第二話 その服装は、どこか変ですか?
『誰かを犠牲にする事でしか、自分を保てないなんて……悲しい進化だと思わないか、バール?』
とある男の声がする。
無機質な部屋を歩き回る……一人の男の声が。
『というか、そんな事を続けて……犠牲にする生贄がこの世からいなくなったら、果たして俺達は、どうなるんだろうね』
男が顔を、こちらに向けながら告げた。
そして視線を向けられた者は、その状況からして……自分が、バールという名の存在なのだと察した。
だがバールと呼ばれた者は……それが自分の名前だという実感が湧かなかった。
というかそれ以前に、バールは……自分に話しかけてきた男の名前を思い出せなかった。
『そしてバール……お前にはそのための、テストケースになってほしい』
『お前が偶然見つけた■■■■が、■■■感じ■モノに……俺は賭けてみたいんだよ』
それどころか、バールの記憶の中に……欠落があり。
それがいったい何なのか、彼が思い出そうとしたところで……。
※
「ッ!?」
バールは、目を覚ます。
見た事もない場所――土壁で造られている部屋の中で。
いったいここはどこなのか。
どうして自分はここにいるのか。
上半身を起こすと同時に、バールの中に疑問が湧いた。
すると同時に彼は、なぜか自分が記憶を失っている事実に気付く。
途端に、バールの血の気が引いた。
己の足元が、まるで薄氷のように崩れ去ってしまうような。自分という存在が、この世界から抹消されたかのような。言いようのない不安が、彼の中を駆け巡る。
「……俺は、いったい……?」
そしてその不安は、いつしか焦燥感に変わり。
その焦燥感に苛まれるあまり、バールは頭を抱え、何か、自分に関する手掛かりを思い出せないかと、意識を集中する。
すると、彼は先ほどの夢の内容を思い出し――。
「…………バール……?」
自分の名前と思しき名前を思い出し、試しに口にした。
考えるだけじゃなく、口にする事で、芋づる式にいろいろと思い出すんじゃないかと思っての行動だった。
しかし結局、バールが思い出せたのは。
自分の名前。
そして自分と親しい誰かがいた……という事だけだった。
果たして自分は誰なのか。
まったく思い出せず、バールは歯噛みした。
だけど、彼は諦めず。
この場所についての疑問の事などすっかり忘れて、再び、自分についての記憶を思い出さんと、意識を集中したその時――。
「やぁやぁやぁ。少年が目覚めてくれればいいけど……って、おや?」
――そんな彼のいる部屋にいきなり、見た事もない人物が入ってきた。
※
バールが目覚める、数分前の事。
ドクター・ソーフィは驚愕していた。
かつて自分の患者として一週間くらい通院し、今日、復学しようとしていた少女ことアンヌと、その友人であるユーリ、さらには彼女の番であるアルトスが早朝、自分に預けた、川の上流から流されてきたバールの血液の中に……信じられない物が含まれていたからだ。
「やぁやぁやぁ、絶対あの少年……この星の存在じゃないでしょ」
そう断言しつつ、ソーフィは顕微鏡の接眼レンズを覗き込む。
プレパラートに乗せられているのはバールの血液。そしてその血液の中にあったのは……少なくともソーフィは見た事がない血中細胞だった。
「彼が持っていた物からして、そうじゃないかと思ったりもしてたけど……一応、絶対、少年自身からも話を聞いた方がいいかもしれないなぁ。言語が通じればの話だけど」
そう言ってからソーフィは席を立ち、バールを寝かせている、診察ベッドのある部屋へと入った。
すると、その直後。
その部屋で、血が流れた。
※
その日の授業は、まったく頭の中に入らなかった。
自分達が如何にして今の姿となったのか……みたいな授業内容だったような気がするけれど、そんな事よりも私は、今朝、川から流れてきたヒト……私達とは耳が生えている箇所や、その耳の大きさがまるで違うけれど、それ以外は私達ととてもよく似たヒトの事が気になっていた。
あの後、私達は川で見つけた彼を、行方不明になった私が発見された後にお世話になった、お医者さんのソーフィ先生に預けて、登校をしたんだけど……授業に身が入らないんだったら、彼に付いていた方がよかっただろうか。
私の直感、もしくは直観が……間違いでなければ。
おそらくは私の番であろう、どこの誰かも分からない彼のそばに。
でもソーフィ先生に、学生でいられる時間は貴重なんだからと言われたから。
そしてユーリとアルトス君に、どこの誰かも分からないヤツのそばにいるなんて危険だろと言われて、私はここにいる。
三人の言う事は、ごもっともだ。
そしてそれを理解しているから、私は……少なくとも放課後までは、以前のような学園生活を模倣する。
どれだけ、私の本能がざわつき。
どれだけ、彼の事が気になろうとも。
どれだけ、会いたいという気持ちが膨らもうとも。
そして私が、彼と……番である彼と、会う資格のない女だと自覚して、胸が締め付けられようとも。
※
下校時間になるのと同時に、私はユーリとアルトス君と一緒に、ソーフィ先生の経営する診療所へと急いで向かった。
彼に……番である彼に、会える。
そう思うだけで、心臓の鼓動が早くなる。
番という、少なくともこの星の住民全員の宿命であろうモノの事を知った、十歳の時から、行方不明になるまでの間。そして発見されてから、彼の姿を認めるまでの間。ずっと私は、番とはいったい何なのか。そして私の番は、どんな人物なんだろうと思っていた。
そしてようやく……私にも番が見つかった。
だけど同時に、こんな私が……彼に会っていいのかと。
私はずっと――授業中も、ここに来るまでの間も思っていた。
でも、私の……血が叫ぶんだ。
彼に、会わなければいけないって。
そして、だからこそ。
私は、ソーフィ先生の診療所に入り。
受付のヒトや、ユーリやアルトス君の制止を無視して。
ただただ本能に従って、私は、彼が寝かされている部屋へと向かい。
中から、慌てたような声が聞こえてくるという……冷静に考えれば異常な状況であったにも拘わらず、そのドアを開け――。
――私の番であるヒトが、私を見て……鼻血を出すのが見えた。
※
バールは困惑していた。
なぜ自分の鼻の部分から血が流れるのかと。
そして同時に。
なぜ、自分が寝ていたベッドがある部屋に入ってきた、二人の女性の服装が……上半身が袖なしのワイシャツで、下半身が下着と大差ないほどの丈のズボンなのかと。
あまりにもワケが分からない状況だったため、彼はすぐに、その疑問を彼女達にぶつけようとするのだが。
「g3r8O9Ez0epq!?」
「wCLsq、kNg3r8O!」
彼女達が、バールの前で口にした言語が、彼には理解できない言語であったために、喋ったところでどうにもならないと判断し。
だんまりを決め込もうとした……その時だった。
一瞬だけ、眩暈がしたかと思えば。
その数秒後……どういうワケか彼女達の言葉が分かるようになり……。
※
いったい、何が起きたのか。
番であるヒトに会えた事による喜びを上回る疑問が、私の中で生まれて……私は困惑した。
私の番であるヒトは、外傷などを負ってなかったハズ。
しいて言えば、水に長時間浸かってた事による低体温症にはなっていたけど……さっきも言った通り、外傷はなかった。
だけど今、彼は……鼻から血を流している。
まさか、私の隣で……私と同じく困惑しているソーフィ先生がグーパンでもしたのかと思ったりもしたけれど……その慌てっぷりからして、彼女は何もしていないだろう。
ならば、いったい何が……!?
「…………な……ん、で……」
すると、その時だった。
私の番であるヒトが……鼻と頭を押さえながら口を開いた。
「なん、で……そんな、服を……?」
初めて聞く台詞にしては、あまりにもあんまりな気がする……ワケが分からない質問だった。
【この世界の男女の制服(夏)】
『男子生徒』
上:半袖ワイシャツ
下:短パン
『女子生徒』
上:アメリカンスリーブなワイシャツ
下:0分丈ホットパンツ
『女医』
上:アメリカンスリーブなワイシャツ+半袖白衣
下:0分丈ホットパンツ
なお作中の舞台の気温は、夏には四十五度を超えます(ぇ