第壱話 白い鬼と幼い姫
舞台は大和王建が存在した時代、古墳時代をイメージしています。
登場人物は桃太郎伝説などの人物をモデルにしています。
あくまでもイメージ・モデルのため、史実とは大きく違います。
ご了承ください。
「お前は鬼が恐くないのか?」
「どのように?」
「喰われるとか、殴り殺されるとか」
白い髪に、血色の瞳。歪な二本の角。
白磁のような白い肌に、薄い唇。
堂々とした態度に、飄々として考えの読めぬ顔立ち。
その鬼は、幼い少女の目から見ても、美しい。
「喰われるなら人生それまで、殴り殺されるならそれも良し」
「……死ぬのは恐ろしくない、と?」
少女の言葉に、色白の美しい顔立ちが挑発するように笑う。
その血色の瞳を、少女は黒の瞳でしっかりと見つめた。
まだ五、六歳ほどにしかならぬ子供なのに、その黒い瞳はどこか深く、大人びている。
「死んでも構わぬというだけのことじゃ。死など恐れていては、鬼と話すことなど出来ませぬ」
「はん、なかなか面白い」
鬼は薄い唇の片端を愉快げに吊り上げた。
「そんな覚悟までして、俺に嫁ぐと?」
「……」
少女はひと呼吸置いて、しっかりと血色の瞳を見つめて口を開く。
「そなたにとって私の存在は、無に等しかろう」
「ああ。俺が大和王権に手を出さないという保証にはならぬ。それに元から手を出すつもりはない。だからとっとと――」
「十年で充分じゃ」
ごう、と春風にしては強い風が襖を叩いた。
瞬きした血色の瞳に対し、黒い瞳はしっかりと鬼を見つめている。
「十年だけ、ここに置いてもらえませぬか」
「……十年?」
「鬼にとっては一瞬であろう」
襖の隙間から入ってきた風が、少女の長い黒髪を揺らした。
「たった十年だけで良い」
「何故」
「ただでは帰れぬのじゃ。大王に叱られてしまう」
「鬼よりも大王が怖いか」
ふっ、と鬼は笑った。
「良いだろう。――朱謡」
すっ、と。
瞬きひとつする一瞬の間に、その姿は少女の背後に現れた。
驚いた少女の目に映ったのは、すらりと高い長身に、堅く生真面目な顔をした男。
黒髪に、白い鬼と同じ血色の瞳。その左右のこめかみの真上には歪な角が一本ずつ生えていて、こちらも鬼であることは一目で分かる。
「温羅様、どうされますか」
低い静かな声で、朱謡という鬼は主の意志を問うた。その目はしっかりと少女を見据えている。
殺すのか。
喰らうのか。
逃がすのか。
白い鬼――温羅は、また愉快そうに口端を片方だけ上げてみせた。
「城門で待たせている士官に『受け取る』と伝えてくれ」
「! ……承知しました」
意外だと言わんばかりに目の色を動揺で染めながら、朱謡は一歩下がる。
それからまた瞬きひとつする間に、ふっ、と姿を消してしまった。
遥か昔、吉備の国のとある一角に、四人の鬼が棲んでいた。
彼らは異国からやってきて、製鉄技術を広め、人々から畏怖と尊敬の念で慕われていた。
鉄の武器と、鬼の力。
その頃勢力を伸ばしていた大和王権は、これを危惧した。
鬼達は決して人を襲わなかったが、人間の力では太刀打ち出来ぬ強大な力に、大王は恐れた。
しかし、だからと言って正面から戦を起こしても絶対に勝てぬ。
悩んだ大王は、鬼の頭・温羅に幼い娘を人質として嫁がせることにした。
ただ、それだけの話。