第三話 まさかの、急展開ですか?
半世紀前。
神様の領域の一歩手前まで魔法技術を発展させた国家が起こした戦争をキッカケに、魔法の使用が制限されるようになった後。その制限された分の技術を補うかのように……この世界では魔法に代わる技術――科学が、数十年前から台頭し始めていた。
だが、その技術も。
後に、戦争が起こるキッカケになると言われ始め……最近では、その科学技術の一部が、制限の対象になり始めたのだが……。
制限されるようになってしまった技術が、完全に制限されるその前に、ソーフィはその技術に関する、あらゆる知識を学んだ事があった。
そして、そんな彼女だからこそ、なぜ目の前の少年――血液からしてこの惑星の住民ではない彼が、自分達と同じ言語を話すようになったのかを、すぐに理解する事ができた。
――やぁやぁやぁ……彼の中にあったモノはやっぱり……人体の構造どころか、言語理解能力にまで干渉する事ができるナノマシンなのか。
さっそく、そのナノマシンが仕事をしたのか。
なぜか自分と、いきなり部屋に入ってきたアンヌを見て鼻血を出したバールの血が止まり始め……だが再び、アンヌへ視線を向けた瞬間に、タラリと出始めているのを見ながら、彼女はそう確信した。
――まぁ、それはそれとして。彼は私達にとって敵か味方か……いったいどっちなんだろうね。
しかしその一方で、バールの正体が分からないため。
彼女は腕を組んだまま、アンヌとバールのやり取りを……注意深く観察する。
――彼が持っていた代物がどういうモノなのか分からないから、まだ判断ができないけれど……まぁ、個人的には味方だと信じたいなぁ。
バールが持っていた物を、それを解析しうると判断し渡した知り合いの顔を、頭に思い浮かべながら。
※
「ど、どうしたの!? い、痛いの!?」
なぜか鼻から血を流し、そして頭を押さえる、私の番のヒトが心配になり、私は話しかけるのだが……彼は「いや、だからそうじゃないッ」と、なぜか私から視線を逸らし、さらには目を閉じながら言う。
「な、なんでそんな……は、ハレンチな格好をしてるんだあなた達は!?」
「…………ハレンチ?」
聞いた事のない単語だった。
まさか、彼の故郷の言葉なのだろうか。
「…………あなた達の貞操観念はいったいどうなってるんだ」
「…………????」
貞操観念、そして格好に対して彼が物申している事は分かる。
そして、貞操観念がどういったモノなのかを理解してはいる……けど、いったいなぜ、彼にそんな事を言われなきゃいけないのか……まったく理解できない。
それだけ異なる文化圏の出身なのかな?
でもこの星の、ヒトが住んでいる地域じゃ大体こんな服だと思うけど……?
と、そこまで考えた時だった。
私の頭に……まるで、彼が感じている頭痛が移ったかのように、痛みが走った。
まさか、これは番だからこその……なんらかの作用だったりするのか。
ふとそう思ったけど、ユーリが頭痛などを覚えた時、アルトス君がそれを覚えていなかったのを思い出し…………いったい、私に何が起こっているのか……ワケが分からなくなって……………………。
※
『ッ!? な、んだ……その服装はッ?』
『…………バール、確かにハレンチな服装の原生種族ではあるが、なんで君がそこまで狼狽するか分からん……っておいバール、なぜ鼻から血を出す?』
半年前。
学園からの、帰り道。
私の前に突然姿を現した、その瞬間に初めて会った、私の番である彼――バールと、彼の隣にいる、彼と同じ形の耳で、四十代くらいの男性の姿が……私の脳裏に過って――。
※
「…………バール?」
なぜか、今思い出した。
彼の名前を、私は呼んで……そして、私の中に――。
「た、大変だソーフィ先生!!」
――すると、その時だった。
血相を変えたユーリが、突然診察室に、入ってきて……。
「なんか、ヤバいヤツらが……そいつと同じ耳生やした集団が攻めてきた!!」
そして、彼女の後に……バールの顔を見た瞬間に、彼に鋭い視線を向ける、アルトス君が入ってきて……。
※
ソーフィの番にして、歴史学者でもあるシャークは、突如自分達が住む町に、謎の耳を生やした連中が攻めてきたのを知り、まさかとは思いつつ……バールが手に持っていたモノへと目を向けた。
自宅の仕事机の上に置かれたそれは、ソーフィから、表面に書かれている未知の文字から、その正体を掴めないかと預けられた物だ。
そしてその物体は、その表面に書かれた文字をシャークが解読した限りでは……自分達が知る物の中では、バッテリーに一番近い代物であると判明した。
「謎の耳……確かソーフィが預かった子も、変な耳の少年とか言ってたな」
とりあえず、番のソーフィから預かったバッテリーを鞄の中に入れて、自室でもある研究室を飛び出しつつ彼は考える。
「まさか、連中はこれを取り返しに来たのか? 穏便な解決じゃなく、実力行使で取り返しに来るなんて……そんな連中に渡しちゃ絶対ヤバヤバだ! こんな未知のバッテリーを持ってどんな目的で来たか分からんし、少なくともこの未知の科学力の代物が存在するだけで、この惑星上で戦争が起きかねん! 可能なら、どうにかして破壊しないと!」
「残念ながら、そういうワケにはいきませんよ」
そしてシャークが、裏口から家の外へ飛び出した時だった。
奇妙な耳を生やし、白黒の戦闘服を着込んだ一人の男性が、シャークの真正面に突如出現した。
「それがなければ私達は“任務”を遂行する事ができませんからね」
そう言うなり、男性は。
右手に持っていた重火器の銃口を、シャークへと向けて……。
※
「やぁやぁやぁ……こりゃいったい何がどうなってんだい?」
診療所の裏口から、みんな――なぜか未だに頭を押さえてるバールも外に出て、そして町の様子を、みんなでこっそり確認して……咄嗟に、近くの土壁の塀に隠れながら、最初にソーフィ先生が口を開いた。
「ウチの町の警察……まったく歯が立ってないみたいじゃん」
ユーリの言葉は……私達が先ほど見た光景をシンプルに言い表していた。
襲撃者達……バールと同じ耳をした何者かが、私達が見た事もない重火器で町の人達を撃って、そして彼らを町の広場に並べてる。
そしてその中には、この町にいる警察官――この世界で唯一、魔法の使用を実践以外……訓練の時に使用するのを許されている人達もいた。
そして、訓練の時に使用している関係上、私達のような一般人より経験値があるワケで……そんな彼らが勝てないなんて。そしてそんな彼らを見て、相手との実力差をある程度理解しつつも……それでも、大切なヒトを守るため、多くの町民が、襲撃者達に攻撃魔法を使わんと、呪文を唱えようとするけれど、相手の襲撃者は、その呪文詠唱の瞬間に重火器の引き金を引いて……!?
「おい、お前!」
するとその時、アルトス君がバールの胸ぐらを掴んだ!?
「まさか、あの襲撃者の先兵としてこの町に来たんじゃないだろうな!?」
「ちょ、落ち着きなさいよアルトス!」
ユーリはアルトス君を必死に止めた。
こんな所で言い争いをしている暇なんてないし……それに、大声を出した事で、襲撃者に存在を知られるかもしれないし。
「違う」
するとバールは……私の番であるヒトは落ち着いた声で……鼻と頭に手を置いたまま答えた。
「俺は、ヤツらにとっては裏切り者だ。
そしてその証拠として……ヤツらのやっている事を止めようとしてダーロス……君達の住むこの惑星で言うところの、バッテリーに相当するモノをヤツらの乗ってきた船から持ち出した」
「…………は?」
「え、い、いったい何言ってんの?」
いきなり変な事を口にしたバール。
ユーリとアルトス君は目を見開き困惑した。
だけど私は。
その言葉を聞いて……さらに頭が痛くなって――。
※
『……ウチのバールがこんな反応をするとは。
まさか、この惑星には出血を促すような未知のウイルスが……いや、それなら俺も出血していなければおかしいし、船のセンサーや、体内のナノマシンの解析結果でも異常はなかった。ならなぜ……まさか、これが古い文献で見た……?』
私の中で、過去の記憶がまた甦り始める。
一目で私の番と分かったバールを、ウチのバールと呼ぶ男性が、何やらブツブツ言った。というかその声、ウサギから進化したヒトである私には筒抜けなんだけど……でもって、この惑星。なんだかこの惑星の住民ではないような言い方だった。
『そこのハレンチな格好の原生種族の少女。
俺達の未来のために、そしてこの惑星のこれからのためにも……ちょっと一緒に来てもらうぞ』
そしてその男性は……こうも言ってきた。
『俺の体内のナノマシンが視界に見せてくれるデータによれば、君もウチのバールと似たような感情を抱いているんだろう? もしかすると、そういう目に見えない〝何か〟こそが……俺達の未来を本当の意味で切り開くかもしれないからな』
図星な、事を。
そしてさらに……ワケが分からない事を。
そして私は、彼らの使う船に半ば強制的に乗る事になり――。
――半年もの間、家族やユーリ達友人にはとても申し訳ない事に……行方をくらます事になった。