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人生。人の生きる時間は僕にとっては長過ぎる。永遠に続く拷問のように。明日の楽しさ、日々の嬉しさのために生きていないから。ただ流れ行く死ぬよりも辛い日々に、生きて行く価値など見出せない。そう僕は子供ながらも思った。
もし、これらが全て自分の能力に問題があったのなら、努力を怠った僕のせいだろう。だが、違った。僕は幾ら考えても、自分自身に原因を見つけることが出来なかった。僕と言う存在が最初からいてはいけないかのようだった。僕がただ悪魔の瞳と言われる、黒い瞳を持っていただけで僕は嫌われた。親も弟も使用人も、最初からずっとそうだった。一度も目を合わせようとはしてもくれなかった。悪魔の瞳と目が合えば死ぬ、と言う不吉な言い伝えを信じて。だからと言って、親は子を育てることを放棄して、誰もが僕を無視することが許されるはずがない……。
そこまで考えて僕は気付いた。自分が寂しいと思っていたのは、一度でも良いから愛されたいからだった。本当の両親から心から愛され、弟にするような優しい目でこちらを微笑み、抱擁して欲しかった。どんな些細なことでも褒めて貰え、頭に優しく手を乗せて欲しかった。弟のように。全く同じ琥珀の髪と似た顔をしているのに、たった一つのただ瞳の色が違うだけで僕は人以下の扱いを受けていた。
存在しない兄として、僕はこれまで何度も見てきた。一度も誕生日プレゼントを貰ったことがないのに、弟は毎年必ず貰い、愛情たっぷり注がれて成長していた。視界に映っただけで舌打ちや拳を殴られたりせず、生きているだけで温かい食事にあり付ける。生かされているだけでも、恩賞を受けていることを喜べと言われた僕の気持ちなど一生分かりっこしないだろう。
なのに、弟はわざわざ地下に軟禁されている僕にこっそり会いに来ては、耳元で囁いてきた。
「羨ましいだろう? ……兄さん。こんなに愛されている俺を見て、お前は羨ましくて仕方がないんだ! その瞳で恨み殺したくなるほど、嫉妬してるんだ。わー怖い怖い。後何人その瞳で殺すのだろうな? で、知ってるか、兄さん? 家族皆で囲んで食べる温かいご飯がいかに美味しいか? んー。やはり、知らないよな? そうだよな、兄さん!」
と、弟はギラギラした瞳で鉄格子に顔を近付けた。
息が荒くなり、怯える獲物を見て楽しむいつもの瞳をするのだった。
「お前は初めから、愛されていないのだから!」
悪魔の言葉を叫んだ弟は、ゲラゲラと笑い出した。その狂った様子に反応さえ、僕は出来なかった。
「兄さんは価値のない子供であるのだから、長男に生まれたにも関わらず、初めから愛されることはなかった。逆に俺が愛されてあげているのだよ。こんな可哀想な兄を放って置く弟がいる訳ないじゃない! 憐む目で見てあげて、丁度良い玩具にするんだよ。……ほんと無様だな兄さん。こんな兄を持った弟の気持ちをお前は、理解出来ないだろう」
そして、いつも急いで駆け付けた母に弟は見つかり、こんな不潔な所に来たことを心配されていた。その返事に弟は、「お兄ちゃんを一人では出来ないから……。それに、お兄ちゃんが僕のことを呼んでいたから」とありもしないことを告げていた。当然僕は怒り狂った母に「この疫病神がどれほど迷惑をかければ済むのだ!」と叫ばれながら、壁に立てかけられた長い棒で突かれた。それも呻き声を上げれなくなるまでではなく、全身が血塗れになり向こうの気が晴れるまでだった。だが、その時になれば今度は弟がその遊びに参加し、僕をストレス発散に使用していた。その瞳の奥は底が見えないほど真っ暗で、僕は更に息が詰まりそうになった。罰を与えられた日はご飯を抜きにされ、出されたとしてもわざわざ更に床にひっくり返され、このまま食べろと笑われながら言われた。
こんな生活を送るよりも死んだ方がましに感じられた。だが、僕には死ねる物が側になく、死が怖く感じた。だから、逃げたくても逃げられずに、ただただ耐えようとしていた。それはいつかは愛されると信じている、自分がいたからなのかもしれない。
だが、僕はもう怯える必要もなくなった。家から出せる歳になると、僕は家からも街からも蹴り出された。何かに縛られることなく、もう地獄の日々を味わうこともないのだった。だが、所持金もなくただ生きているだけの僕には目前に広がる森をどう生きれば良いか検討も付かなかった。次の街に向かわない限り、街と街の間にある森が永遠と続くようだった。僕は背後を振り向いた。そこには家があった街が見えた。外出も許されなかったその街に僕は思い入れがなく、故郷とも思いたくなかった。
僕は意を決すると森の中に進んだ。今はただ必死に生きるために、生きるだけで精一杯だった。