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2.女子会


「ヤってしまったんだけど」


 ティナは仕事の昼休み、同僚の一人であるマリアにただ一言そう告げた。その顔は朝と同じく絶望に染まっており、顔色は頗る悪い。

 マリアはそんなティナを横目で一瞥し、眉をピクリと動したが、それ以上反応する事は無く、サンドウィッチを食べ進める。


 マリアはティナの同期の侍女である。歳は同い年の21歳。ふわふわした庇護欲をそそる見た目とは相反して気が強く、毒のある性格をしている。

 見た目に騙された男が配属されて間もない頃、アホの様にやってきたが全て一蹴。3年目の今は静かなものである。


 ティナは王城にある厨房裏のベンチで細々とマリアと昼食を食べながら昨日の事を打ち明け始めた。


「ヤってしまったのよ、きいて」

「はぁ?さっきから何?」

「だからヤってしまったの」

「だから何を?」

「ヤったのよ、私」

「いい加減うざいんだけど」


 ティナを見ずに苛立ちを声色で表したマリアは面倒臭そうにサンドウィッチを齧る。


 ティナも先程からマリアの方は見てはいない。

 更には昼時にも関わらず膝に置いてあるサンドウィッチにもまだ一口も口をつけてはいなかった。ティナは只々顔を覆って壊れた人形の様に同じ事を繰り返し、さめざめと鼻を啜る。


 こういう時は本当に何かやらかした時だな、と溜息を押し殺し、マリアは隣でぶつぶつと何かを呟く同僚の名前を呼んだ。


「ティナ」


 面倒くさい事この上ないが、このやり取りがなくなるなら原因を聞くしかない。マリアは食べる手は止めずに声を低めたままそう尋ねた。


「何やった」


 ティナは少しマリアの方をチラリと見たが、すぐに視線を地面に落とし、一拍後小さく息を吐いた。


「ワンナイトラブしてしまった」


 頭を抱え、ティナは自責の念から来るのか前髪を掻きむしりながら唸った。サンドウィッチは膝から落ちそうになっていたが、隣のマリアが咄嗟にベンチに退かしたので事なきを得た。だが、そんなマリアも突然の同僚の告白に驚きの声を上げ、ティナを覗き込む様に身を屈める。


「あの飲み会の後に?嘘でしょ?だって女子会で男なんていなかったじゃん!一緒に寮まで帰ってきたじゃん!どこでどうなってそうなったの!馬鹿じゃないの?」

「仰る通りでございますぅ……」


 マリアのまあるい茶色の瞳が射抜くようにティナを見た為、ティナは母親に激怒された子供のように震えた。その瞳から逃れる様に再び顔を隠すと涙声で『私は馬鹿です、大馬鹿者です』と何度も呟き、鼻をズビズビと啜り、事の顛末を話し始めた。




 ティナは昨晩、職場の侍女仲間と暑気払いと称しての飲み会をしていた。参加者は女性のみ。気心知れた同年代の仲間達と職場の噂や彼氏の話、そして下世話な話まで二時間たっぷりノンストップで話し続けたのだ。


 彼氏のいない組のティナは他人の彼氏の話に適当に相槌を打ちながら酒を煽り、気付けば自分の前には空のジョッキが三つ並んだところでやけに楽しくなった。


 このまま店員に見つからず、空のジョッキをいくつまで増やせるかとグビグビ飲み続け、会がお開きになる頃には下ネタ全開の泥酔女に成り下がっていたのだ。


「ティナ、また飲み過ぎね」

「途中やけに黙っていると思ったら度数の高い酒ばかり飲んで。可愛らしくカクテルでも飲んでなさいよ!」

「いや、カクテルも度数高いのは高いからね。可愛さで騙されないで」


 そんな会話が繰り広げられていたが、当のティナはまだ少し残っているジョッキの酒をちびちびと飲み続け、ふにゃんとした笑顔で手を振りながら『だいじょぶよー』と何の根拠もない言葉を出しただけだった。


 そんなこんなで店を出て、皆で寮に帰った。


 そう、帰ったのだ。寮の玄関を入り、皆とそれぞれ自室のある階数で一人二人と別れていった。ティナはその中では一番階数が高かったので、一人覚束ない足取りで壁に出来るだけ寄り添いながら寮の自室の前まで行った。ちょっと気を抜くと転びそうだなんて思いながら、でもそれも何だか楽しくて鼻歌混じりに歩いていたのを覚えている。


 扉の前で鍵を探し、無いな無いなと最終的に座り込みながら探していると、突然、肩を叩かれた。流石のティナも一瞬ビクリと肩を震わせたが、いかんせん酔っ払い特有の大らかさでふわふわと振り向いた。


「なあに?」


 酔っ払っていなければそこで警戒しただろう。何故ならここは女子寮である。男子禁制とはなっていないが、常識的に考えてあまり訪問は受け入れられていない。恋人同士であっても外で逢瀬をしたりする。まあ、確かに一部はお互いの部屋でイチャイチャしちゃってたりするのだが、それとなく共有部分に『何階の人から苦情があったよ。何日にうるさかったって。気を付けてね』みたいな張り紙が貼られる。それを見て、皆『おお、おお、やっとるな』とニヤニヤしたり、顔を顰めたりするのだ。


 そう、ここでティナは判断を間違えた。この女子寮でティナに声を掛けてきたのは男だったのだ。

 男はふにゃふにゃのティナに屈託の無い笑顔を向けると、ティナの手首を掴んだ。


「なぁ、俺の部屋で酒飲まねえ」

「お酒?」


 男は黒髪だった。サラリとした少し長めの前髪から碧色の瞳が覗いている。スッと通った鼻筋とバランスの取れた唇は王城の廊下にある石膏像の様だとティナは思った。


(びけいだ、それにお酒か)


 ふわふわのティナは確かにもうふわふわだが、酒が一度入れば朝まで酔いながらノンストップで飲める女だった。しかもこの日、ティナは『まだ飲みたいけど皆帰るって言ってるからな』と少ししょんぼりしていたのだ。

 その中でのお誘いで、何故ティナが断れようか。


 ティナは二つ返事で男の誘いを受けた。


 そして朝の悲惨な現場へと繋がっていくのだ。




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