私の人生・3
国王の間を出たとたん、アンジェリカが耳元で囁く。
「まだ、毒を盛られているの?」
「えぇ。まだ毒の気配があるのよ。毎回、消滅しているのを確認しているのにね」
「フェリクス殿下に王位を渡したくないって事なのこしら?」
「それはおかしいわ。もう、次期国王はフェリクス王子だと宣言したもの」
王太子の間へ続く廊下の途中で、アンジェリカは立ち止まると、ヴィオラの腕を取った。
「ヴィオラ、死なないでね」
急に何を言い出すのだろう、と思っていると、彼女の頬を涙が伝う。
「おかしな事を言うわね。 確か、人はいずれ死ぬのものよ。って言ってなかった?」
アンジェリカの涙を指で拭いながら、私は微笑んだ。 覚悟とまではいかないが、生にしがみつく、私の人生を歩む。そういう思いだけはあった。
「嫌な予感がするのよ。『アカンサスの花園』の強制力なのかしら? 何か……」
私は、アンジェリカの細くか弱い肩を抱いた。 大人びていた彼女の、弱い部分を垣間見れたような気がした。
「大丈夫よ。アンジェリカを見習って『アカンサスの花園』に抗ってみせるわ」
再び私達は歩きだした。
「ルイ王子はどうなのよ」
私は話題を変えた。 分かりやすく不愉快な表情を浮かべたアンジェリカは、吐き捨てるように答えた。
「あいつ、ウザイ」
その変わりように、クスッと笑ってしまった。
※※※
王太子の間に入ると、相変わらず不機嫌なフェリクス王子が待ち構えていた。
「ずいぶんと楽しそうだな」
廊下の笑い声が、ここまで聞こえたのだろうか。
「申し訳ありません」
「まぁ、別に良いけど」
フェリクス王子は、目の前のソファーを指差した。
「殿下……」
その場にいたアジュール様が、呆れたように嗜めたが、当の本人は、知らん顔だ。
私達は、笑わないように気を付けながら、示されたソファーに腰を下ろした。
「それでは」と断り、フェリクスの手を取ると、やはり毒の気配がある。
探るように見つめているアンジェリカに、頷いてみせた。
「アジュール様、人払いと側近を集めて頂けますか?」
「それと、オリバー様もお願い致します」
私はフェリクス殿下に『完全中和』を施しながら頼んだ。
※※※
「それで、この忙しい俺達を呼びつけて、何を言いたいんだ? ヴィオラ」
「私の可愛い妹に会えるんだ。感謝して欲しいね、ラウル」
相変わらず、私が絡むと不機嫌なラウルだった。
コホンとアンジェリカが咳払いをした。 すると、ラウルは姿勢を正す。
(なんだか気にくわない)
睨むようにラウルを見ていると、その視線に気付いた彼は、フンと鼻を鳴らすような仕草で、視線をかわした。
「国王陛下、それにフェリクス殿下。相変わらず毒を摂取しているようです」
アンジェリカの声が部屋に響く。
「―――毎日、『完全中和』を施しているのにか?」
兄が、驚いたように尋ねる。 オリバー様は、絶句していた。
「いったい、いつ……」
「殿下、部屋を見て回ってもよろしいでしょうか」
私がフェリクス王子に許可を求めると、「好きにすれば」と、まるで気にしていない。
なぜ、そんなにも投げやりなのか不思議に思いながらも、部屋の中を歩き回る。 気になっていたのは、花瓶の花とテーブルの上の水差しだった。
触れてみると、思った通り毒の痕跡があった。
しかし、飾られた花は毒を持つような花ではなかった。 変わった色のバラだった。
「この花瓶の水と水差しには、毒が混入しています。たぶん、気化して空気中に毒素があるんだと思います」
昔から、毒殺に使用されている毒物を感じた。しかし、自然界に当たり前の様に存在していて、単体では基本毒としては扱われない。
この鉱物を加工して気化できる様にし、微量を長い期間をかけて摂取させ続ける、その手間と根気は並大抵の物ではない。
「静かなる殺人者か……」
「おそらくは……」
オリバー様が唸る。
解毒剤はある。しかし、そんな長期間をかけて、国王とフェリクス王子を、毒殺しようとする、その執念が恐ろしい。
いったい何時から、毒を摂取しているのだろうか。
呼び鈴をフェリクスが鳴らすと、直ぐに護衛騎士が現れた。
「この水差しと、花瓶を準備した侍女を呼べ」
抑揚の無い声で、威圧的に護衛騎士に指示する。が、アジュールとオリバーが静止した。
「殿下。 侍女達は何も知らないと思います。 この部屋には許可さえあれば、誰でも入れますから」
「それに、殿下の身の回りの物は、全て確認されてから持ち込まれています」
「………」
フェリクス王子は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。




