異譚12 夢見る灰被りの城
暫く進めば、段々と寄生植物に寄生された宿主の数が増えていった。
休む間もなく迫る異譚生命体の群れ。そのどれもが寄生植物であり、その中には当然人間も含まれている。
ロデスコとシュティーフェルが先頭で走り、イェーガーとアシェンプテルがその後ろで援護をする。
「もうそろそろで核と接敵だよ!」
「分からいでか!」
探知が苦手な面々でも、流石に気付ける範囲まで異譚支配者に接近している。それに、殆どの異譚で異譚支配者の周囲を大量の異譚生命体が守護している。此処まで苛烈に異譚生命体が出てくるという事は、異譚支配者が近いという事に他ならない。
戦闘行動を続けながら密林を疾走し、やがてあれだけ犇めき合っていた木々が不自然に途絶えた。
「――ッ!!」
そこは、整然とした庭園のような場所だった。
鬱蒼とした密林とは違い、理路整然とした美しさの在る庭園。そこには一切の邪悪さは無く、一切の醜悪さも無かった。
規則的な水路には清廉な水が流れ、水路と水路の間には色とりどりの花々が咲き乱れている。
ところどころに宙に浮いた小島が在り、その小島の上にも多種多様な植物が生い茂っている。
この世の光景とは思えない程に美しい光景。全てが調和された庭園のその中央に、この庭園には不釣り合いな程大きな寝台が鎮座している。
その寝台の上。そこに、一つの大きな花が咲いていた。
花は多弁花になっており、二十数枚の花弁が整然と並んでいる。外側の花弁の一つ一つが人間程の大きさを誇り、その内側に一回り小さくなった花弁が並んでいる。
途轍もなく大きな花。だが、問題はそこではない。
色鮮やかな花弁の中央。そこに、まるで妖精と見紛う程の美女が鎮座していた。
薄く目を閉じ、儚げながらもどこか妖艶な様は、見る者を誰でも魅了する程の美しさが在った。
まさに魔性。誰に確認を取らずとも、それが何者であるかを理解する。
一瞬、目を奪われるも、シュティーフェルが即座に声を上げる。
「臭いです!! 皆さん嗅がないようにしてください!!」
「分かってる! アシェンプテル、魔力防護!!」
「了解!!」
ロデスコの指示に従い、アシェンプテルは全員に魔力防護の魔法をかける。二羽の白い鳥が四人の周囲を飛び回り、光の粒子を振りかける。
即座に、イェーガーが異譚支配者に向けて発砲する。
何も無ければ直撃する射線。
しかし、突如地面からせり出た蔦がイェーガーの放った弾丸を阻む。だが、阻まれる事は織り込み済みである。
次々に弾丸を放ち、蔦の間を通して異譚支配者に命中させる。
だが、威力が足りない。痛痒足りえるだろうが、大きな負傷にはならない。
「シュティーフェル、護りは任せたわよ!!」
「了解しました!!」
シュティーフェルに二人の護衛を任せ、ロデスコは具足に炎を纏わせながら異譚支配者に迫る。
今までは火力を抑制していた。異譚になる前のこの場は市街地だったはずだ。木々を燃やしてしまえば延焼してしまう。建物も木々となってしまった以上、燃やしてしまえば余計な損害になってしまう。
異譚を終わらせた後の事も考えての力の抑制だったけれど、異譚支配者を前にそんな甘い事は言っていられない。それに、これだけ開けた場所であれば延焼もあまり心配しなくて良い。
ロデスコを迎撃するために、異譚支配者は高速で蔦を伸ばす。
常人であれば掠っただけで即死の勢いを誇る蔦の攻撃を、ロデスコは真正面から蹴り裂く。
ロデスコの炎に触れた蔦は瞬く間に炎に飲み込まれていく。
まるで導火線に火をつけたような勢いで蔦を辿る炎を危険視したのか、別の蔦で燃やされた蔦を自切する異譚支配者。
女性の部分から悲し気な、恐れるような声を漏らす異譚支配者。
「火力上げろ放火魔!!」
「誰が放火魔だ!! もっと弾幕厚くしなさいよ乱射魔!!」
言い合いながらも、ロデスコはイェーガーの射線に入らない角度で戦う。仮に射線に入ったとしても、後ろに目が付いているかのような反射速度で弾丸を避ける。
イェーガーも、ロデスコが弾丸を避ける事を理解して自身の撃ちやすいように撃つ。
ほんの少しの攻防。けれど、それだけで相手の力量を正しく測ったロデスコはアシェンプテルに指示を出す。
「アシェンプテル、城!!」
「了解!! 今日はとっておき行くわよ!!」
アシェンプテルは両腕を広げ、魔力を高める。
「荘厳なる白亜の城。絢爛なる接遇の宴。流麗なる安穏の楽団――」
高まる魔力が四人と異譚支配者を囲む。
「――絢爛豪華、栄耀栄華。華集いし舞踏の城」
美しく輝きながら、魔力が形を成す。
「今こそ門を開く時――開城せよ、夢見る灰被りの城!!」
白銀に輝きを放ち、瞬く間に城が形成される。
逃げる暇もなく、異譚支配者は夢見る灰被りの城に囚われる。
「なに、今のくっさい台詞……」
共感性羞恥を覚えたのか、イェーガーがうげぇっと嫌そうな顔をする。
アシェンプテルも恥ずかしかったのかほんのりと頬を赤らめているけれど、むっと眉を寄せて言い返す。
「アリスちゃんがイメージを固めるために言葉に出せって言ったのよ! ほらっ、こんっなに強く作れたでしょ?!」
アシェンプテルの言う通り、夢見る灰被りの城は以前よりも強力な効果が付与されている。
身体能力の向上や、魔法防御力の向上はいつも通りなのだけれど、その向上の幅が大きくなっている。
それに加え、一つだけ特別な効果が付与されている。
以前の灰被りの城は、アシェンプテルの魔力量に依存しており、アシェンプテルの魔力が切れれば城は崩壊するようになっていた。付与効果の方も、アシェンプテルの魔力量と技量に依存していた。
だが、夢見る灰被りの城は周囲から魔力を吸収して城を維持しており、アシェンプテルが倒れるか自発的に解除しない限りは半永久的にそこに存在し続ける事が出来る。
しかし、外からの攻撃には弱い事は変わりないので、外からの攻撃には気を遣わなければいけない。
「上出来上出来!! こういうロケーションだとテンション上がるわ!!」
言いながら、高速で迫る蔦の攻撃を超高速で躱すロデスコ。
炎が散り、ロデスコの軌跡を描く。
「燃えろ、赤い靴!!」
赫々たる炎がロデスコの具足を包み込む。
全てを蹴り裂き、全てを燃やし尽くす。
「チッ……」
イェーガーは舌打ちをして、銃を構えるのを止める。
「どうしたんですか?」
「もう終わり。核に奥の手が無かったらの話だけど」
見れば分かる。実力の差は歴然だ。
「アタシ、オンステージっ!!」
はしゃぎながら、全ての蔦を蹴り裂くロデスコ。
最後に空中に跳びあがり、右足に全ての炎を溜める。
くるくると独楽のように高速回転し、最後に大振りの蹴りを空中で放つ。
炎の蹴撃が扇状に広がり、異譚支配者に直撃する。
扇状に伸びた炎は異譚支配者の身体をバターのように容易く斬り裂いた。それは最早炎の斬撃である。
両断された異譚支配者はそのまま炎に飲み込まれ、瞬く間に灰と化した。
くるくると回転しながらも綺麗な着地を決めたロデスコは、流れるようにスカートを摘まんで淑女のように美しくカーテシーをした。
体調崩したのでゆっくり書きます…