5話: 天稚彦の袖々
「あ~! あれの原因って、呪力だったんだ!」
納得がいったという表情で目と口を丸くする柚子葉。
表情がコロコロ変わる、本来の彼女らしい反応がまた戻ってきた。
「それじゃあ、この御守りって?」
「だだ洩れていた呪力がお前の体にのしかかっていたから、それを散らすための呪具だよ」
柚子葉がポケットから例の御守りを取り出して見せてきたので、葵は肯定するように頷く。
その時葵は、言い忘れていたことを思い出した。
「そういえばその御守りなんだけどな、『天稚彦の袖々』って言いながら振ってみ?」
「え? えぇっと……あめのわかひこの、そでそで?」
言われるがまま、御守りの下端をつまんでサイリウムのように振ってみせる柚子葉。
すると、その御守りがファアアっと本当に光を発し始め、柚子葉を囲むように輝きが空間を満たし始めた。
「これって、氾濫の時の……光のバリア?」
「バリア……というより、魔除けだな。前回は自動起動するよう術をかけておいたが、今後は自分の判断で使用してくれ」
その光は確かに、氾濫の際に柚子葉を守ったのと同じ現象だ。
柚子葉は葵の話を聞きながら、光に手をかざしてみたり、御守りをしげしげと見つめたりして、ほほーっと感心したように呟く。
しかし次の瞬間「まさかっ!」と何かに気付いたように青ざめると、おずおずと葵に質問した。
「もしかしてこれって、すご~く貴重なものだったり……」
ひきつった顔に一筋の冷や汗を添え、割れ物を扱うかのように、手の平の上にちょこんと御守りを載せて見せる柚子葉。
百面相のようにころころと変わるその表情を見て、葵はふっと口端を緩める。
“優秀な呪術師ほど、何を考えているか分からない”
これは呪術師の界隈に伝わる通説だ。
表情も態度も言動も、突き詰めれば呪をかける道具となる。
そんな呪術の世界に身を置く葵にとって、柚子葉の明るさはひどくまぶしい。
だからこそだろうか。
柚子葉の明朗さに触れるほど、積み重ねてきた罪が葵の心を抉る。
そんな心の傷に蓋をするために、葵は努めて声のトーンを上げて答えた。
「それは天稚彦……いわゆる彦星が、愛する妻に贈った袖だ。まあ普通に国宝級の神器だけど……気にすんな。もともと現存が確認されてない代物だし、俺が御守りの形に裁縫して、今じゃ原型も留めていない」
「……」
今までの流れだと、「やっぱり貴重じゃん!」と柚子葉が慌てる場面に思える。
しかし柚子葉は、急にぴたりと押し黙った。
そしてゆっくり手を降ろして、改まったように口を開く。
「大家って、変わったよね」
回顧、寂しさ、喜び、様々な感情がごちゃ混ぜになったような表情で、柚子葉はそういった。
"変わった"
その言葉の意味を、葵は何となく察する。
しかしそれでも、あえて問い返した。
「……なにが?」
柚子葉の口から、その答えを聞きたくなったからだ。
「いや、その、なんて言うのかな。中学の頃の大家はもっとこう…………男子って感じだった」
「……今は女子だって言いたいのか?」
葵は気づいていながらも、面白がって柚子葉をからかう。
「いや違う違う! そうじゃなくってその、男子っぽさがなくなったというか」
「体は鍛えてるつもりなんだがなあ」
「もういいっ! それより、他にも聞きたいことあるんだけど!」
茶化し続ける葵に業を煮やした柚子葉は、強引に話題を変えた。
いつの間にか御守りからは金色の光が消え、柚子葉の表情も普段の朗らかなものに戻っている。
「なんだ?」
「千夏ちゃんが、『呪術のコツについて、葵に聞いてみて』って」
「あぁ、そのことか」
この話題になると、千夏はいつも葵に聞くよう提案するのだ。
葵は背もたれにもたれかかって天井を見上げると、机に残されていたボールペンを手に取って回しながら、何から話したものかと息を吐く。
「まあ結局、『呪術とは何か、呪とは何か』ってとこからだよな。千夏は”願い”だって言ってただろ?」
「うん」
「それも間違いなく正解だよ。千夏だけじゃなく、多くの学者が辿り着いた一つの真実だ。一回の呪術に限って言えば、願いの強さがキーであることは間違いない。しかし長い目で見て、一人の呪術師が数えきれない程の呪いを扱うことを考えれば、もっと適切な認識があると俺は考えてる。それは……」
「うん、うん」
いつの間にか、身をずずいっと乗り出して聞き入っている柚子葉。
そのくるりとした大きな瞳に自分の姿を見つつ、葵は続ける。
「『呪とは毒であり、呪術とは毒の口移しである』というものだ」
「……毒?」
「薬って言ってもいいけど、毒の方がそれらしいだろ?」
毒と呪術とは、切っても切り離せない縁がある。
仏陀が最初に弟子たちに授けたのも、解毒のパリッタだとされているほどだ。
薬学的にも毒と薬に大した差がないのなら、毒と表現する方がよっぽど似合っている。
「毒の口移し……って、どういうこと?」
「それについては宿題にしておこう。残りのメンバーが来たみたいだ」
言葉の通り、廊下のほうから話し声が聞こえてきた。
葵は細かい説明を先送りにすると、椅子をガタリと引いて教壇へと歩み寄る。
その途中で、教室の扉から二人の人物が姿を現した。
一人目は、車椅子に乗った若い男。
ガリガリに痩せた細く長い手足に、ぼさぼさの髪。
身にまとった白衣と眼鏡が、いかにもな研究者といった雰囲気を漂わせている。
そして二人目に入ってきた男は……男子だった。
柚子葉もよく知る、クラスメート。
「え、佐々木!?」
( ^ω^) 下の方に☆☆☆☆☆があるじゃろ?
⊃☆☆☆☆☆⊂
( ^ω^) これをこうして…
≡⊃⊂≡
( ^ω^) こうじゃ
⊃★★★★★⊂
《次回更新》
4/22 21:00くらい




