1話: 嫁を騙る学園のアイドル
この物語はフィクションです。
その辺もろもろよろしくぅ!!
第一話はちょっと長めです
――わかっていたはずだ。こうなることは。
眼下に広がる光景に、葵は唇をかみしめる。
光景というより、群衆と言った方が正しいだろう。
とある高校のグラウンドに鮨詰めになっている数千人の民衆。
その中央に置かれた朝礼台に立つ葵を責め立てる人々の怒声が響く。
「そうだ……そいつの言う通りだ! 責任取れ!」
「そもそもあの化物共は、お前が放ったんだろ!」
「これはテロだ! ガキの分際で、どう責任を取るつもりだ!」
「話し合おう! 世の中には大切なものが沢山あるんだって、きっと分かってくれるはずだ!」
ごうごうと浴びせられる非難の声。
老若男女、世代に限らず、等しく演題に立つ青年を容赦なく責め立てる。
――こいつらは被害者だ。状況もわからず、誰かを責めることで正気を保っている。それもわかってる。
葵は冷めた目で、足元で騒ぐ群衆を見やる。
「落ち着いてください! あの妖の群れは、私たちが呼び出したわけではありません!」
怒号に抗うように、隣に立つ千夏が声を上げた。
両手を広げ声を張り上げ、額に汗をにじませながら訴えかけている。
「私たちはこの事態に対処すべく、長い間準備してきました。信じてください! 私たちが皆さんを守ります! だから今は、話を聞いてください!」
しかし必死の懇願が響く様子はなく、むしろ火に油を注いだように罵声は勢いを増す。
「事前にわかってたなら、なぜ私たちに何も知らせなかった!」
「お前らに何ができるって言うんだ! あんな化物だぞ!」
「こいつらを殺すべきだ! そうすれば化物も消えるだろ!」
彼らが化物と呼ぶもの……妖は、何かに飢えているかのようによたよたと徘徊しながら、高校の敷地をぐるりと囲っている。
鵺、覚、髑髏鬼といった有名な妖から、複数本の腕や巨大な目をもつ異形、さらに巨大な鼠や蜘蛛など、多種多様な姿の化け物たち。
一つ共通していることは、その全てが恐怖を駆り立てる様相をしているということだ。
しかしそんな妖の群れは、まるで見えない壁に阻まれているかのように敷地の境目でひしめいていた。
敷地内に侵入した妖は一匹とておらず、皆一様にその見えない壁に張り付き、ひっかき、叩き壊そうとやっきになっている。
外には異形、内には人の業。
地獄絵図と呼ぶに値する光景。
――平和な日常を過ごしている中で、突然の妖の氾濫……確かに、素直に受け入れろという方が無理だ。それに、俺も信用がある方じゃない。そんなことは分かっていたし、覚悟もしていた。だが、いざその場に立ってみると、あれだな……。
葵は血が滲むほど唇を噛みしめ、こぶしを強く握り、思わず咒を吐いた。
「こんな奴らを守るために、俺は青春を犠牲にしたってわけか」
◆
時は一ヶ月ほど遡り、六月中旬。
「おい、大家のやつ、また本ばっか読んでるぞ」
「どうせまた、変な古文書みたいなやつでしょ」
「あれぜったい内容分かってねぇって。かっこつけてるだけだろ? 俺こんな難しい本読めるんだぜって。だっさ」
神奈川の一角にある高等学校の、三年の教室。
その一席で、ひっそりと読書にふける一人の男子生徒が注目を集めていた。
その男子生徒の名は、大家葵。
170cm台中ほどの身長に、雑にセットしたであろうウルフカットの短髪。
目元にはどんよりと隈がかかり、体はやせて余分な脂肪は一切見られない。
しかし、ガリガリと呼ぶにはいささか筋肉質ではある。
スッポン……そんな印象だ。
葵は注目の的になっていることに気付きながらも、顔を上げることもなく、「知るか」とばかり読書に没頭する。
いや、“読書” と呼ぶにはその本は余りにも難解で、むしろ “読解” と言うべきものだろう。
そんな中、一人の男子生徒がつかつかと歩み寄り、葵に声をかけた。
「なあなあ大家、これから皆でカラオケ行くんだけど、いっしょに行かね?」
髪の色を少し抜いた、軽薄そうな男子生徒。
その誘いは声音こそ明るいものの、善意は0%であることに葵は気付く。
「誘ってもらって悪いけど、バイトがあるから行けそうにない」
葵は顔を上げると、端的に、しかし丁寧に断る意思を示した。
その声音からは、申し訳ないと思う心中が感じられる。
いや、感じさせられる。
まるで、言葉の持つ “意味” そのものを音にコピペしたような、そんな語感。
しかし葵が実際に感じているのは、申し訳なさではなく、わずかな羨ましさだ。
「またそれかよ~。付き合い悪いぜ大家。バイトとか言って、ほんとは家でアニメとか見るんだろ? 深夜アニメってやつ? 今度俺にも教えてくれよ。あ、エロくないやつな!」
佐々木はあえて「深夜アニメってやつ?」の後から、クラス中に聞こえるよう声を大きくした。
当然それは周りの耳に届き、教室にいる女子生徒が葵に冷ややかな目を向け始める。
佐々木がこのような事をしばしばやっているために、普段から孤立気味の葵をそういうやつなんだと思っている生徒は多かった。
そのせいで、葵は余計な厭忌の視線を浴びることになっている。
「あいにくだけど、アニメは専門外だな」
「え、普通のアニメは専門外!? そんじゃあしょうがねえか……。んじゃ、また調べといてくれよ。じゃな~」
そう言って、葵に話しかけた男子生徒はその場を去って、直前まで談笑していた自分のグル―プに合流していく。
「…………いてっ」
その途中、まるでベシッと小突かれたかのように不自然に首を反らした佐々木は、「なんだ!?」と後頭部をさすってキョロキョロ周囲を見回した。
小突いた犯人を数秒ほど探すものの、誰もいない事を確認して「気のせいか」と頭を捻り、すぐに友人のところに戻る。
「唐松、やめないか」とぼそり囁く葵の声は、誰にも聞こえない。
「いや―だめだったわ―」
「でも誘っとかねえと、いざという時先生に言い訳できないもんな? 俺たちは気を遣ったけど、あいつが進んでぼっちになってるんだって」
「にしてもボッチのオタクって、社会に出たらどうするんだろうね~」
そう言って、ぎゃははと笑いあう佐々木グル―プ。
何人かは愛想笑いのようだが、大半は佐々木の葵イジリを面白がっている。
そう、葵はクラスの生徒……もっと言えば学年のレベルで嫌われていた。
理由は二つ。
その一つは、葵がいつも独りで妙な本ばかり読んでいること。
しかしそれは、もう一つの理由に比べれば些細なものだ。
「ほんと、どんだけ勉強してもコミュ力ない奴は……あっ」
その時、佐々木のグル―プの横を、一人の女子生徒が通り過ぎた。
長くカ―ルしたまつ毛に、光を映す丸い瞳。胸にかかる程度のふんわりとした栗色の髪はロ―ポニ―テ―ルに結び、細くしなやかな体つきからは余分な要素が一切感じられない。
まさに完成された容姿。
異彩を放つには十分すぎる美少女。
そんな彼女を見かけた佐々木グル―プのうち一人が、通り過ぎざまに声をかけた。
「やっほ―千夏。うちら今からオケ行くんだけど、いっしょにどう?」
呼び止められた女子生徒……滋岡千夏は、歩みを止めてふわりと振り返る。
湖面のように穏やかで、日和のように暖かなほほ笑みは、呼び止めた本人の方が思わず息を呑むほどだった。
「あ~、家の手伝いがあるから今日も厳しいかな。ごめん」
千夏はアセアセと両手を合わせ、申し訳なさそうに謝罪の意を示す。
落ち着いた表情とは裏腹な快活なしぐさ。しかしその所作一つにも、どこか洗練された美しさが見られる。
「そ、そっか。千夏もだめかあ」
「しょうがねえよ、千夏は父子家庭で、家のために頑張ってんだからさ」
「そっか、そうだね。じゃあ千夏、お手伝い頑張ってね」
葵に対する反応とはめっきり変わって、寛容に受け入れられる千夏の謝罪。
それは彼女の秀麗な容姿、人当たりの良さ、身にまとう静謐な雰囲気の賜物だ。
激励を受けた千夏は「ありがと、それじゃ」とグル―プに手を振り、その場を去っていった。
残されたグル―プの面々は、千夏の背を見送りながら語り始める。
「さすがだな~千夏は」
「そういやお前ら、千夏が何の手伝いやってるか知ってる? 俺こないだたまたま見ちまったんだよ。なんだと思う?」
「まじ? え、普通に家事とかじゃねえの?」
「それがさ、なんと巫女さん! ランニングしてたら、近くの山にある神社でちらっと見かけてさ。離れてたから一瞬だったけど、あれは絶対千夏だった」
「巫女? 確かに千夏ちゃんには似合いそうだけど……家の手伝いって言ってなかった?」
「ほんとだって。それなら後で、皆で見に行こうぜ」
などと。
千夏に聞こえるのを嫌ってか声量はヒソヒソで、グル―プ内にしか聞こえない程度だ。
その甲斐あってか、千夏は何を気にする様子もなく、すたすたと歩みを進める。
そしてその歩みは、ある生徒の席の前で止まった。
それは……葵の席だ。
「葵、な~に読んでんの?」
千夏は何のためらいもなく葵に話しかけ、手にある本をすいっとのぞき込んだ。
その態度には、先程までの一歩距離を置いた感じとは異なり、心が知れていると一目でわかる気軽さがある。
細い栗色の髪がふわりと鼻先をかすめたが、葵も照れる様子はない。
邪魔そうにフンっと顔をよけながら、本から目を離すこともなく答える。
「六甲六帖」
その言葉の字面は淡白に過ぎるが、会話をおざなりにしようという気は感じられない。
千夏もそれが分かっているためか、ころころ楽しそうに会話を進める。
「あれ、うちにそんな本あったっけ?」
「蔵にあったぞ」
「わお、お宝じゃん」
お互いをよく理解している「慣れ」を感じさせるやり取り。
それだけに、二人の様子を見る他のクラスメイトには面白くないものがあった。
「滋岡さん。別のクラスなのに、ちょくちょくあいつに話しかけに来てるよな。なんであんな奴にかまうんだろ」
「千夏は優しいから、孤立してる人ほっとけないんでしょ」
「それなのに、大家のやつクールぶっちゃってさぁ。優しさと好意を勘違いしてるのよ」
「『こいつ俺のこと好きだな。でも俺は気にしてないぜ』って感じ? う~っわ恥ずかし」
先ほどのグル―プ以外でも、教室に残っている一部の生徒からそんな陰口が飛び始める。
千夏は誰に対しても穏やかで優しく、学校規模で人気の高い女子だ。
それだけに、根暗な葵に親しく接しているのが納得いかない、そんな感覚を多くの生徒が抱いていた。
これこそが、葵が嫌われている最大の理由。
「じゃ、それの研究終わったら教えて。私も読むから」
「わかった。読んだら渡す」
そんな周りの空気を知ってか知らずか、千夏の葵に対する態度が変わる様子はない。
これもいつものこと。
だが今日は、続く千夏の一言によって巨大爆弾が投下された。
「じゃ、それはいったん閉じてさっさと帰ろ。そろそろ忙しくなるから」
葵を急かすその言葉は、前半部分に「一緒に帰ろう」というニュアンスを確定的に含むものだ。
高校生男女が二人で帰宅するなど、普通のことではない。
そこには色恋沙汰の匂いが猛烈に漂い、当然ながら、聞き耳を立てていたクラスメ―トたちが反応してしまう。
「ちょ、ちょっと千夏! 大家と帰るって、どういうこと?」
今までは千夏の気まぐれ、ただの優しさだろうと高をくくっていたギャラリー。しかしこうなっては話が違う。
真っ先に声を上げたのは、教室の中心近くで話をしていた女子だった。
椅子を倒す勢いでガタッと立ち上がり、一歩二歩と二人に詰め寄る。
突然声をかけられた千夏はゆっくりふりかえると、困ったように首を傾けた。
「どういうことって……ああ」
言いつつ、千夏は途中でその言葉の意味に気付いたような顔をする。
そういうことか、という得心の表情。
普通の女子であればそこで「違うから!」と顔を赤らめ言い訳を連ねるところだろう。しかし千夏は違った。
焦りなど一切感じさせず、静謐な微笑をかけらも崩すことなく、口を開く。
「そうだね。私……」
そして、続いた言葉は、葵を含むこの場の全員が予想していないものだった。
「私、葵の嫁だから」
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( ^ω^) 下の方に☆☆☆☆☆があるじゃろ?
⊃☆☆☆☆☆⊂
( ^ω^) これをこうして…
≡⊃⊂≡
( ^ω^) こうじゃ
⊃★★★★★⊂
《次回》
鋭い読者様は、滋岡なのに神社? と思うかもしれませんが、それは次回明らかに。
そして千夏はなぜ、葵の嫁だと宣言したのかも。
ぜひお楽しみに!
佐々木、また出てくるんかワレぇ……。