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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第3章 眠れる■星の■
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異譚9 憎まれ口

 暫く密林を進む五人。


 どこもかしこも似たような草木ばかりで方向感覚が狂いそうになるけれど、異譚支配者という目的地(・・・)があるので、どちらに向かえば良いかの判別が付く。


 しかし、常人であればきっと自分が今どこに居るのかさえ分からないだろう。


 それに加え、周囲にうじゃうじゃといる虫も厄介だ。


「うぇ……!」


「むぅ……!」


「なんて事……」


 ヘンゼルとグレーテルが顔を顰め、スノーホワイトが柳眉を吊り上げる。


 虫がうじゃうじゃと群がっている場所があったので覗いてみれば、なんとそこには人間が倒れていた。


「「助けなくちゃ」」


 ヘンゼルとグレーテルが即座に行動を開始しようとしたけれど、それをアリスが止める。


「無駄。もう死んでる」


 アリスの言葉通り、倒れている人間は既に息絶えていた。


 きっぱりと、冷徹に事実を伝えるアリスに、ヘンゼルとグレーテルが眉根を寄せるけれど、アリスの判断が正しい事も分かっているので二人は何も言い返さない。


 手足が折れ曲がり、皮膚が裂け、頭が割れている。そんな状態で生きていられる人間など存在しない。見えないだけで()もぐちゃぐちゃになっているはずだ。人と分かるだけの形状は残しているものの、既に物言わぬ死体となっている。


 その死体を虫達が貪り食う。脳汁を啜り、肉を食い破り、秩序無く食い荒らす。およそ人間が迎えて良い最期ではない。


 死んでいる事は冷静になって一目見れば分かる事だった。けれど、冷静になんてなれるはずもなかった。それほどまでに、この光景は惨たらしく、許しがたいものだった。


「アリス、言い方を考えてちょうだい」


 流石のスノーホワイトもアリスに苦言を呈するけれど、アリスは何も言葉を返さずにすっと手を伸ばす。


 直後、死体を虫ごと炎が包み込む。


「アリス!!」


 突然のアリスの暴挙に声を荒げるスノーホワイト。


「……大丈夫、スノーホワイト……」


 悲しそうに眉尻を下げながら、マーメイドは言う。


「……怒ってるのは、アリスも同じ……」


 マーメイドの言葉の直ぐ後に、死体を包み込んでいた炎が消える。


 しかし、不思議な事に死体は先程までの無残な姿のままその場に残っていた。そう、炎が燃やしていたのは虫だけだったのだ。


 器用に虫だけを燃やしていたという事に遅まきながら気付き、スノーホワイトはほっと胸を撫でおろす。


「ごめんなさい、アリス……」


 謝るスノーホワイトに、いやいやと首を振ってアリスも悪いと告げるヘンゼルとグレーテル。


「アリスも悪い」


「報告大事」


「言い方も悪い」


「言葉選び大事」


「無表情も悪い」


「表情大事」


「貴女達ねぇ……」


 言いたい放題言うヘンゼルとグレーテルに呆れるスノーホワイト。


 しかし、アリスは気にした様子も無くさらに魔法を行使する。


 死体を優しく純白の布が包み込み、絢爛豪華な棺に納められる。


 常人であれば魔法の無駄遣いだと思われるような魔法の行使も、アリスにとっては毛ほども無駄遣いにならない。この程度で枯渇する程の魔力量では無いのだ。


「先へ進む。ヘンゼルとグレーテルは前へ」


「「了解。無表情ボス」」


「こら。言いたい放題言い過ぎよ、貴女達」


 軽くこつんっとヘンゼルとグレーテルの頭を叩くスノーホワイト。


「別に気にしてない。それよりも、さっさと進む」


「「うい」」


 アリスに言われ、二人は斥候として進む。


「アリス。たまには怒った方が良いわよ」


「そう」


 それだけ頷いて、アリスは歩き出す。


 スノーホワイトもアリスの前を歩く。


「でも……」


「ん?」


 アリスの反応が薄いので話が終わったと思っていたので、アリスが言葉を続けようとした事に少しだけ驚く。


「可愛いものよ、ああいうの」


 ぽつりと、アリスが言えば、スノーホワイトは驚いたように目を見開く。


 馬鹿にして言っている訳では無い。ああいう憎まれ口を叩く二人を、素直に可愛いと言っているのだ。


「ロデスコがいっぱいいるみたいで、面白いし」


「ああ、そういう……」


 確かに、ロデスコはいつでもどこでもアリスに憎まれ口を叩くし、明確に馬鹿にしたように噛み付いてくる。


 アリスは殆ど最初の頃からロデスコに憎まれ口を叩かれているので、憎まれ口に慣れてしまっている。


 ロデスコの憎まれ口すら、アリスは可愛いと思っている。


 本当ならあんなにきつく当たられれば嫌になるのだろうけれど、何故だか別段きつくも感じないし、怒りも湧いてこないのだ。


 そもそもの感情の起伏が乏しいとはいえ、怒りを感じる事は在る。他の誰かが陰口を言っているのを聞いたら嫌な気持ちになるし、少しばかりの怒りも湧いてくるものだけれど、不思議とロデスコ達に対しては悪い気はしないのだ。


「でも、あれは可愛いのかしら……? 割ときつめの事もずばずばいう子よ、あの子?」


「うん。前にペットショップで私を威嚇してきた仔犬に似てる」


「それ絶対本人に言わない方が良いわよ?」


 道理で涼しい顔をしている訳だと納得する。正論だったり、アリスが悪いと自覚している時であれば、しょんぼり落ち込んでいるけれど、普段の憎まれ口にのほほんとしている理由がようやく分かった。


 まぁ、可愛いと思っていなかったらご飯を奢ったりしないし、ロデスコの我が儘を聞き入れたりもしないだろう。


「キヒヒ。言ってきちゃった」


 いつの間にかアリスの頭の上に現れたチェシャ猫がにんまり笑顔でとんでもない報告をする。


「言ってきたの? ロデスコに?」


「キヒヒ。うん」


 可愛らしく頷くチェシャ猫に、スノーホワイトははぁと一つ溜息を吐く。


「どうしてそんな……あの子の神経を逆撫でするような事を……」


「キヒヒ。犬は駄目だよ。猫だったら、(ぼく)も報告をしなかったさ」


 どうやら犬と例えた事が許せなかったらしい。


「そう」


「そうって……アリス、これは怒って良いと思うわよ?」


「別に、ロデスコ怒ってるのはいつもの事だから」


「それは、そうだけど……」


「……あ……」


 二人と一匹が話をしていたそのとき、マーメイドが声を漏らす。


「どうしたの?」


 アリスが問えば、マーメイドが安堵したように息を吐きながら答える。


「……終わった……」


 その言葉の直後、強力な魔力反応が消える。


 そして、異譚と現実世界を阻む境界が消失する。


「あらら。先を越されたみたいね」


 異譚の終幕。


 どこかの魔法少女が異譚支配者を撃破したのだ。


 異譚に入って既に一時間は経過している。そろそろ誰かが異譚支配者と戦闘をしてもおかしくは無いと思っていたのだけれど、撃破してしまうとは思っていなかった。


「でも、異譚が早く終わるのは良い事」


「どうする?」


「後詰めする?」


「うん。人命救助と残った異譚生命体の撃破をお願い。マーメイドはスノーホワイトと一緒に行動して」


「……うい……」


「アリスはどうするの?」


 マーメイドがひしっとスノーホワイトに抱き着くのを見守ってから、アリスはふわりとその身体を宙に浮かせる。


「後詰めだけなら、二手に回った方が早い。そっちはお願い」


 それだけ言って、アリスは致命の剣列(ヴォーパルソーズ)を展開して空を駆けた。


「それじゃあ、私達も行きましょう。あんまり仕事してないから、後詰は頑張りましょうね」


「「りょ」」


「……うい……給料分、働くぜ……」


 こうして、恐ろしい程に異譚は呆気なく終わりを迎えた。


 その事に、誰も疑問を抱く事は無かった。


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[一言] 魔法少女に寄生したか
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