13話: 圧倒的
この物語はフィクションです。
――さて。
葵は状況を確認する。
――土御門蘇芳は重傷、高見は逃げ腰。それと……土蜘蛛か。
突然現れた新手に対して様子を見ている土蜘蛛に、葵もギロリとメンチを切り返す。
「これはまあ、なかなかな状況だな」
「おい、大家」
現状を把握し終えた葵。
そこに、高見が苦々しげに声をかけて来た。
「おう、来てやったぞ感謝しろ?」
「お前じゃ無理だ。あの渡神、呪力もフィジカルも尋常じゃない。僕が時間を稼ぐから逃げろ」
「えぇ……話ちがくなあい?」
思わず頓狂な声を上げる葵。
救援を求めてきた本人からの “俺のことはいいから先に行け” 発言に、呆れを通り越して恐怖すら覚える。
――こいつ二重人格かよ……。
「キーーーーーーーーア!」
その時、痺れを切らしたのか土蜘蛛が叫んだ。
威嚇するように脚をガンガン鳴らし、八本のうちの前二本の脚を振り上げる。
大木を振り回すほどの剛脚を、葵の脳天に叩き込むつもりだ。
が……、
「伸ぶる木よ。かの物を縛りたまへ。救急如律令」
葵の隣で千夏が素早く咒を唱え、同時に呪符をアスファルトに投擲。
すると、呪符から木の根が数本伸び、アスファルトを割って地面にもぐりこんだかと思うと、ドゴゴッというすさまじい重低音とともに、土蜘蛛の腹の下のアスファルトから複数本の太い枝が飛び出した。
枝は鞭のようにしなりながら、土蜘蛛の腹や脚に巻き付いていく。
樹木を操る符術。高見が使ったそれと同系統のものだが、効力は雲泥の差だった。
「キキキキ」
土蜘蛛は苦し気に鳴きながら、拘束を振りほどかんと渾身の力を込める。
しかし、ギチギチときしむ音がするだけで、枝は歪みも千切れもせず、むしろその体躯に深く食い込んでいく。
一瞬のうちに、土蜘蛛は身じろぎ一つ取れなくなってしまった。
「なっ……」
その光景を、驚愕の表情で見つめる高見。
しかしその時既に、葵も別の呪文を詠唱し終えていた。
「……サラバビギナン ウンタラタ カンマン」
これも、高見が先ほど使った不動明王の火界咒。
葵の周囲に赤い炎が巻き起こり、土蜘蛛に向かってゆく。
「待て大家! 火界咒では渡神には!」
それを見た高見は、慌てて様子で忠告を飛ばした。
確かに、高見の火界咒は土蜘蛛にたやすく消されてしまった。
そして土蜘蛛は、その際と同じ対処をすべく、鬼の顔を膨らませ、目いっぱいに呪力を溜めた咆哮を放つ。
「キシャああああああ!」
ゴアッ!
呪力の乗ったすさまじい呼気。
しかし、葵の火界咒の炎は消えなかった。
多少揺らぎはしたものの、火力自体はまったく衰えることなく、そのまま土蜘蛛に肉薄。
絡みついた枝ごとその体を燃やしにかかる。
「ぎゃああああ!」
効いている。
明らかに高見の時とは違う、苦しみもだえる土蜘蛛の反応。
肉が焼ける刺激臭が鼻を刺す。
だがまだ足りない。
ダメージはあるものの祓うには至っておらず、土蜘蛛は多脚を体に叩きつけて火を消そうともがき始めた。
「ほう、意外と頑丈だな」
その様子を眺めながら、葵は感心したように声を上げる。
「くそっだめだっ! やっぱりこの程度じゃ渡神は倒せない!」
「かっこつけて登場した割にはあんたもダメダメじゃないのよ!!」
葵の弱気と取れなくもない発言に、ここぞとばかりに非難を浴びせる高見と朱雀。
しかし葵は無視しながら、腰のバックから呪符を一枚取り出し、火に向かって放った。
「木は火を生ず」
そしてただ一言、呪文とも言えぬ文句を口にする。
しかしその直後、
ごあっ!
火界咒の火の勢いが何倍にも膨れ上がった。
その獄炎はもはや土蜘蛛の体を完全に覆い、渦を巻き、天高く竜巻のように立ち上る。
木生火。
木は燃え火を生ずるという、五行相生の理のひとつで、今回の場合、千夏の木気の符術を相生させ火界咒を強化した形だ。
しかし、本来他人の呪術を取り込んで相生させたところで、まともな効果は生まれない。
二人三脚では一人より速く走れないように。
これは互いの呪力の質をよく知っている、千夏と葵のコンビだからこそできる離れ業だった。
もっとも本来の葵であれば、このような小細工に頼る必要などなかったのだが。
「ぎ……あ……」
猛火が消え去った後、そこに残ったのは炭と化した土蜘蛛の遺骸と、漏れた断末魔。
そして、その体は瞬く間に黒煙と化して……消えた。
「そんな……渡神を、こんな……」
それを見た高見は、信じられないとでもいうように目をギョロリと見開く。
自分が倒せなかった、手も足も出なかった相手をこうもあっさりと……。
とでも言うような、悔しさとも恐れともとれる複雑な表情をしながらも、高見はかぶりを振ってなんとか会話を紡いだ。
「大家、滋岡……まさか、本当に助けに来るとはな。あっちは大丈夫なのか?」
「ちょ、ちょっとはやるみたいじゃない。褒めてあげるわ」
どこまでも上からな物言いの高見と朱雀。
蘇芳は相変わらず口を開く余裕もないらしい。
その様子をみた千夏は、黙って蘇芳の治療を始める。
といっても、できるのは応急処置程度。
呪術には病を癒す術は数あれど、外科的な治療は苦手分野だ。
「まったく……、自分の地域をないがしろにして助けに来たのに、この態度じゃなあ……。ところで、増員された呪術師はどうした? 匡人さんの手回しで、そこそこ優秀な人材が一人送られたって聞いたが?」
葵は高見たちの態度にやれやれとため息をつきながら、別の疑問を口にした。
そう、一月前の決闘の条件…… “負けた高見は、神社本庁に増援を要請すること” 。
あのままでは、高見は確実にその契約を反故にしただろう。
しかし葵はひそかに、本庁内部でも発言力のある匡人を告げ口していたため、さすがの高見も無下にできず、東京担当だった術師の一人が増員される形となったのだ。
本来であれば、葵より先にその術師がこの場に駆けつけてしかるべきなのだが……その姿は見受けられない。
「まさか……死んだか?」
「いや、そうではない……んだが」
葵の不謹慎な予想に、高見は首を振る。
そうだというのに、高見は明後日の方向を見ながら押し黙ってしまった。
明らかに何かを隠している。
それも、後ろめたい何かを。
「おいちゅん公」
「な、なに!? 私のこと?」
「話せ」
「わーやめてやめて! 首を摘ままないでええ! 話す、話すから!」
時間が惜しい葵は、高見より口が軽そうな朱雀へと迫る。
案の定、少し脅されただけでおしゃべり雀はゲロッた。
「眠らされたのよ……薬で」
「誰に?」
「……高見ちゃんに」
「は?」
「えっ?」
今度は、葵が驚愕に目を見開く。
手当をしていた千夏も、思わずその手を止めてこちらを振り返った。
「三日前に、飲み物に睡眠薬をいれて飲ませたの。それからは、毎日呪術で意識を封印していたの」
つまり、高見が自らの意思で戦力を減らしていたことになる。
朱雀がこのことを知っているということは、蘇芳も共犯……少なくとも認識はしているはずだ。
――最初に薬を使ったのは、呪術では気付かれると判断してか。
葵は朱雀から視線を外し、高見へと向き直る。
その表情は、先ほどまでの煽るような態度ではなく、シンと静かな怒りの燐火に燃えていた。
「なぜ、そんなことをした?」
まるで閻魔の裁きを思わせるような圧力に、高見は「うっ」と短くひるむと、観念したように、ぽつりぽつりと話始めた。
「あいつは僕を……僕の作戦を否定した。『お前の策では無理だ、一から組み直す』などとほざいたんだ」
“僕の作戦”とは、以前決闘の際に葵に一蹴された、 “結界で地域全体を覆う” という無謀な策のことだ。
「妥当な判断だな」
「残り数週間でだぞ! 間に合うはずがない!」
確かに、ほとんどの土地守は氾濫に対し長期間かけて準備を整えてきた。
高見の策もそのひとつであり、それを直前で没にするというのは通常ありえない。
しかし、確実に失敗する策を強行することは、もっとありえない。
故に増援の術師は、苦肉の策で指針の変更を言い出したのだろう。
「それで眠らせたのか?」
「そうだ。僕の考えが正しいことを、僕の作戦ならうまくいくことを、証明するために!」
しかし、高見にはそれがわからない。
いや、前提から狂っているのだ。だからこそ、こんな暴挙に出てしまった。
それに気付いた葵ははぁと頭を抱えて、静かに問いただす。
「それで? 証明できたのかよ、おまえのちんけなプライドは」
そう言って、葵はわざと周囲を見回して見せた。
いたるところに転がる、死体、死体、死体。
妖に丸ごと喰われたものを考えれば、目に見える数以上に死んでいるはずだ。
これが、果たして作戦成功と言えるのか。答えは明確だ。
「上手くいくはずだったんだ! 渡神さえ現れなければ、呪力も乱れず、結界を張ることができた。渡神さえ現れなければ……くそっ!」
高見もこの惨状が好ましい結果だとは思っていないようだが、あくまで自分の策は完璧だったというスタンスは崩さない。
悔しくてならないといった表情でバンッと太腿を殴りつける。
「確かに渡神が介入したとなったら、どんなに練り上げられた作戦瓦解しかねないだろうな。今の日本に、渡神とまともに戦える術師なんてそういない」
葵も、そのことは認めている。
それほどまでに、渡神とはどうしようもない存在なのだ。
「ああ、そうだろう? だから今回のことは……」
「だが……」
しかしそれは、高見の失敗の理由にはなり得ない。なぜなら……、
「さっきの土蜘蛛は、渡神ではないぞ?」
「……………は?」
葵が祓った土蜘蛛は、今回の氾濫で生まれた、普通の妖なのだから。
ブックマークや★をおおおおぅ!よろしくお願いします!
《直近の予定》
4/18 21:00 第14話




