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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第3章 眠れる■星の■

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異譚13 作意

 密林の異譚から帰還した四人がカフェテリアに戻る。


「皆、お疲れ様だ。ゆっくり休んでくれ」


 戻って来た四人を沙友里が労う。


「さ、ゆ、ゆっくり休んで! 沙友里さんがお菓子とか買ってきてくれたから!」


 てきぱきとお菓子やら飲み物を用意するみのり。


「わ~、お菓子~!」


 餡子は嬉しそうに笑ってソファに座り、笑良は戻って来たばかりにも関わらずみのりを手伝いだす。


 珠緒は朱里に止めを奪われたのが面白くないのか、ぶすっとした顔で無言でソファに座る。


 対して、朱里はと言うと神妙な面持ちを崩さないまま、アリスの隣に座る詩を持ち上げる。


「……なに……?」


 詩の問いに答えもせず、朱里は詩を運ぶ。どこぞの伸びる猫のようにだらーんと手足を伸ばした詩はされるがままに移動させられ、最終的に瑠奈莉愛の隣に座らされる。


詩を別のソファに座らせた後、乱暴にどかっとアリスの隣に座った朱里は、アリスが手に持っていた飲み物を奪い取ってぐいっと一気に呷る。


 グラスだけアリスに返した後、朱里はアリスに問う。


「終わりだと思う?」


「さぁ」


 飲み干されたグラスを置いて、新しい物を魔法で生み出す。そこに、みのりが甲斐甲斐しくジュースを注ぐ。ついでに、朱里の分も用意する。


「あんがと」


 みのりにお礼を言いながら、朱里はグラスを手に取る。


「アタシが凄いってのもあるけど」


「急になに?」


「まぁ、聞きなさいよ。……手応えが無さ過ぎたわ、アレ」


「核?」


「そ」


 ちびっとぶどうジュースを飲む。


記録(ログ)でも確認したけど、能力は香りによる幻覚と蔦の攻撃。あと、植物の操作ね」


 指折り数えながら異譚支配者の能力を上げる。折られた指は三本。


「弱すぎる。笑良に夢見る灰被りの城(シンダー・パレス)を使って貰ったけど、無くても十分に勝てる程の強さだったわ。確実に、アンタとアタシなら単独で終わらせられる。それも、かなりの余力を残してね」


 チョコレートを口に放り込む。


 もきゅもきゅとチョコレートを食べながらも、その表情は真剣そのもの。


「異譚侵度Bには見合わない。異譚侵度がそのまま異譚支配者の強さになる訳じゃ無いけど、それにしたって弱すぎるわ」


「だから、次が在ると?」


「可能性は高いと思うわ。根拠は無いけどね。ただ……」


「ただ?」


「ずっと気が張ってる。これは、あれね……アンタと異譚侵度Aを攻略する寸前と似てるわ」


「そう」


 以前、アリスと朱里で異譚侵度Aの異譚を攻略した事が在る。その異譚の数日前から、朱里はなんだか気が立った様子だった。


「野生の勘って奴ね」


「誰が野生か! 野性はウチの新人二人でしょうが!」


 新人二人と言われ、瑠奈莉愛と餡子がお菓子を食べながら朱里を見る。


「キヒヒ。(ぼく)を忘れちゃいけないよ」


 テーブルの上でチョコレートを食べるチェシャ猫が名乗りを上げる。


「……猫ってチョコ食べて良いんだっけ?」


「キヒヒ。(ぼく)は大丈夫さ」


「そ。まぁ、アンタ猫であって猫じゃ無いしね」


「キヒヒ。(ぼく)ほど完璧な猫はいないさ」


「チョコ食べながら言われてもね……」


 そもそも、猫は喋らない。皆が心の中で思った。





 朱里の心配も杞憂に終わったのか、プチパーティーが終わり全員が家に帰っても異譚は発生しなかった。


 その事を珠緒にからかわれながらも、朱里はずっと気を張っているように眉間に皺を寄せていた。


 アリスも変身を解いてから家に帰り、食事などを済ませてから早めにベッドに入る。


 当然のようにチェシャ猫は春花のお腹の上に乗り、香箱座りをして春花の顔を覗き込む。


「キヒヒ。アリスはどう思うんだい?」


「なにが?」


「キヒヒ。異譚の事さ。また来ると思うかい?」


「来る」


 チェシャ猫の問いに、春花は迷いなくそう答える。


「キヒヒ。それはまた、どうしてだい?」


「ロデスコの勘は当たるから。個人的には、外れて欲しいと思うけどね」


 チェシャ猫を持ち上げ、布団の中に入れる。


 横を向いて抱きしめるようにすれば、チェシャ猫は春花の二の腕に顎を乗せて目を瞑る。


「キヒヒ。そうだね。平和が一番だもの」


「そうだよ。僕なんかが必要無くなるのが、一番良い……」


 英雄があくせく働くということは、平和とは程遠いという事。


「何にも出来ない僕に戻る(・・)のが、一番だ……」


 春花の言葉に、チェシャ猫がぴくりと耳を震わせる。それはまるで、チェシャ猫が驚いているようにも見えた。


「アリス、どうしてそう思うんだい?」


「ん、何が?」


「戻るだなんて、そんな……記憶は無いはずだろう?」


「あぁ、確かに……」


 眠る寸前の蕩けるような意識の中、春花は考える。


 どうして戻るなんて言ったのだろう。春花が憶えている一番古い記憶は二年前の事だ。その頃から春花はアリスであり、なんだってする事が出来た。


 二年前。十四歳の冬。黒く長い髪はぼさぼさで、黒のセーラー服(・・・・・・・)を着たまるで少女然とした少年は、裸足で歩いて対策軍の門を叩いていた。寒くてかじかむ手は痛々しいまでに赤く、足先に至っては凍傷のせいか紫色に変色していた。


 片手にチェシャ猫を抱きながら、対策軍の厳重な門をこんこんっと壊れた人形のように叩いていた。


 何故だか分からないけれど、対策軍に行かなければいけない。そう思って、気付いたら門を叩いていた。


 それが、一番古い記憶。


あの日から、すでに春花はなんでも出来たのだ。


 戻るとはつまり、二年前よりも以前の事。何故だか、そう確信が出来る。


 けれど、記憶の蓋は閉じたままで、頑なにその封を開けてはくれない。


 でも、どうでも良い。気にしても仕方が無いし、自分の過去なんて特に気にもならない。


「……どうしてかな」


「キヒヒ。きっと、疲れてるんだね。アリス、ゆっくりお休み」


「……うん」


 チェシャ猫の言う通り、今は蕩ける意識に身を委ねよう。明日は学校が在る。寝不足で授業を受けたって身にならない。


 緩やかに意識が落ちる。


 一瞬の微睡む感覚――


「――ッ!!」


 ――それを引き裂くように、携帯端末から警報が鳴り響く。


 聞き間違いようの無い警報。異譚発生を知らせるものである。


 春花は跳び上がるようにベッドから降り、急いで家を出る。


「チェシャ猫、戸締りお願い!!」


「キヒヒ。了解だとも」


 チェシャ猫に戸締りなどを任せて、春花は部屋着のまま家を出る。


「有栖川君!!」


「姫雪さん!」


 走る春花の隣を白奈が並走する。


 白奈は春花の隣の部屋に住んでいる。追い付かれてもなんら驚きは無い。


「嫌なタイミングね! 寝入ってたのに!」


「そうだね! 僕ももう寝る寸前だった!」


 異譚は時間も場所も選ばない。


 だが、これがもし前回同様の異譚だとすれば、そこに作意があるのではないかと勘ぐってしまう。


 一度目の異譚の後、帰投を見計らった頃合いで二度目の発生。三度目は二度目が無いと思わせておいての就寝時に発生。


 まったくの偶然かもしれない。けれど、もし仮に、これを仕組んでいる相手(・・)が居るのであれば、相手の作意を見落とさないようにしないとまずい。


そして、その相手が存在するのであれば、異譚は何らかの偶発的な超常現象なのではなく、誰かが意図的に起こした必然的な現象に他ならないだろう。


 もしかしたら、この異譚を乗り越えれば、不透明だった異譚を少しでも知る事が出来るかもしれない。


「急ごう」


「ええ!」


 二人の家から対策軍まではほど近い。


 二人は無駄口を叩く事無く、対策軍へと走った。


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