ギフト・3
戴冠式の日取りが公表され、なんとなく王都が浮き足立っている。 何かが大きく変わるわけではないが、国民がお祭り気分であることは間違いない。
フェリクス王子も国民に愛されている。と感じられた。
後は……国王陛下の小健状態を戴冠式まで保つことと、フェリクス殿下の健康を守ること。 これが、私達の役目だった。
毎日の様に王宮でアンジェリカと会うので、転生者仲間というのもあり、だいぶ親しくなった。
彼女の方が年下なのだが、物腰が柔らかく、大人びていた。きっと前世では年上だったのだろう。 といっても、お互いに前世の記憶はなかった。
―――そんなある日の午後
「姉様はおかしい」
妹のリーラがすねていた。
久しぶりに休みが取れたので、中庭のテラスでお茶を飲みながら、草花の手入れをしていた。 薬草の効能を消しながら……だが。
学校から帰ってきたリーラが、私の顔を見るなり文句を言い出した。
「急にどうしたの?」
リーラが座る向かい側に腰を下ろし、紅茶に手を伸ばした。 すかさず侍女が、リーラの分のお茶を用意した。 リーラは、注がれる琥珀色の紅茶を眺めながら
「アンジェリカには近付くな。と言っておきながら、姉様は仲良くしているじゃない。ずるいわ」
私は彼女の発言に驚いた。 アンジェリカは、学校で疎まれているのではなかったのか? ルイ王子の婚約者、メイジー・マーガライト侯爵令嬢に嫌われて、いつも一人で図書館にいるのでは?
「何を言っているの? アンジェリカ様とメイジーは、仲が良いとは言わないけど、嫌うとかではないわ。 お互い関せず、ってところかしら。 それより、姉様。 姉様がアンジェリカ様に近付くなって言うから、彼女が参加する招待は断っていたけど……、姉様が仲良くしているのだから、私も仲良くしてもいいわよね?」
「彼女、平民でしょ? 疎まれているのではないの?」
私は、素朴な疑問を投げ掛けた。
一瞬、躊躇したリーラだった。 リーラが言うには、確かに初めは疎まれていた。 しかしながら、貴族よりも貴族らしく、学業も常にトップだという。 どこにも平民らしさがないらしい。
一部では、やんごとなきお方の『隠し子』ではないか。とまで、言われているそうだ。
「まるで、薔薇の様に気高く美しい。って言われてるんだから」
リーラは、自分の事の様に自慢している。
「そうね。最初に感じた予兆とは、だいぶ変わってきているようだから、仲良くしても問題ないと思うわよ」
そう伝えると、心底嬉しそうに顔が綻んだ。
ほどなくして、アドニスも帰宅した。
弟から聞くアンジェリカの様子も、『アカンサスの花園』とは別物だった。 ルイ王子や攻略対象の四名には、一切近寄らず、令嬢達にも自分からは声を掛けない。
「わたしは私の人生を歩わ。『アカンサスの花園』なんて、知った事ではないわ」
そうアンジェリカは言っていた。 本当に、自分の人生を歩んでいるようだ。 少しうらやましい。
(私も、私の人生を歩んでもいいかしら?)
いつ、殺されるのか。 ビクビクして過ごすのは疲れる。 私も自由に生きたい。
そんな事を思っていると、アドニスの一言で不安に駆られる。
「ルイ殿下が、アンジェリカにつきまとっている」
驚いてアドニスの顔を見るが、リーラは「あぁ……」と言ったきり、興味を示さなかった。
(なぜ、ルイ王子がアンジェリカを? つきまとうのはアンジェリカの方だったではないか)
アドニスが言うには、初め第一印象が余りにも悪く、嫌っていたはずなのだが、その後一切接触してこない事を不思議に思う内に、平民らしからぬ立ち振舞いや学業の成績に、だんだんと印象が変わっていったらしい。
「それは別にいいんだけどさ。 つれない態度が気に入ったって。あいつ、おかしいよ。」
アドニスは呆れたようにそう言うと、紅茶に口を付けた。
ギャップにやられたという事か。
「メイジーも困ってたわ。 物好きな令嬢達が、王族に対して失礼な態度だって、あーだこーだ言ってきてるけど、メイジーに取ってみれば、相手にしてくれない方が都合いいのだからね」
そりゃそうだ。 婚約者であるメイジー・マーガライト侯爵令嬢が、ルイ王子に好意を寄せてられているアンジェリカに、『相手にしないのは、失礼だ』なんて、言えるわけがない。
おかしな方向に、物事が進まなければ良いのだが。
「アドニスは、アンジェリカをどう思うの?」
なんとなしに弟に尋ねてみれば、眉をひそめ怪訝な顔をする。
「どうもこうも、なんの興味もないよ。ただ、ルイにつきまとわれて、可哀想だな。とは思うけどね」
「そうなんだ」と言いながら、『アカンサスの花園』の攻略対象者である、弟の横顔を眺めていた。




