私の人生
プロテア王国、アダマント王宮の東西南北には、四大公爵を祖とする騎士団がある。 それぞれの家門がいずれかの騎士団に所属する。
基本、紅の一族か蒼の一族の系譜にならい、紅ならば柘榴石か黄水晶、蒼ならば瑠璃石、孔雀石になる。
ヴィオラ達、アメシスタス侯爵家は、エスメラルド公爵家を祖とする孔雀石騎士団に所属していた。
今、ヴィオラは何故か孔雀石騎士団の訓練所の片隅で、ラウル・エスメラルド公爵子息に罵倒されていた。
「お前は……私の貴重な時間を、無駄遣いしているという事を理解しろ!」
「だから、あんたには頼んでないでしょ!」
ユニコーンのギフト『完全中和』により、解毒に関しては最強となった私は、薬草等の効能も中和してしまう事がわかり、薬剤師として働く事ができなくなった。
現在、王宮植物園のオリバーの側近として、また解毒専門職として籍はあるが、社交シーズンが終わると暇……、いや、仕事が少なくなる。
それに、アンジェリカが言っていた「絶対治癒。ものすごい脅威じゃない? あなたの完全中和も。悪巧みをする連中にとっては、邪魔な能力よね」
あの言葉が気になって仕方がない。
今の私には何もない。 身を守る術もない。 なにせ、魔法が使えないのだから。
そう思って途方に暮れていたのだが、ユニコーンの言葉を思い出した。
『お前の枷を外した』
あの時、その場限りだったが魔法を使えた。 もしかしたら、キチンと学べば、練習すれば魔法が使えるようになるかもしれない。
アカンサス貴族学院では、魔法学基礎を座学で学んだだけだった。 どうせ、魔法は使えないのだからと、本薬学を専攻したのだ。
微かな期待を持ちながら、兄に相談すると「実戦しながら学んだ方が早い」と言われ、オリバー様も「仕事が立て込んでいなければ構わない」と、快諾してくれた。
それで、兄の手が空いている時に魔法の練習に付き合ってもらっていたのだが、幼なじみのラウルに見つかって、絡まれている。
ラウルは公爵子息ではあるが、幼い時から兄と仲が良く、我が家にも何度となく遊びに来ていて、私も顔馴染みになった。
そして、昔から魔力が無い事を、からかわれていた。
―――爆発音が響く。 砂ぼこりが舞い上がった。
「ほぉ。考え事とは呑気だな」
ニヤリとラウルがあざ笑う。私は杖を握りしめた。
「ちゃんと防御しろよ。 スカスカだよ」
幾つかの攻撃は防ぐ事ができるものの、連続で撃たれると追い付かない。
チラリと兄を盗み見るが、腕組みをして見ているだけだった。
(少しくらい、助けてくれてもいいのに)
「今度はよそ見か」
一際大きな爆発音がして、ヴィオラは後方へ飛ばされた。
「勘がいいとか、アメシスタス家が笑わせるな」
ラウルは、肩で呼吸するヴィオラをせせら笑いながら、どこかへと去っていった。
(勘って………)
額から流れ落ちる汗を拭いながら、ふと、思い付いた。 良く観察すれば、勘で防御できるのかしら?
「兄様………試してみたいことがあります」
「なんだい?」
「私に攻撃してみてもらえませんか?」
座学で似たような事を言っていたような気がする。予備動作を見分けられれば、攻撃の予測ができる。
(兄様の癖なら、わかるかも)
※※※
―――と思ったが甘かった。 よくよく考えればわかることだ。 騎士団でそれなりの立場にある人物が、素人に癖が見分けられる訳がない。 そもそも癖なんかあるのか?
相変わらず、魔法攻撃に吹き飛ばされているヴィオラだった。
「何か掴めそうだ。というのは理解したが、そろそろ時間だ」
砂地にへたりこむヴィオラに、グリシヌは手を差し出し、彼女の服の砂ぼこりを払った。
ヴィオラは、詰所に戻る兄にお礼を伝え、後ろ姿を見送っていた。
すると、訓練所から賑やかな声がヴィオラの耳に聞こえてきた。 騎士の鍛練が始まったようだ。
(今日は、特に急ぎの仕事はなかったはず)
少し遅れても迷惑にはならないだろう。と考えた私は、彼等の鍛練を見学する事にした。
訓練所を取り囲む回廊の柱の影から、騎士達の魔法の撃合いを覗き見ていた。魔法を撃つ側、受ける側。 見続けていると、防御のイメージが涌いてきた。
(ボールを打ち返す感じに似てるのかしら……)
ヴィオラは、彼等に攻撃されているのをイメージしながら、防御シールドを出現させていた。 ラウルより、攻撃スピードが遅いと感じていたが、それが丁度良い。 感覚が取りやすかった。
テンポ良く、防御シールドを顕現させているヴィオラを見掛けたオリバーは、声を掛けるのを躊躇っていた。




