きっかけ
社交シーズンも山場を迎え、貴族同士の交流も増え、それにともない噂話も色々出回った。
真実かどうかは別として、貴族の勢力図が垣間見える。
「フェリクス王子は国王に相応しいのか」そんな話題も出ているようだ。国民に好かれてもいるし、国政も外交にも特に問題は無いように思うのだが、一部の貴族にルイ王子を擁立する動きがある。と噂が立っていた。
そして、アジュール様の父君、サフィルス公爵が議会を牛耳っているとも言われていた。
本人は「フェリクス王子から一任されている」と言っているそうだが、どうだか……。
兄に尋ねても「政治は大人に任せておきなさい」と相手にしてくれない。
そして、私は今日も噂の坩堝の中にいる。
煌めくシャンデリアが頭上に輝き、色とりどりのドレスの華が咲き乱れ、各々が社交と婚姻相手を吟味している。
「なんだか、今年の話題は色々と豊富ね」
フレイヤ・ルベライト侯爵令嬢、私の貴族学院時代の一番の友人だ。
「やっと田舎から出てこれたと思ったら、もう話題についていけないわ」
扇でパタパタ仰ぎながら、冷たい果実水に手を伸ばしている。
「ずっと王都にいても、まったくついていけないわ。参加するたびに、コロコロと話題が変わるんですもの」
フレイヤからグラスを受け取り、一口喉に流し込む。冷たい液体が、流れていくのがわかる。
今日一番の話題は、『ルイ王子がアンジェリカに本気らしい』だった。 そして、どうもアンジェリカが絆されている。とも噂されていた。
あれだけ毎日、愛の言葉を囁かれればその気になっても仕方がない。と、擁護する令嬢もいれば、ルイ王子には、婚約者がいるのだから拒絶するべきだ。と、嫌悪感を顕にする令嬢もいた。
しかし、全体的には『ルイ王子に迫られて、落ちない令嬢がいるわけがない』と、アンジェリカに同情的だった。
心をくすぐられるような甘い顔と、甘い声で始終愛を囁かれた上に、魅惑的な琥珀色のクリクリの瞳に見つめられれば、落ちない訳がない。
この世論は『アカンサスの花園』とは違う。
今日も、昼間にアンジェリカに会ったが、そんな話しはしていなかったから、きっと噂なんだろうとは思うのだが、もしかしたら……と、モヤモヤする。
「ここだけの話、フェリクス王子側とルイ王子側で派閥が出来てきているみたいよ。 商人達が噂してるわ」
扇の影でフレイヤが耳打ちする。
「それって、まずいんじゃないの?」
私は驚いて、彼女の顔を見る。 彼女の父、ルベライト侯爵は、外交に携わっていた。
「ワザワザ噂を振り撒いている貴族がいるらしくてね……どこの貴族までかは、教えてくれなかったけど」
フレイヤがため息をつく。
「紅と蒼が対立すると面倒だわ」
フェリクス王子の婚約者は紅、ルイ王子の婚約者は蒼だった。
「そんな気配があるのね」
フレイヤは、妖しげに目を細め、口元を扇で隠し表情を見せない。無言を貫く彼女に(そういうことなんだ)
と、察した。
「やぁ、ヴィオラ。フレイヤも久しいな」
お酒の匂いを漂わせながら、ラウルが私の肩を抱いてきた。 珍しく酔っている。
「ラウル、どうしたの?珍しいじゃない」
フレイヤが驚いて、崩れるラウルの身体を支えていた。
何があったのだろうか。不思議に思いながらもフレイヤと二人で、テラスのベンチにラウルを座らせようと
頑張ってはみているが、重い……。
急に、肩の重みが無くなり驚いて振り替えると、兄のグリシヌがラウルを抱えていた。
「やぁ、フレイヤ。久しぶり、元気だった?」
にこやかに微笑んだ兄は、そのままラウルをベンチに座らせた。
「兄様、ありがとう。それにしても、ラウルはどうしちゃったの? こんなになるまで、お酒を飲むなんて、珍しいわ」
私は侍女を捕まえて、冷たい水とおしぼりを頼んだ。
「ラウルの想い人に、婚約話が出そうなんだ」
「まぁ!」
私とフレイヤは、驚き口元に手をやる。あの、ラウルに想い人がいたなんて。まったく気付かなかった。
「それで、やけ酒?」
兄は、ベンチでうたた寝を始めたラウルの髪を指で鋤いていた。
「エスメラルド公爵家だったら、断られる事はないんじゃないの? 申し出てしまえばいいのに」
フレイヤが、不思議そうにグリシヌに尋ねた。
「そういうのは嫌なんだと。無理やりみたいでって……。そうこうしているうちに、先手を取られそうで悩んでいるみたいだよ」
「意外と優しいのね、ラウルって」
思いがけず以外な一面を知ってしまった私は、彼への印象が少し変化した。
「ヴィオラも、好きでもない男性と婚約させられるのは嫌だろ?」
私は、少し考えた。そういえば、好きってなんだ?どんな感情なのだろうか。
「兄様、好きって、どんな感情ですか? 兄様には、好きなご令嬢はいるのですか?」
私の発言に、兄もだがフレイヤも驚いていた。
「ヴィオラ。あなた、アジュール様を好きではないの?」
(――――好きだけど、付き合いたいとか、結婚したいという感情とは違うわね……)
考え込む私を、二人が固唾を飲んで見守っていた。
「好きだけど、結婚したいとは思ってないわね。何て言うのかしら、綺麗な絵画を鑑賞している感じ?」
私の返答に、二人が落胆しているのを感じた。




