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4話: 女子と絡みたい迷惑野郎

この物語はフィクションです。

フィクションの略って、fictって書くらしいですね。

 神妙な微笑を仮面のように貼り付け、呆れるほど静かにたたずむ葵。

 突然の葵の登場に、佐々木たちは当然驚きの声を上げる。


「おい大家、なんでここに……その恰好って」

「ええ、宮司がしばらく不在にしておりまして、その間この神社を預かっています」

「じゃあ、千夏が言ってた手伝ってくれてる人って……」

「私の事でしょうね」


 佐々木たちの混乱した質問にも、ひたすら穏やかに応える。

 その口調は神職らしいと言えばらしいもので、普段の学校での様子とは全く異なる、白磁のように白く均等な笑み。

 そんな葵とやり取りをしている最中、佐々木はあることを思い出したのか、急に語調を強めて詰問した。


「そんな事より大家! さっき千夏が言ってた、嫁ってどういうことだ!」


 鬼気迫る様子で佐々木が持ち上げたのは、下校前に教室で千夏が発した「葵の嫁」という発言について。

 千夏と関係(・・)を持ちたいと目論んでいる佐々木にとって、返答次第で葵は最大の障害となり得ると考えているのだろう。

 怒りと焦りに任せ、玉砂利をぐさぐさ踏み荒らし、葵に詰め寄って襟首を掴んだ。


「ええ、そんなことを言っておりましたね」

「その喋り方、むかつくからやめろよ」

「……わかった」


 佐々木に言われ、やれやれと頭をかく葵は、先ほどまでの微笑を解除し、口調も普段のものに戻した。

 そもそもこんな神職スマイルで登場したのは、佐々木たちをあ煽るためであって、神社での仕事の際いつもこんな態度というわけではない。


「で、どうなんだよ? 千夏がやたらお前を気にかけてるのも、前々からおかしいと思ってたんだ。もし千夏の優しさにつけこんでるんなら……許さねえぞ」


 襟首を掴んだまま、目をぎらつかせてすごんで見せる佐々木。


 ――「許さねえぞ」って……真顔で言って恥ずかしくないのか?


 佐々木の圧力に対して、葵に怯えは微塵もなく、しらじらと冷めた目で見つめ返す。


 ――まあとりあえず、嘘じゃない範囲で適当に誤魔化すか……。


「ここの宮司を引き受けるにあたって、そういう関係ってことにしといた方が、対外的にもいろいろ都合がよかっただけだ」

「それって千夏が言ってた、部外者には手伝わせられないってやつか? 身内ってことにしとけば、問題ないって?」

「そうだよ。別に紙書いたり輪っかプレゼントしたりはしてないから安心しろ」


 葵は無実を主張するように、手をひらひらホールドアップさせながら、皮肉めいて話す。

 その様子は、先ほどまでの神職めいた態度とも、学校での態度とも違い、ほとんど別人のようだ。

 この飄々として皮肉った話し方は、葵にとって割と得意な話術だ。


「つまり、実際に結婚してるわけじゃねえんだよな」

「確かに俺も千夏も十八歳にはなってるけど、現代基準の(・・・・・)籍は入れてねえよ」

「そうか……」


 葵はあくまで嘘はついていない。

 千夏の言う通り、千夏との婚姻を否定してしまえば、自らを滋岡の人間だと認識できなくなってしまうからだ。

 故に、飄々と煽っているように見せてかなりハッタリをかましている。

 そんな葵の心中など知らない佐々木は、それを聞いて安心したのか、詰め寄っていた身を引いた。


「つまり、お前と千夏は、家の事情で恋人のフリをしてるってだけなんだな?」

「そこまでは言ってない……」


 やや飛躍した解釈に「どこのラブコメだよ」と葵はジト目をかます。

 勘違いしてくれたのは大変結構だが、実に想定の斜め上だ。

 しかし、次に佐々木の口から出た言葉は、さらに唐突で横暴なものだった。


「だったら、お前のかわりに俺がやるよ。へんな本ばっか読んでるお前より、俺の方が向いてるだろ?」


 またしても名案を思いついたように、へへっと鼻頭をかきながら、大真面目にそう言ってのけた佐々木。


 当の佐々木以外は……沈黙。


 流石の友人たちですら頭を抱え「何を言ってるんだこいつ」という白けた表情を隠せない。

 葵はそんな佐々木フレンズに「どうにかしてくれ〜」という視線を送るが、「No」とあっけなく全リリースを食らい、仕方なく口を開いた。


「あのさ、本の虫ノットイコール神職っていうあなたの考えはどこから? 喉か? 鼻か? 神職になるには作法だけでなく座学も必要だ。俺はここで十年以上修行してる。神社本庁に登録されてる神社なら、専門の大学で資格をとる必要もある。気まぐれで勤まるものじゃない」


 葵は六歳の頃からこの神社に入り浸り、宮司である千夏の父から様々なことを教わってきた。

 神職としてではなく、呪術師として……ではあるが。


「じゃあ、修行すればいいのかよ」

「そうだな。でもここだと俺と千夏しかいなくて見てやれない。よその神社に弟子入りしてくれ」

「それだと本末転倒じゃねえか」

「ここで働きたいってんなら、一番現実的な提案だぞ?」

「お前、バカにしてるだろ」

「その言葉そっくり返すぞ。正月に御守りを手渡すだけのバイトのノリで来られても困る。修業が嫌ならこの話は終わりだ。帰ってくれ」


 言いながら葵は、立ち去れとばかりに手をひらひらさせるが、佐々木は「納得できるかよ!」と未だに粘ってきた。

 友人たちは「もうやめとけよ……」と肩を掴むが、それを振り払って葵を睨みつける。

 そのとき、それまで黙ってニコニコと聞いていた千夏が、口を開いた。


「まあ、葵が私の立場を利用してるっていうのは否定しないけどね。あはは」

「あっ、千夏てめぇまた余計なことを!」

「やっぱりそうだったんだな! おおいええ!」


 嬉々として爆弾を投下してきた千夏に、焦る葵。

 そんな素の態度を見たいからと、千夏はいつもこのようにからかってくるのだ。

 しかし、それを聞いた佐々木はついに激高。

 右の拳を握り、ためらいなく葵の顔面に打ち据えてきた。


 ガッ!


 鈍い音が響く。しかし、葵に殴打の衝撃は来なかった。

 佐々木の拳は、眼前で竹ぼうきの柄の部分に止められていたのだ。

 隣を見ると、柄の反対側を千夏が片手(・・)で握っている。それなのに、まるでコンクリート壁のようにびくともしない。

 千夏がすさまじいスピードで拳と顔の間に割り込ませたのだ。


 速すぎて、柄がかすった葵の頬から一筋の血が滴る。


「っておい! 結局俺ダメージ食らってますが⁉」

「ちょっと落ち着いてくれるかな、佐々木くん」

「えっ……千夏……」

「聞けよい!」


 千夏の細腕からは想像もつかない腕力を見て、佐々木はよろよろと後ずさる。


 ――まあ、そもそも千夏の(・・・)筋力じゃないからな……。


 葵は頬の血をぬぐいながら、千夏の横顔を見やる。

 その表情には既にいつもの静謐な微笑はなく、きりりと引き締まっている。

 なにか言いたいことがあるのだろう。


 ――まあ、荒らした(・・・・)からには片付けもしてもらおうか。


 葵は様子を見守ることにした。


「佐々木くん。葵のこと、少し勘違いしてるみたいだから、少し説明するね」


 勘違いさせたのはお前だろう、というツッコミを、葵はかろうじて飲み込む。


「葵はね、三年前に、家族を亡くしてるんだよ」

「おい待てちな……」

「葵は黙ってて」


 しかし続く千夏の言葉に、速攻で我慢の限界が訪れ、思わず割り込もうと口を開いてしまう。

 だがそれを有無を言わせない口調で千夏が止めた。


 ――ったく、また勝手に……。


 こうなったら止められないことを葵は知っているため、しぶしぶ引き下がる。


「それがどうしたってんだよ」

「不運ではあったけど、回避できた事故だった。そしてそれは、私と私の父さんにも責任がある。だから父さんは、葵を引き取ることにしたんだよ」


 話しながら、千夏は掲げていた竹ぼうきをゆっくりと持ち直す。


「でも少し問題があった。うちの家系って、神道としての歴史は浅いけど、別の分野(・・・・)ではかなり名門の家柄なんだよね。だからしがらみとかいろいろあって、簡単に養子が取れない。だから私の許嫁って名目で、家に置くことにしたんだよ。私自身の提案でね」


 千夏が語ったのは、葵にまつわる過去。三年前のあの事件。


 ――違う。あれは俺の未熟と慢心が招いたものだ。千夏たちに非はない。


 それが語られる度に、葵はそう言い張ってきた。

 しかし今は千夏の意志を尊重し、心中で主張するに留める。


「だから、私と葵の関係に他人の入り込む余地は無いから、よろしく」


 そして最後に千夏は、そう締めくくった。

 佐々木のことを他人(・・)とハッキリ言い捨て、これ以上首を突っ込むなと暗に釘を刺している。

 そのメッセージが伝わったのか、佐々木は開きかけた口を……そのまま閉じた。


「おい、もう帰るぞ佐々木」

「じゃあね二人とも。学校では、ここでのことは黙っとくから」


 佐々木が押し黙ったのを見て、頃合だと感じたのだろう。友人のうち数人が佐々木の腕を引っ張り、連れて帰ろうと歩き出した。

 佐々木は「ちくしょう」と葵を睨みつけながらも、それに従う。

 既に日は落ち始め、辺りの影も長くなってきている。

 迷うような道ではないが、暗くなる前に下山するに越したことはないだろう。


「私も、じゃあね」


 ずっと黙って話を聞いていた柚子葉も、最後に挨拶だけ口にして、佐々木たちについていこうと歩き出す。


「盛田、少し待ってくれ」


 しかし葵は、彼女だけを呼び止める。


「え、なに?」


 立ち止まって振り返る柚子葉。

 他のメンバーは気付いていないのか、そのまま離れていく。

 置いていかれること自体は気にしていないようで、柚子葉に焦る様子はなく、むしろ葵に話しかけられたことが意外……そんな様子で小首を傾げた。

 その柚子葉に、ざりざりと玉砂利を踏みしめ葵が歩み寄る。


「へんな事を聞いて悪いけど、最近体調が悪いとか、体がだるいとかないか?」


 そしてさらに、何の脈絡もない唐突な質問を飛ばす。

 背後で「へたくそ……」と千夏が呟いた気がしたが、ひとまず無視。

 当の柚子葉は「えっ?」と頭上に疑問符を浮かべるも、少し「う〜む」と考えるそぶりを見せた後、口を開いた。


「確かに最近、肩がちょっと重い……かも?」


 言いながら、左手で右肩を撫でて見せた。

 セーラーの襟からちらりと、鎖骨の浮いた白い肌が覗く。

 柚子葉の言葉を真剣な表情で聞いていた葵は、一つ小さくうなずくと、狩衣の袖に手を入れて何かを取り出した。

 それは手のひらより一回り小さい、朱色の御守り。


「これ、持っておくといい」


 そう言ってさらに一歩柚子葉に近づき、その御守りを差し出した。「ドへたくそ……」と再度千夏のささやき。


 急に呼び止められた挙句、妙な質問をされ、謎のお守りを差し出される。


 予想外の出来事の連続に、柚子葉は口を△にして疑問符を爆発させるが、既に思考がショートしたのか、流されるまま御守りを受け取った。

 その直後、「あれ?」と何かに気付いたように、目を丸くする。


「なんか、軽くなった……気がする!」


 御守りを握った柚子葉は、肩をぐるぐる回したり、軽く跳んでみたりし始めた。

 まるで、新しい体を確かめるかのように。

 言葉の通り、先ほどまでの少し気だるそうだった様子がさっぱり消え、実にはつらつとした動きだ。


「すごい、ほんとに楽になった! なにゆえ!?」


 驚いた様子で体を遊ばせている柚子葉に、葵は満足げに微笑を浮かべて応える。


「その御守りには、リラックス効果のある香りの香木が封じてある。疲れてたんだろう。無理するなよ」

「おお、アロマ効果偉大……はっ! これ、あの、お金……とか……」


 対して柚子葉は「でもお高いんでしょう……?」と言わんばかりに、御守りを持った手をぷるぷると震わせた。

 そんな柚子葉の様子がおかしくて、葵は「はは」と控えめに笑い声を上げる。


「とらねえよ。カルトの霊感商法じゃないんだから」


 そう言って葵は、「ほら、置いて行かれるぞ」と佐々木たちを指さした。

 既に佐々木らは鳥居近くにまで進んでおり、それを見た柚子葉は「ほんとだ」と声を漏らす。


「ありがと大家! じゃあ行くね」

「おう」


 御守りをポケットに入れた柚子葉は葵に礼を述べると、「待って!」と佐々木たちを追いかけ疾駆していった。

 その背中を見つめる葵の横に、千夏が並ぶ。


「葵が楽しそうに笑うとこ、久しぶりに見た。他の女の子にそんな態度取られると、お嫁さん嫉妬しちゃうなあ?」


 千夏は下から覗き込むように腰を曲げ、ニヤニヤと下世話な笑み。

 本当に嫉妬しているかはさておき、明らかにからかうことが主目的なことは明らかだ。


「そんな小さいこと言うのかよ。俺は重い女は嫌いだが?」


 葵も柚子葉の後姿から目をそらし、同じく挑発的な笑みを浮かべながら応える。


「確かに、柚子葉ちゃん軽そうだもんね。ちっちゃくて華奢だから……なるほど、葵はロリコンだったか」

「物理的な重さじゃねえよあほ」


 軽口を交わしつつ、葵は走り去る柚子葉の背に視線を戻す。

 その小さな体は、少しの荷で簡単に潰れてしまいそうなほど、もろく儚く見えた。


「やっぱり、心配?」

「まあな」

「初恋の相手だもんね?」

「嫁が旦那の恋愛歴をえぐるんじゃねえよ」



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螺旋手裏剣!o(*゜□゜)==★☆☆☆☆


《次回》

ついに血統主義の輩と対面。葵のチート性能の一端がほのめかされる……。

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