第一話 その出会いは、必然ですか?
一応、王道のつもり(ぇ
それは、虫も寝静まる真夜中の事だった。
広葉樹の森の中を移動する、複数の影があった。
その森に棲む獣が主に使う道を、高速で移動する影が。
ヒトが造りし道ではないが故に。整備された道ではないが故に。時折その影達は木や葉に接触し、地面から突き出た根や石に躓き、己の肌や服を汚し、傷付ける。
しかし影達は、意に介した様子もなく移動を続ける。
前方――五十歩ほど先を走る、一人の裏切り者を追うために。
移動する影の一つが、懐から重火器を取り出した。
するとその影に同調したのか、他の影も重火器を取り出し。
前方の裏切り者へと照準を合わせ……一斉に引き金を引いた。
真夜中の森の中に、幾条もの光線が迸る。
それらは夜の森に局所的な明るさをもたらし、木の幹や葉、地面にぶつかっては小爆発を起こした。
前方の裏切り者が、光線に照らされて。
まだ暗い森を背景に、追跡者達の目に映る。
裏切り者の背丈は、それほど高くない。
相手は、まだ大人になり切れていない少年だった。
少年は両腕で荷物をしっかりと抱えつつ、走り続けた。
周囲の木々や地面に、追跡者の光線が当たり……爆発する中を。
とにかく彼は必死に、全力で。
そして……夢中で走り続けていた。
追い付かれれば、死が待っているのだ。
自分の、だけではない。下手をすればこの惑星そのものの死もだ。
だからこそ、彼は必死だった。
だが、その追いかけっこは永遠に続かない。
暗い森に迸る光線により、前方の地形が明らかになり……それを目にした途端に少年は立ち止まる。
彼の目の前に広がるのは、深く、暗い崖だった。
落ちてしまった可能性を考えただけで、死の予感がするほどの深さだ。
「ようやく追い付いたぞ」
追跡者の一人が、立ち止まった少年へと声をかける。
少年が余計な事をしないよう、彼との距離を、少しずつ……慎重に狭めながら。
「さぁ、それをこちらに渡せ」
声をかけた追跡者が、少年が抱える荷物を見ながら言う。
「わざわざ威嚇射撃で済ませてやったというのに、まだ反抗するのか? 威嚇射撃ではなく射殺の指示を出してもよかったんだぞ?」
追跡者の言葉に対し、少年は微動だにしない。
ただただ怒りに満ちた眼差しを、追跡者に向けるだけだ。
それを見た追跡者は、溜め息を吐いた。
どうやら最初から、交渉などが通じない相手だったらしいと、少年の態度だけで察する。
しかし彼は、立場上、そう簡単に射殺の指示を出す事はできなかった。
「今ならまだ、若気の至りだとか、一時の気の迷いとかで勘弁してやる。お前の師の裏切りも帳消しにしてやろう。だからそれを――」
なので一応、形式通りの台詞を述べようとする……のだが、その台詞を、追跡者は最後まで紡げない。
なぜならば台詞の途中で、追い詰めたハズの裏切り者の少年が……目の前の崖へと飛び込んだからだ。
※
雲一つない、青空の下で。
私はそんな青空とは対照的に、暗い面持ちで、重い足取りで……自分が休学していた学園の通学路を歩いていた。
別に学園で、イジメに遭っているワケではない。
ついでに言えば、引き籠りであったワケでもない。
「アンヌ! おっはよ~!」
さらに言えば、ちゃんと友人もいる。
「おはよう、ユーリ」
明るい声をかけてくれた、幼馴染にして、私の一番の親友でもあるユーリに……私は、そこまで明るくない声で返事をした。ユーリと違って、今日の私はそこまで明るい気分になれない。
「大丈夫、アンヌ? まだ体調悪いんじゃ?」
「ううん、平気。気にしないで」
そして、それがいけなかった。
先ほどまでの明るい顔から一転、ユーリは心配そうな顔で私を見た。
「でもでもっ、アンヌは半年くらい前に行方不明になって、それで先週ようやく、見つかったんだよ!? 気にするよ!」
ユーリの言う通り……私は半年もの間、行方不明だった。
最後の目撃者でもあるユーリの証言によれば、最後に私を目撃したのは、下校の時……彼女と丁字路で別れた時だそう。
だけどその後、私が家に帰る事はなかった。
そして私の両親は、警察に捜索願を出し、最終的には町のヒト全員で、私の捜索が何度か行われたらしいけど……結局私を見つけられず。
それから、約半年後……一週間前。
気絶していた状態で、私はこの国――今はもう、化石でしかその存在を証明できない古代生物『ウサギ』を先祖に持つヒトにより建国された国家『エーゼ』の、約四割を占める大森林の奥深くで……たまたま通りかかった猟師さんに発見された。
そして、発見された私は……なぜか行方不明だった間の記憶を失っていた。
休学になるのも、納得の状況だ。
事件の状況がそもそも不可解なのだ。
私自身に、何か異常が起きている可能性があってもおかしくないのだから。
そして、私を心配してくれた全てのヒトが危惧した通り、私には異常があったのだが……私を診察した、この町の唯一のお医者さんであるソーフィ先生に、親以外には絶対知らせない方がいいと言われたために……ユーリには、残念ながらその事を相談できない。
「ありがと、ユーリ」
けどその代わり、私は親友に感謝を述べた。
「それより、私に構ってくれるのは嬉しいけど……それはそれでアルトス君が私に嫉妬しちゃうかもしれないから、そろそろ彼の所に行ってあげたら?」
「えっ……あっ!」
私の言葉を聞いて、ユーリは一瞬、何の事か分からなそうな顔をしたけれど……私達が通っている、リヒトア魔法学園の通学路の先に、彼女の番であるアルトス君がいるのを……そしてその彼が、訝しげな視線をこちらに向けているのを見て……慌てて私に「ご、ゴメンねアンヌ! また放課後ね!」と言ってから、アルトス君がいる方へと走っていった。
別に彼は、私が言ったように嫉妬深い性格をしているワケじゃない。
その辺は冗談だ。冗談だけど……代わりに彼は、己の番であるユーリが、自分との時間よりも私との時間を優先するものだから、ユーリに対し、同性愛者ではないかというフザけた疑惑を抱いている。
たとえ同性愛者であったとしても、異性が番である時点で、その異性たる番しか愛せなくなるハズだけど……彼はそこんところをあまり信用できないタチらしい。
ちなみに、番とは。
簡単に言えば運命の相手の事だ。
どういう理屈なのか……私の行方不明中に亡くなっていた、おばあちゃんでさえ詳しく知らなかったけど。私達は十五歳前後になると直感、もしくは直観で、このヒトと一緒になれば幸せになれる……とか、心身の相性が良い……とか、そういう感じの事を察知できるようになるらしい。
そしてその直感、もしくは直観……はよく当たるそうな。
というか私の両親も、親戚も、そしてついでに言えば、私と同じく十六歳であるユーリとアルトス君も、見ているこっちが恥ずかしくなるほど仲良しなのだから、私でさえも番の絶対性は信じている。
けど私は。
たとえ番が見つかったとしても……もう……。
「だぁ~かぁ~らぁ~! 私は同性愛者ってワケじゃ……おろ?」
前方でユーリが、アルトス君に文句を言っている。
だけどその台詞は、通学路の途中にある川に架かった吊り橋の上に来たところで疑問形に変わった。
いったい何だろうと、私とアルトス君はユーリの視線の先を追った。
すると、そこには。
川の上流から誰かが……意識がない状態で流されてくる光景があった。
「ッ!? ちょ、大変じゃん! 早く助けないと!」
「おい、大変な状況だからって飛び込もうとするなよユーリ! 俺が代わりに行くから!」
それを見たユーリが、慌てて制服姿のまま川に飛び込もうとする。
小さい頃、公園で男の子にイジメられていた私を助けてくれたほど……困ってるヒトを放っておけない性格のユーリだからこその行動……だと思うけど、周りの目もあるからここはアルトス君に任せようよ!?
※
結局、川に流されていた人はアルトス君が、ずぶ濡れになってまで救出した。
ちなみに、私達が使える魔法は、自分や、自分の大切なモノを害する者が現れた時にだけ使うようにと、国際法で定められている。
なんでも半世紀くらい前、この惑星の裏側に、魔法技術を神様の領域の一歩手前まで発展させ、調子に乗ってた国家があったらしく、そしてその国家は周囲の国家に戦争を吹っ掛け……最終的には五年にも及ぶ戦争に発展したそうな。
そしてその事件をキッカケに、魔法の使用を国際レヴェルで制限する法律が生まれたらしい……と半年以上前、学園で教えられた。
なので残念ながら、魔法を日常生活の中で……人命救助のために使う事も、禁止されている。
まぁ、魔法ばかりに頼っていると、肉体の鍛錬を怠る可能性もあるかもしれないので、この法律はある意味、良い法律かもしれないとは思うけど。
「こいつ……耳がちょっと変だぞ?」
とにかく、そんな経緯があるので。
橋から直接飛び降り、川を流されてたヒトを引きずり、岸に上がったアルトス君は……助けたヒトを見ながら言った。
いったい耳がどう変なんだろうと、アルトス君の上着を持つユーリと共に、アルトス君のもとへ駆け寄りながら私は思った。
ちなみに……飛び降りたアルトス君との間には最初、距離があったけど、私達のご先祖様であるウサギの聴力が、今の私達にも受け継がれているので問題はない。
そして、アルトス君達との間の距離が……ある程度縮まった瞬間だった。
私は、とても……懐かしい感覚を覚えた。
と同時に、なぜか心臓の鼓動が早くなった。
いったい、何が起こったのか。
私は最初、分からなかったけど。
アルトス君が助けたヒト……なぜか、私達とは耳が生えている箇所が違う上に、その耳が小さい、私達と同い歳だろう男の子の姿を見た時に…………私は察した。
ああ、このヒトが。
私の番なんだって。
期間内に終わらせられるかどうかは不明です(ぇ