ギフト・2
季節が移り、社交シーズンも半ばを過ぎた。
窓の外は、夏の日射しが降り注ぎ、木々の緑が目に眩しい。それなのに、私がいるこの部屋には、重苦しい空気が立ち込めていた。
カーテンが揺れ、暑さを含んだ空気が流れ込む。 ジワリと汗が滲むが、どこか寒々しく感じていた。
もう、一ヵ月程前になるだろうか。 国王陛下の毒物中毒をアンジェリカと二人で治癒したはずだったのだが、あの時感じた不安が的中していた。
国王陛下の身体は、すでに毒物に蝕まれていた。
『絶対治癒』を施したとしても、失われた機能までは回復できない。 それが、許されるのならば、死者まで復活してしまう。
たぶん、この冬は越せないだろう。 それが、医療団の答えだった。
一年持つかどうか………という予測だったが、それよりも早くその時は、やって来たようだ。
「私の身体が動くうちに、戴冠式を行いたい」
それが、国王陛下の願いだった。 しかし、フェリクス殿下はまだ若い。 本来ならば、国王の側で数年実務を学び、何かしらの実績を、国内外に示してから即位する。
だが、フェリクス殿下が実力を示すまで、国王陛下の身体は持たないだろう。 手っ取り早いのは、戦争で結果を残す事だが、必要の無い戦争を起こす訳にもいかない。
後継者指名をするだけでも良いのではないか。
そういう声もあったが、陛下は受け付けなかった。自分の死後の愁いは、早々に払っておきたい気持ちが強いようだった。
揉めに揉めている間に、国王陛下の具合は悪くなり続け、毎日のようにアンジェリカが『絶対治癒』を施しているが、一進一退の状態が続いていた、
そして、今日、いよいよ起き上がるのも、やっとの事になってしまい、主だった貴族が内々に呼ばれたのだ。
「皆、思うところはあると思うが、父の願いを聞き入れてもらえないだろうか」
国の重鎮達に向かって、深々とフェリクス王子が、頭を下げる。
「殿下。頭をお上げ下さい」
彼等は慌てる。
国王陛下とフェリクス殿下に長期に渡り毒物が盛られていた事は、秘密となっていた。
彼等には、この暑さに身体が耐えられず、持病が悪化してしまったようだ。と伝えられた。
もちろん、『絶対治癒』でも、失われた機能までは回復できない。それも、ちゃんと伝えた上で。
―――長い話し合いの末、シーズンの終わり行われる、王家主催の舞踏会に合わせ、戴冠式を行う事になった。
その舞踏会は、国内の主要な貴族宛に、もれなく招待状が送られているからだ。今から戴冠式を行う旨を伝えた所で、驚きはされるだろうが、都合が良いのでは、と考えた。
それに、医師団の考えでは、夏の終わり頃が自由に動ける限界だろう。と思われていた。
それに伴い、フェリクス殿下の婚姻が来年に決まった。
※※※
緊急で開かれた議会によって、陛下の退位とフェリクス殿下の即位が承認され、戴冠式の日程が正式な物として公布された。
フェリクス王子の側近には、紅と蒼の一族から偏りなく選ばれる事となった。
都合よく、幼少期から共にいたアジュール・サルフィス公爵子息、ラウル・エスメラルド公爵子息それとグリシヌ・アメシスタス侯爵子息が蒼の一族だったので、そのまま側近として任命された。
ついで、紅の一族から少し歳上になるが、ライリー・ルーベル公爵子息、ジョシュア・グラタナス公爵子息が任命された。
実の所、フェリクス王子も国王陛下と同じく、身体が毒に犯されてる。 しかしながら、機能不全までの症状はないので、アンジェリカの『絶対治癒』と滋養強壮の薬湯で、問題なく執務を行うことができる。
時間は掛かるが、完治すると思われていた。
ただ、長期に渡り毒物を摂取させていた犯人は、不分仕舞なので、私も定期的に『完全中和』を施す事になった。
アンジェリカが、別れ際に怖い事を言ってきた。
「ねぇ、紅の家門以外の……フェリクス殿下も含めた側近の三人って、『アカンサスの花園』に登場してないのよ。なんか、怖いわよね」
「殿下は別として、側近達は攻略対象者ではないからじゃないの?」
私は驚いて問い返した。 もう、『アカンサスの花園』からは、だいぶ遠ざかっているはずだった。
「どうかしら? まぁ『アカンサスの花園』はルイ王子がメインのお話だから、わざわざフェリクス王子側の設定を載せなかった。とも考えられるけど……。 どちらにしろ、彼等の未来は見えないわ。ヴィオラ様は、まだ見える?」
「私は、見ようとして見れる物ではないから……」
そう言葉を濁すが、不安が胸を押し潰す。
―――アンジェリカは、私が死ぬ運命は変わっていない。と言った。
だいぶ道筋は変わっているが、『アカンサスの花園』で起こる内戦で、国王側にアジュール様や兄達がいて、ルイ王子と敵対していたとしたら?
彼等も、この世界に存在しない運命なのだろうか。




