生誕祭・1
王妃の誕生を祝う行事が始まった。
王家の森での狩りに始まり、翌日は王都のパレード、そしてバルコニーからの挨拶、夜は舞踏会だ。
今回は、狩りとは言いながらもユニコーンを狙いつつ、『聖女』の御披露目もかねている。
『聖女』と言われるアンジェリカ・スピンタスは、転入の時の悪いイメージは無くなり、物静かでいつも図書館で本を読んでいるそうだ。
弟妹達に、アンジェリカの話を聞いてみたのだが、転入時にルイ王子や婚約者のマーガライト侯爵令嬢と揉めて以来、彼等とは接触していないそうだ。
それどころか、平民出身と言われているが、学業も礼儀作法も、他の貴族令嬢達と同等か、それ以上らしい。
『アカンサスの花園』とは、だいぶ話が変わっている。大丈夫なのだろうか。 アンジェリカは、一人も攻略していないどころか、ルイ王子に興味も持たない。
フェリクス王太子が、毒殺されていないからなのだろうか。 このままでいくと、どのような結末になるのだろうか………。
そんな疑問を抱えながら、王立植物園の職員として行事に参加していた。
王家の森にひっそりと佇む、玲瓏の湖の畔でユニコーンを迎え撃つそうだ。
その湖は、名前の通り透き通るばかりに美しいエメラルドグリーンに輝いていた。
ユニコーンを誘き寄せる為に呼ばれた『アンジェリカ・スピンタリス』 は、楚々とした令嬢で、白一色で着飾られていた。
衣装のせいなのか、神秘的な趣のある湖の畔だからなのか、とても平民出身とは思えない程、優美に見えた。
遠くで獲物を囃し立てる声が響いてきた。 狩りが始まったようだ。
アンジェリカは身動ぎ一つせず、憂いを帯びた表情で、湖をただ見つめている。
―――どれ程時が経っただろうか。 ユニコーンが現れる気配がまったくない。 私達は、少し離れた所に待機していた。 侍女が、冷えた果実水を、アンジェリカへと運ぶ。 その様子を、なんと無しに眺めていたのだが………。
痺れを切らせたどこかの貴族が、たぶんアンジェリカの御披露目を劇的にしたい貴族が、私にも囮りなるよう言い出したようだ。
もともと「ユニコーンの角が欲しい」と言い出したのは、私なので拒否するのもおかしい。
そんなこんなで、私は今、アンジェリカと、無言で向かい合っている。
「ねぇ、決められた人生を繰り返すのって、無駄だと思わない?」
「えっ?」
唐突に問いかけられて、言葉が出ない。
「私、思うの。きっと、ルイ王子と婚約する事を期待されているわ。でもね、私は知っているの。ルイ王子との結婚は不幸になるって。だって、立派な婚約者がいるのにおかしいでしょ? 人から取ったものは、取られる運命なのよ。王族に捨てられた平民は、悲しく、苦しい末路を辿るだけだわ」
湖面を見つめながら淡々と語る彼女は、凛とした佇まいがとても美しい。 白のドレスは良く見ると金糸で刺繍が施されていた。
彼女を養女にしたスピンタリス伯爵の思い入れの強さが、ありありと読み取れた。
彼女はルイ王子との婚約話に嫌悪感を持っているのだろうか。 それにしては、言い方が少し気になる。
私の視線に気付いたのだろうか。 彼女はブルーグレーの不思議な色合いの瞳を私に向けた。
「あなた、転生者でしょ?」
再び、私は驚いた。 彼女も転生者なのだろうか。だから、運命に抗いルイ王子から距離を置いているのだろうか。 でも、なぜ?
「フフ、やっぱりそうなのね。 そして、不思議におもってるわね。そりゃ、わかるわよ。『アカンサスの花園』のヴィオラは、とうに処刑されているもの」
「あなたも……なの?」
柔らかく微笑んだ彼女は、妹とは同い年と思えないほど、妖艶だった。
「あなた、ずいぶん雰囲気が違うわ。 ヒロインは、もっと……」
「そうね。でも、私はアンジェリカではないわ。彼女と同じ運命を辿りたくなくて、必死に学んだわ。お陰で『聖女のギフト』をもらえたの。 私も一度、ユニコーンに会っているのよ」




