プロローグ
こんな事になるとは思わなかった。 平凡な人生を送る予定だったのに、どこで選択を間違えたのだろうか? これは、サイドストーリー? エンド後の新ルートの布石?
頭の中で色々な可能性を模索するが、そんな余裕はなさそうだ。
今、私は幼い女の子を背に庇い、数えるのも嫌になる位の狼型の魔物と対峙している。
さて、どうしたものか………
※※※
社交シーズンが始まろうとしていた春先の事だった。
「こんな時期に転校生なんて、おかしいわよね。 何か裏があるのかしら?」
妹の『リーラ』が貴族学院二年生も半ばを過ぎた頃、学院から帰宅して早々、ソファーに座るなりそう言い出した。
聞けば、その『転校生』は、朝会の時間に遅れてきた上に、講堂の正面入口から堂々と入ってきたそうだ。
「普通は、横の非常口からコッソリ入らない?」
妹は訝しげに首を傾げる。
「そりゃ、悪役令嬢物の定番……」
と話し出して、ふと気付いた。悪役令嬢ってなんだ?
「あぁ!」
すっとんきょうな声を出した私を妹が笑う。
弟もケラケラ笑っていたが、続けた言葉に驚いた。
「あの女、俺のクラスにまで来たんだぜ? 王子様はどこ?って」
「私のクラスにも来たわ。マーガライト様に敵対心、剥き出しなのよ?」
―――頭痛が酷くなる。
(弟妹の通っている学園の名前……『アカンサス貴族学院』どこか、聞き覚えがある)
私は、転校生の話に熱中している弟の顔をマジマジと見ていた。 彼は脚を組みながら、カップとソーサーを両手に持ち、優雅な仕草で口元へとカップを近づける。
あぁ、なぜ今の今まで気付かなかったのだろう。 我が弟は紛う事なき攻略対象者『アドニス』ではないか。
アメシスタス侯爵家特有の薄紫の髪に青紫の瞳……斜に構えた姿勢も美しい、端正な顔立ちの彼は『紫水晶の貴公子』だ。
「ねぇ、その転校生の名前は何ていうのかしら?」
緊張で早る鼓動を感じながら、妹に尋ねた。
「なんだったかしら?可愛らしい名前だったような……」
彼女は首を捻りながら、思いだそうとしているようだったが、弟が吐き捨てる様に答を出した。
「アンジェリカ」
私は頭痛に加え、軽い目眩を覚え頭を抱えた。
「姉様、また予感?」
「えぇ。そのアンジェリカって子、気をつけて」
「言われなくとも、近づかないよ。あんな変な奴」
二人の会話を聞いていて確信した。 これは『アカンサスの花園』の小説ではないか?
弟妹達の通う学園の名前は『アカンサス貴族学院』そして、登場する悪役令嬢は『メイジー・マーガライト侯爵令嬢』そして、ヒロインは『アンジェリカ』
『アンジェリカ』は不仲の四大貴公子達の仲を取り持ち、『ルイ王太子』が収める『プロテア大国』を磐石の物とするのだ。
あぁ、そうか。私は異世界転生者なのか。 痛みで頭が割れそうだ。冷や汗が背中を伝う。
物語で『アンジェリカ』は、攻略対象者と親交を深めて結果的に、『ルイ王太子』の婚約者になっていたけど……。ここの『ルイ王子』は王太子ではない。
私の存在が物語を変えたのだろうか。 それも仕方ない。私はこの世界で生きているのだから。 そもそも私の知っている転生者は、ストーリーを変更し続けている。
(まぁ、私自身は『アカンサスの花園』には登場しないし、アメシスタス侯爵家の取潰しや戦争の話にはならなかったはず)
厳密には悪政を敷いている現国王に『ルイ王太子』がクーデターを起こすのだが、現国王は善政を敷いているし、平民からの人気も高い。また『ルイ王太子』は存在しないし、ルイ王子がクーデターを起こす理由もない。
「姉様の予感は当たるから、気を付けるわ」
「魔力は低い癖に、こうゆうのは得意だよね」
「紫水晶の加護、直感のお蔭かしらね」
私はこめかみを押さえながら、少し冷めた紅茶を飲み干した。
※※※
部屋に戻った私はクッションを抱え、ソファーに寝そべる。
(おかしい。何かがおかしい)
冷や汗が止まらない。額を冷たい物が伝わり落ちている。
自分自身が何で死んでしまったかも、前世の記憶も『アカンサスの花園』以外の物語はハッキリと思い出せないが、前世で読んだ転生物の物語では、転生者は、だいたい悪役令嬢かヒロインに転生していたはずだ。
痛む頭を抱え、部屋の中をグルグルと歩き回る。
モブだったとしても、何かしら関わっていたはず……思い出せ、思い出せ。 何かおかしい点を……。
そもそもなぜ『ルイ王太子』なのか……。第一王子が亡くならない限り……。
「あぁ!!!」
雷に撃たれたように、私は盛大にひっくり返った。
(そうよ、これよ、これ。前世の記憶が蘇ると、皆ひっくり返って寝込むのよ……)
―――そして、私は転生物語の定番通りに、数日間寝込むのでした。
ゆっくりと更新していきます。