最終話 新しい戦いが、始まるのですか?
「ッ!? シャーク!?」
私が、全ての記憶を取り戻したその時。
ソーフィ先生が、顔を青ざめさせながら言った。
再び、ソーフィ先生の視線の先――バールと同じ形の耳をした集団……私の記憶が正しければ、私達を捕らえに来た人達が集まっている広場に目をやると、そこには、ソーフィ先生と同じく、白衣を着た男性が……寝かされていた。
私がソーフィ先生のもとに通院してた時、先生の机に偶然、置かれてたのを見た写真に写っていた……男性だ。
「ショックビームだ」
そんな状況を冷静に観察しながら……ついでに言えば、私から目を逸らすバールが説明する。
「風や地熱などの自然エネルギーを、己の生体エネルギー変換する。俺の体内にも入れられているナノマシンのそんな特性を応用し、周囲のエネルギーを吸収し生み出した……気絶させる事だけに特化したビームの事だ。彼らはそれを受けたんだ。連中は新鮮な獲物が欲しいから、ギリギリまで生かすんだ」
「おい、獲物ってどういう事だ!? というか、ナノマシンとか何だよ!? 最初からちゃんと話せ!」
アルトス君が、未だにバールの胸ぐらを掴みながら問い質す。
しかし、その質問にバールが答える事はなかった。
「おや。幸運にもすぐにダーロスが見つかったから、近くにお前もいるかもしれない、とは思っていましたが。まさかダーロス確保後に会えるとは思いませんでしたよ。この裏切り者」
私達の後ろから、複数のヒトが……おそらく、アルトス君が上げた声のせいで、居場所がバレて、現れた事で。
ハッとして、声がした方を向く。
足音もなしに私達の背後に立つなんて、信じられなくて……動揺して……そしてその直後、私達の額に、銃口が突き付けられた。
おそらく、呪文詠唱よりも前に火を噴くだろう銃口が。
「ッ!? そ、それ!」
「ッ!? だ、ダーロスっ」
ソーフィ先生とバールが、目を見開いた。
二人の視線の先には……私とユーリ、アルトス君も見た事がある代物……バールが、川の上流から流れてきた時に持ってた、黒い立方体の何かがあった。
「まったく。これがないとウチの船が動かないどころか、ウチの船に備わっているヒトを吸収可能素材化する装置が作動しないんだから。ついでに言えば複製不可能な代物なんですから、持ち逃げされては困りますよドクター・バール=セーテス。いや、元ドクター、と言った方がいいかな?」
「吸収可能素材化させないために盗んだんだ。お前らが殺した俺の師・リーオン=アストラーヴァと同じく、俺もお前らのやり方には反対だったからな」
銃口を突き付けられているのに、バールは眉一つ動かさず反論する。
生まれて初めて……絵でしか見た事ないような武器を突き付けられて、その威力を、近所の方々が倒れているのを見て、ある程度想像できちゃう故に、下手に動けない私達と違って。
というか、バールの……バールの師が……あのヒトが殺された……?
「私にはお前達……師弟の考え方が理解できない」
私達に銃口を突き付ける集団の、リーダー格……バールと話しているヒトは肩を竦めた。
「この惑星……いや、この惑星だけではない。私達は、私達の先祖が種を蒔いた、多くの惑星で生まれた全ヒト型種族にとっての神なのだ。その神が、先祖が播種し生み出した被造物を、本来の目的のために狩って何が悪い?」
「何度も言ったが」
バールも肩を竦めた。
「永遠に種を存続させるなんて、生物学的……いや、物理学的にも不可能だ。
始まりがある限り、終わりはある。そして永遠なんてモノがあっても……最後は生きるのに飽きて自殺したいと思うのがオチだ。そしてそんなヤツを何人も、俺と師は見た。なのにお前達は、まだ種としての存続を望むのか。被造物を犠牲にしてまでもッ」
「死んだら無になるんですよ? 私達の母星のスーパーコンピューターもが、そうだと結論付けているんですよ? そして無になるのなら、他者を犠牲にしてでも、より長く生きたいと思うのが自然でしょ? 誰だって無になりたくないんだから。そして逆に、それでも死にたいと思うような連中が異常なんですよ。生物として。そういう輩には、早い段階から精神病院にでも行って治療する事をオススメしますよ、私が首相や大統領だったならば」
「お前……狂ってるッ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
二人の口論は、平行線を辿ったまま終わりを迎えた。
そしてそれは、私達が改めて絶望へと追い込まれる事を意味していた。
「そうそう。それからただのバール君。さんざん警告をしてさしあげたのに投降をしなかったので……このまま軍の規約通り、非殺傷設定を解除したビームで死んでください。君にまとわり付いている獲物を、後でじっくり吸収可能素材化するのに邪魔ですし」
そして、バールに向けられた重火器の引き金が……引かれそうになった時。
私は、思わずバールの方へと動いていた。
私にも、銃口が向けられているのに……本能的に動いていた。
私に向けて、誰かが絶叫する声が……かすかに聞こえる。
それは、ユーリの声なのか、アルトス君の声なのか、ソーフィ先生の声なのか、それとも……バールの声なのか。
いや、私に銃口を向けている敵の声の可能性もあるけど……とにかく声がした。
しかし、その声を……私は無視した。
恐怖は、かすかにある。だけど私は動いた。
私の番が……バールが、死ぬ。
それを考えただけで、胸が張り裂けそうになって。
黙って、見ていられなくて。
何かできるワケでもないのに。
無茶は禁物な体なのに。
反射的に、動いてしまって。
そして、次の瞬間。
その場に、衝撃波が巻き起こった。
※
『俺達は、君を始めとする原生種族の言葉で言うところの外星人だ』
私の中で完全に甦った記憶の中で。
私を半ば強制的に船の中に連れ去ったヒト――リーオンさんは告げる。
『さらに言えば俺達は、君達の先祖――君達がウサギと呼ぶこの惑星の原生生物に俺達の遺伝子を組み込み……君達を生み出した、神とも言える存在の子孫だ』
リーオンさんと、バールの先祖が……私達、ヒトを生み出した?
もし事実であったとしても、到底受け入れられない事実だ。
でも、私達ヒトと、ご先祖様であるウサギの間の……進化の過程の形態の一部が化石として発掘されていない、って聞いた事があるし……その事実もあって、一説には、誰かが遺伝子操作をした可能性があるんじゃないか、とも言われているから無視はできないワケで。しかし私の反応は気にしていないのか、リーオンさんは話を続けた。
『俺達の世界の生物学者によれば……俺達の種としての寿命は衰退期に入っているらしい。そしてその事を知った政府は、俺達の種としての寿命を延ばすための技術開発に予算を投入した。そして種としての寿命をより延ばすために、冷凍睡眠技術や、肉体の内部を変異させたり、より良いエネルギー供給を可能とするナノマシン技術、さらには他の惑星の生物に俺達の遺伝子を植え付け、それにより進化した生物から優れた遺伝子を搾取し延命する技術などという、生物としてはなんとも……いや、そもそも生物は、他の生物を踏み付けて進化をする存在だが、とにかく自然の摂理から外れた技術が誕生した。寧ろ、反則と言ってもいい技術だ。そして俺達は、そんな不自然な方法を進化だと認めていない派閥の一派だ。そしてだからこそ俺達は政府の考えを変えるため。新たなる進化の可能性を探し求め、今回の先遣隊の遠征に参加した。そしてそんな中で、俺は君と……おそらくウチのバールに好意的であろう君と出会った』
私に目を向ける度に、なぜか鼻血を出すために。
今は別室に移動しているバール……のいるであろう方向へと、一度視線を向けてから、リーオンさんは言う。
『君がなぜウチのバールに好意的になったか……そしてなぜバールが、君にあんな反応をするのか。俺達は、ここまで進化をする中で、いろいろ失ったから分からんが。とにかく、もしかするとその……君達の目に見えない繋がりが、俺達の新たな進化の可能性を切り開くかもしれない。だから……えっと、アンヌ君と言ったか。とにかく俺達のために。そして、この星を救うためにも。俺達が考えている実験に協力してほしい。少なくとも半年は』
※
巻き起こった衝撃波の中心にいたのは、私だった。
と言っても、誰かを吹き飛ばすような衝撃波じゃない。
まるで、魂だけが揺さぶられるような。
物質的には、何も影響がない……衝撃波だった。
そして、すぐに私は……これが、私が巻き起こしたモノではないと察した。
「…………まさか、俺達の……ッ?」
そしてその、謎の衝撃波の正体に……私と同じく、彼――バールにも心当たりがあったようだ。というか、彼も大きく関わっているから。寧ろ、分からなかったらグーパンしていたかもしれない。
「ッ!? な、なんですか今の衝撃波は。まぁいい、改めて死ぃ……ッ!? な、なぜだ!? なぜショックビームが出ない!?」
謎の衝撃波を受け、バールを撃とうとしていたヒトが……いや、彼だけじゃなく彼の部下も、突然武器が、なぜか使えなくなったみたいで……困惑し始めた。
「…………師匠。あなたの実験は……あなたが過去の文献の中から発見した『雑種強勢』という現象の存在を立証するため、俺達の遺伝子を掛け合わせて行った人工授精は、想像以上の結果を生みましたよ」
でも反対に、バールは。
さすがに衝撃波がどういうモノかは、私と同じく分からないと思うけど……とにかく、誰が出したのかは、私と同じく理解していた。
――長命な種族となったせいで……バール達は、生殖機能が衰えたために、私の卵子と、バールの細胞から生み出した精子とを掛け合わせ、そして私の胎内で現在育ち始めている……私達の子供が、私の危機――自分の命の危機にも繫がる事態を察知し……まさかの、産まれる前の親孝行をしたのだと。
※
『お前が偶然見つけた原生種族が、お前に感じたモノに……俺は賭けてみたいんだよ』
師であるリーオンの、その言葉を思い出すと共に……バールは感じていた。
自分達、ナノマシンを摂取している者達の身に、そしてついでに言えばダーロスに、いったいどんな異変が起きたのかを。
衝撃波の正体は、おそらく電磁パルスの類だと彼は予想した。
そしてそれは、自分達の体内のナノマシンのみならず、ダーロスの中の、ゼラムス801なる液体に入れられた、それと反応しエネルギーを発生させるナノマシンさえも機能停止に追い込んだだろうと。
そしてそれを裏付けるかのように。
いつもナノマシンが見せてくれている、森羅万象の様々なデータは……もうその視界の中に浮かんでこない。
そしてその電磁パルスは、ナノマシンのおかげで全ての記憶を復元できた自分と……同じくナノマシンを摂取した事で、人工授精後に施された記憶消去――敵に、バールとの関係を悟られ余計な被害が及ばないように、敢えて施されたそれにより消した記憶を……時限式で、そしてギリギリのタイミングで復元する事ができた、アンヌとの間に出来た、自分達の子供が発したのだろうと。
まさか、母の危機を察し、ナノマシンを無力化する電磁パルスを発するような、特殊な能力が備わった子がアンヌの胎内で生み出されるとは……さすがに想像できなかったようだが。
「ッ!? 連中の攻撃が止まったぞ!!」
「今だ!! 反撃だ!!」
そして、形勢は逆転した。
ナノマシンの恩恵を失った狩人は。
獲物と認識していた原生種族によって反撃を受け――。
※
私が全てを思い出した後に起きた……戦いの後の事。
バールの……あの後、学園の図書館にあった文献を読んで知った事が本当であれば、私に興奮したせいで鼻血を出していたらしいバールの元仲間は、エーゼの唯一の監獄に収監された。
彼らや、バールが、ダーロスと呼んでいたバッテリーは。
さすがに、新たな戦乱を呼びかねないオーバーテクノロジーであるからと、破壊する事になった。でもこの町のあらゆる物や、魔法でさえも壊せなかったから……誰にも見つからない場所に、最終的には封印されるかもしれない。
気絶させられていた、町のみんなは。
あの後、ソーフィ先生を始めとする人達の看病のおかげか、半日後に、何の障害もなく目を覚ました。
だけど、事態は……本当の意味で収束していない。
なぜならば彼らは、バールの言う事が正しければ先遣隊。
本隊が別にいるのだ。
今の内に戦いの準備を整えないと。
もしかすると今度こそ、こちらが負けるかもしれない。
少なくとも、私とバールの子供が発した……電磁パルスを解析できなければ。
そして、そのせいもあり。
バールは私の町の、今は使われていない小さな家屋で軟禁状態だ。
確かにバールは、この星のためにも戦ってくれたけど。
元々は襲撃者達の仲間だから。私達としては、少しでも相手の情報などが欲しいから。その情報源である彼が、絶対に逃げないように……軟禁してるのだ。
でも、だからって彼と会ってはいけないって、事はなくて……。
「…………その格好、やっぱりどうにかならないのか?」
「これがこの星の“普通”なんだから、そろそろ慣れてよバール♪」
というか、それ以前に……私という存在がいるから。
彼にとっても、気になる異性である私がいるから……そして、私との子供がいるから、いろんな意味で逃げられないと思うけど。
「め、目のやり場に困るんだがッ」
「バールにならいいよ、えっちぃ目で見られても。というか私の運命のヒトであるバール以外には……そんな目で見られたくないな?」
「………………ッ…………」
記憶を取り戻せていなかった頃に、彼と再会して。
そしてだからこそ、私の中に在るのが……行方不明中に身籠っていた子供が、彼との子供だって気付けず……彼に対して。番である彼に対して。後ろめたい気持ちになっていたけど。
でも、全てを思い出して。
私はこうして、遠慮なく彼に会いに行っている。
私の、まさかの番。
この星の外からやってきたバールに。
「あ、動いた」
「なに? 本当か」
まだまだ、本隊とかの問題が残ってて。
本当の意味で、彼と一緒になれる日は遠いかもしれない。
でも、私は大丈夫な気がする。
彼と番、だからなのか。バールと、そしてお腹の中の子供と一緒なら……どんな困難も、絶対乗り越えられる…………そんな気がする。