アジュールと幼子・4
サフィルス家の祖先は、『イマ』と人間との間に産まれた子供だと言われている。 その子供は偉大なる魔法使いとして、魔王を退治した勇者の仲間だと。
―――プロテア王国の子供達が、寝物語として聞かされる『童話』だ。
創造の女神『イマ』は、産み出した『大陸』が、魔族に占領されていることに悩んでいた。 せっかく『人間』の種を蒔いたのに、ほとんどが魔族に刈り取られてしまう。 そこで、『知恵』『愛』『勇気』の養分を撒いてみた。
気も遠くなるような時が経ち、気まぐれな女神が『大陸』の事を思いだし、様子を見に来た。 するとどうだろう、まだ魔族の数の方が多いが、『人間』が『知恵』と『勇気』と『愛』を持って、魔族に抗っていた。
気まぐれな女神『イマ』は、その中でも特に目立った活躍をしていた好みの容姿の『人間』と情を交わし、五人の子供を産み落とした。
その五人が後に魔王を討伐し、『大陸』平和が訪れた。
『王家は勇者の、サフィルス家は魔法使い、エスメラルド家は賢者、ルーベル家は戦士、トパジオス家は聖女の子孫であり、彼等はプロテア王国の祖である』と結ばれている。
―――なんともいい加減な『童話』だ。家門の職業と勇者一行の職業が相違している。 所詮、天地創造の伝説を利用した、王家と公爵家の物語なのだから、そんなものなのだろうか。
「―――女神イマ様が憂いている。ということか」
アジュール様が申し訳なさそうな表情で、イマのいない方向を見ている。
あのネモフィラの群生地にはかつて、偉大なる魔法使いの像が建っていた。
それがいつしか忘れさられ朽ち果てた。
「それなのに、私は気にも止めていなかった。なぜ、草花が枯れ果てているのだろうとしか……。 早急に像を再建しなければ」
イマとは反対方向に語りかけている、アジュール様の姿に満足気に頷いた彼女は、黄金色に輝きだした。
「あっ………」
キラキラと輝きながら上昇していくイマをヴィオラは見つめた。 彼女はだんだんと煌めく細かい粒子に変化していき、そして消えた。
※※※
その後私に起きた変化と言えば、毒物を完全に中和させる能力が芽生えた事だろうか。
私自身が、ユニコーンの角になったようだ。
―――冗談はさておき、あのユニコーンの角は所属する騎士団の石『孔雀石』で装飾し、杖にした。
しかし、やはり魔法は使えないままだった。
※※※
「グリシヌ、私の貴重な時間を無駄にしている事は、たいそうな罪だぞ」
不機嫌に私を睨み付けている、こいつはラウル・エスメラルド公爵令息。私達兄弟の幼なじみだ。
―――昔は鼻垂れ、泣き虫だったくせに。
「おかしいな。あの時ヴィオラは、最上級防御魔法を発していたのだが」
腕を組み不思議がる兄を、ラウルは鼻で笑う。
「こんな魔力も感じられないヤツに、そんな魔法が出せる筈無いだろ?」
孔雀石騎士団の訓練所で、ラウルの攻撃魔法を受け続けていた私はもう、ボロボロだった。 初歩的な防御は出来るのだが、実戦では意味を成さない子供騙しの防御魔法だ。
従って、彼の攻撃は全て、私の魔法の盾を貫通した。
呆れ果てたラウルは「時間の無駄だ」と言い捨て、訓練所を立ち去った。
「魔法が使えなくても、お前は私の可愛い妹だよ」
そう言って、兄は優しく頭を撫でてくれた。 その心地よさに思わず目を閉じた。
―――そして、いつもの日常が繰り返される。
新たに芽生えた能力『完全なる中和』のお蔭で、私が触れたものは、たとえ毒が混入していたとしても、身体に害は及ばない。
素晴らしい『ユニコーンからのギフト』だ。
毒を見抜ける天賦の才に、全ての毒を中和できるギフト、完璧ではないか。
これで、確実に『フェリクス王太子の毒物』は防ぐ事ができる。 私は一人、ほくそ笑んだ。
「気が緩んでるんじゃないか? 仕事中だぞ」
テーブルの下で、オリバー様が足でコヅいてきた。
「―――すみません」
「にやけてる………」
軽く睨まれるが、これで私は処刑されずにすむのだ。 本来なら、高笑いしたいところだ。
『会食の間』の隣室で、いつものように毒味奴隷が豪華な食事を、黙々と平らげてる様を確認している。 そして、確認が取れた料理が運ばれる様子を、騎士達が見守っている。 いつもの日常に戻った。




