのよ」
アンジェリカは、ソファーの定位置に腰を下ろす。
「珍しいな。悩み事なんて無さそうなのに」
カラカラ笑いながらフェリクス王子も、ソファーの定位置に腰を下ろした。 もちろん、私も定位置に座っていた。
侍女達も慣れたもので、それぞれの定位置に、紅茶を用意してくれた。 甘酸っぱい香りが漂う。
「あなた、王位をルイ王子に譲ろうとしてるわよね?」
開口一番に、アンジェリカがフェリクス王子を問い詰める。 私は思わず、紅茶を吹き出しそうになった。
「なっ、なんで?」
―――フェリクス王子は、分かりやすく動揺している。
「ルイ王子が不評を受けようと、わざと私に構ってくるのよ。本当に迷惑だから、止めて欲しいんだけど」
アンジェリカは、前のめりになりながら、フェリクス王子にクレームをつけた。
「どんな理由で王位を譲ろうとしているのか知らないけど、私には迷惑なの。他の方法で不評を買うように、ルイ王子に言ってもらえないかしら? 」
アンジェリカは一息に捲し立てると、ソファーの背に寄りかかる。
「ねぇ、私、平民なの。養女になった所で生い立ちは変わらないわ。いくらユニコーンの乙女と言われて神聖化されても、所詮平民なのよ。貴族の頂点には立てないわ」
―――確かに王子妃ともなれば、それは『プロテア大国』を代表とする女性となるわけだ。躊躇して当然だ。
「噂では、アンジェリカはルイ王子の愛の囁きに落ちたって、なっているけど?」
私は、わざとらしく意地悪な質問を投げ掛けた。
「ねぇ、良く考えて。あの美形にあの容姿よ?そして、優雅な身のこなしに王族独特のオーラ。その眉目秀麗な完璧男子に、毎日毎日口説かれるのよ? 普通は落ちるわよ」
大袈裟な身振り手振りで捲し立て、ズイッと顔を近付けてきた。
「じゃぁ……」
そう言う私の唇を、彼女は指で塞いだ。
「メイジー・マーガライト侯爵令嬢。彼女は幼い時から王子妃になるべく育てられたのよ。婚約者に内定してからは、王妃教育も始まって……、それこそ寝る間も惜しんでよ? 彼女の努力を無駄にするような男性の手は取りたくないわ」
フェリクス王子の様子がおかしい。 何処と無く、居心地が悪そうだ。
「わかって? あなたが王位を譲る事で、あなたの婚約者、一人の令嬢の努力が全て水の泡になるのよ。 今までの人生が全て無駄。どれだけ虚しいと思う?」
「君に理解してはもらえないだろうが、ルイが王位を継げば全て丸く収まるんだ。 争いの無い王宮を作れるんだ」
フェリクス王子は、唸るように言葉を繋ぐ。
「こうする事が、プロテア大国の安泰に繋がるんだ」
「あなた、馬鹿なの?」
ため息を漏らすようにそう言うと、アンジェリカは呆れている。
私はオロオロと二人の様子を伺っていた。
「じゃぁ、隣国がドコドコの領地を寄越せ。って乗り込んできたら、争いにならないように、そこの領主を説得して、隣国に領地をプレゼントするの? 」
「比較の程度が、違うのではないか?」
「違わないわよ。結局、王宮を牛耳ろうとする貴族の、思惑通りにするってことでしょ? あなたは、なぜ、守ろうとしないの?なぜ、抗わないの?」
「君に何がわかるんだ!」
フェリクス王子が、怒りに任せて立ち上がる。
フンッとアンジェリカは斜に構えて、彼を見上げる。
「図星ね。結局、あなたは逃げてるのよ」
「いい加減にしろ。不敬だぞ」
「今さらよ」
隣室がざわめいてきた。怒鳴り声が護衛の部屋まで届いたのだろう。
「ちょっと待って、落ち着いて。どうしちゃったの
? 二人とも!」
私は慌て、場を落ち着かせようとした。
「牛耳ろうとする貴族の裏をかけばいいんでしょ? ルイ王子に王位を譲ると見せかけて、譲らなければいいんじゃない? その間に殿下が中心となって、その貴族を失職させればいいじゃない」
私は、思いつきを口にする。
「それは、無理だ」
「なぜ?」
「僕は魔法が使えない。それが、僕が支持されない理由だ」




