2話: 人の心、人知らず
すんごく更新空いてしまって申し訳ないです!
コミケに向けて作品書いてました。
サークル抽選落ちましたけどね……ハハハ。
一時間前。
とあるビルの一室にて、葵たちは頼豪討伐の作戦についての最終確認を行っていた。
「おおまかな流れを確認する」
指揮を取るのは匡人。
黒い袈裟を身に着けているが、一般的なそれとは違う、作務衣のような動きやすさを取り入れた呪術戦用のものだ。
そんな和装でホワイトボードにペンを当てて話す姿は、彼の厳格な表情も相まって、かなりのミスマッチ感だ。
「まず、葵が大規模な呪術を打ち込み、可能な限り鉄鼠の数を減らす。幸い強力な神器が手に入った。全体の数割は削れるはずだ」
そう言いつつ、ホワイトボードに書かれた四国の略図の、太平洋側にバツ印を書き加える匡人。
一説によれば、頼豪の従える鉄鼠の数は八万四千匹ほどもいたという。
しかしそれは、伝承に語られるその時代での話。
現在の数が当時のままのはずもなく、少なくとも数倍に膨れ上がっていると考えられる。
数十万匹の鉄鼠が目を光らせる四国の地は、今や頼豪の国と言って差し支えない。
「その混乱に乗じ、俺は明石海峡大橋の瓦礫を渡って、火継は瀬戸大橋から、それぞれ隠形しつつ四国へ侵入。俺の隠形はすぐにバレるだろうが、本命は火継だ。俺が意識を引いている間に火継は頼豪本体の居場所を暴き、見失わないよう探知用の呪印をつける。まずここまでが最低限の、第一目標だ」
頼豪討伐にあたり、最も難しいのが頼豪本体の発見である。
無数とも思える鉄鼠が、頼豪の目となり耳となり兵となり、外敵を排する。
頼豪と鉄鼠がどの程度のレベルで意思共有できるのかは不明だが、鉄鼠が式神のようなものだと考えると、遠隔でも情報伝達が可能なはず。
頼豪は四国全体の状況を常に把握し、敵に鉄鼠を差し向けつつ、自分は安全な場所に身を隠す。
それをされると、闇雲に探したところでまず見つけられない。
逆に言えば、鉄鼠が式神であるなら、その呪力から頼豪を逆探知することが可能だ。
式神から術師を辿る手法は、平安時代から存在する極めてメジャーな手段だ。
しかし、四国という広大な範囲から絞り込み辿り着くとなると、少なくとも数匹の鉄鼠は殺さなければならない。
いくら火継の隠形が優れているといっても、平時でそれを行えば頼豪に勘づかれるだろう。
故の陽動。
葵の一撃にまぎれた匡人を本命と思わせつつ、多少鉄鼠が減ったところで気にならない状況の中、火継が頼豪の居場所を探す。
マーキングさえつけられれば、最悪撤退となっても、その後の展開を有利にできるだろう。
「火継が呪印をつけた後、俺は最短で頼豪のところへ向かい、撃破する。これが第二目標だ。内容は以上だが、何か質問はあるか?」
シンプルな、しかしこれ以上練りようの無い作戦。
それほどに頼豪とは未知であり、渡神とは、未知であるほど恐ろしいのだ。
「あの……」
匡人の呼びかけに対して、火継がおずおずと片手を上げた。
作戦に対して質問があるのだろう。
「なんだ?」
匡人はそれに応じ、
「吐きそうなんで、帰っていいでしょうk」
「だめだ。他に質問は?」
食い気味に却下する。
ーーまあ、はっきり言って火継さんの役割は重い。誰でも吐きそうなプレッシャーだろうけど……こればっかりは、俺に代われるものじゃない。頑張れ火継さん。
今回の作戦がぎりぎり作戦の形を取れているのは、ひとえに火継の隠形能力があってこそ。
それがなければ、短絡的な人海戦術で突撃するしかない。
「ねね」
「ん?」
葵が腕を組んでホワイトボードを眺めていると、隣に立つ柚子葉が控えめに袖を引っ張ってきた。
そして、口を耳元に寄せ、匡人に聞こえない程度の小声で聞いてくる。
「あのさ……最終的には、匡人さん一人で強い妖と戦うんだよね。その、大丈夫なのかな」
「……」
その問いに、葵は即答しなかった。
本音を言えば、大丈夫ではない。
全く持って危険だ。
しかし、大勢でかかって勝てるわけでもない。
最悪なのは、実力者がこぞって初見殺しされる展開だ。
匡人が勝てば御の字。
敗れても、情報を得た後続が再度仕掛ける。
口には出さないが、これはそう言う作戦だ。
しかし、それを柚子葉は知らないし、呪術師として未熟な彼女に、伝えるのはまだ早い。
千夏は気付いているのだろうが、何も言わない。
そのことを踏まえて、葵は言葉を選ぶ。
「鉄鼠は思業式、つまり術者自身の力を反映させるタイプのはずだ。特に頼豪の場合、数十万の鉄鼠の制御に相当なリソースを割いているに違いない。だから、頼豪自体はタイマンがそこまで強くないはず……っというのが、今回の狙い所だな」
「でも、大家も氾濫の時、烏とか犬の思業式を大量に出してたよね。あの時の大家が、弱くなってたとは思えないんだけど」
「いいところに気付くな。烏の式神は行動を完全に術式に埋め込んでおいたから、俺の指示なしである程度勝手に動くようになっていたんだ。呪力も事前に与えておいたから、俺への負担はない。その点、鉄鼠は頼豪からの力の供給に頼っているはずだ」
「そっか」
嘘は言っていない。
しかしこれらは、全て希望的観測だ。
「それでは、配置についてくれ」
軽い最終確認が終わり、匡人の合図で各々部屋を後にする。
しかし、出て行かずに残った人間が、二人。
千夏と、葵だ。
長机に軽く手を添えて、若干うつむいている千夏。
瞳には憂いを帯びた陰りが浮かび、唇はわずかに引き結ばれている。
「いいのか? 先生と話をしとかなくて」
そこへ、葵が声をかけた。
普段と変わりない、しかし、事務的とは呼べないほどには気遣いのこもった声音。
この戦いで、匡人が命を落とす可能性は大いにある。
最後になるかもしれない。
そう思っての事だ。
葵の声を聴いて、千夏の肩が若干緩む。
「父さんは……今集中してると思うから。変に声かけると、動揺してヘタうちそう」
「帰って来いって言葉が、呪いになって死なせないかもしれないぞ」
「……ごめん、うそ。今話したら、私がちょっと泣きそう」
そう言って、葵はもたれかかっていた長机から腰を上げると、千夏の元へ歩み寄って、その頭に掌を置く。
千夏は軽くうつむいたまま、額を葵の胸にトンとあてた。
「覚悟はね、してたつもりだったんだけどね。こんな状況だし」
「それが人の心ってもんだよ」
「そうだね。人って、つらいね」
無駄に憂いてしまう心なんて、捨ててしまえればいい。
そう思うことは葵にもある。
呪術師として経験を積むほどに。
しかし、心があるからこそ、人が人足り得、あるからこそ、咒が生まれる。
咒にまみれた世界を生きるために心を捨てれば、そもそも咒などない世界で余命を消化するだけの人生となる。
ふざけた話だ。
「まあ、今は俺たちにできるサポートとをするしかない」
「そうだね」
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