異譚7 マーメイド
お馴染みの装甲車で異譚へと向かう五人。
「そう言えば、詩の出撃って久し振りね」
白奈が詩に言えば、詩はこくりと頷く。
「……いぇあ、一ヶ月ぶり……」
詩は広報活動はほとんどしていないけれど、歌手として活動している。
レコーディングの兼ね合いなどもあり、レコーディング中は万が一を考えて出撃をしない事になっている。
必然的に、レコーディング期間は出撃が出来なくなる。まぁ、余程の事態に陥ればそうも言っていられないので出撃するけれど、他の面々で事足りるのであれば出撃する事は無い。
見ようによっては依怙贔屓にも見えるけれど、童話組は全員それに納得している。魔法少女として出撃して危険なのは皆同じだ。それに、出撃をしないのは詩の意向ではなく、契約している事務所の意向だ。詩に文句を言ったところで仕方が無い。
それに、仲間が死ぬ機会が少ないのは喜ばしい事だし、詩が無責任に魔法少女の仕事をしている訳では無い事を知っている。
「そ。無理はしないでね」
「……デスボまでなら、出せるぜ……」
微笑む白奈に、ぐっと親指を立てる詩。
そうこうしている内に異譚に到着したらしく、装甲車が緩やかに停車する。
アリスが読んでいた本をパタリと閉じる。
「行こう」
「ええ」
「れっつら」
「ごー」
「……でっぱつ……」
装甲車から降りた五人は即座に魔法少女へと変身する。
白奈が手に持った真っ赤な林檎を齧れば、白奈から色という色が失われていく。そうして、最後に残ったのは雪の様な白さ。純白の衣装を身に纏った魔法少女スノーホワイトへと変身する。
唯と一は手に持った飴玉をぽいっと口に放り込む。
「ほごっ?!」
「ごぇっ!?」
そして、同時に喉に詰まらせて咳き込みながら慌てて口から飴玉を出す。
「何やってるのよまったく……」
呆れたように二人を見るスノーホワイト。
「飴玉は凶器……」
「死ぬ寸前だった……」
若干涙目になる二人。今度はゆっくりと口に含む。
すると、巨大な飴玉の包み紙が二人を包み込み、数秒後にぽんっと勢いよく二人が包み紙から放出される。
包み紙から現れた二人は、ふんだんにフリルのあしらわれたゴシック・アンド・ロリータに身を包んでいた。衣装には所々に飴玉や板チョコレートなどのお菓子がくっついている。
「……ふっ……っ!!」
ぐっ、しゅばっ、ぱぱっと詩が日曜日の朝にやっている特撮ものの変身ポーズをする。
中々のキレで変身ポーズを決めた詩は、力強くお決まりの台詞を口にする。
「……変身……ッ!!」
すると、何処からともなく多種多様な魚が群れを成して現れる。優雅に空を泳ぎながら詩を包み込んだと思えば、まるで捕食者にでも遭遇したかのように一斉に四方八方に散っていく。
魚の群れから現れたのは、半人半魚の目を疑う程の美少女だった。
長く艶やかな髪はまるで水の中を揺蕩うように空中を泳ぐ。
その身体は半人半魚ながらもとても美しかった。女性らしい丸みを帯びた凹凸は煽情的でありながら大理石の彫刻のような美しさがあり、染み一つ無い白い肌が太陽の光を反射して神々しささえ覚える。
腸骨から下は魚の尾びれのような形状をしているけれど、鱗の一つ一つが鮮やかに色付いており、きらきらと光を反射する様はまるで宝石のように美しい。
鮮やかな熱帯魚のように伸びる尾びれや宙に広がる美しい髪を見ると、まるで彼女の周りだけが水中のように錯覚してしまう。
胸元を隠す水着には美しく輝く貝殻や珊瑚がちりばめられており、髪飾りには真珠がふんだんに使われている。
正しく、童話の中の美しい人魚そのものだ。特撮ヒーローの変身からは想像も付かない程の美少女だ。
ぱちりと目蓋を開くだけで美しく、所作の一つ一つが周囲を魅了してやまない。
そんな詩――魔法少女マーメイドを見て四人は言う。
「「「「誰?」」」」
「……酷い……」
声を揃えて誰だと聞かれ、しょんぼりと肩を落とすマーメイド。
しかし、それは無理からぬ事だ。
普段の詩の髪はぼさぼさで、野暮ったい前髪が目元まで隠しているので顔はまったく見えない。
服もだぼだぼな服を好んで着るので体形が分かり辛く、また姿勢も悪いのでプロポーションの把握が難しい。
普段の詩と魔法少女マーメイドは見た目が百八十度変化しているので、変身するたびに思わず『お前は誰だ』と聞いてしまうのだ。
魔法少女の見た目は変身をしてもそんなに変わるものではない。
スノーホワイトは髪や肌の色が抜け落ちて真っ白になるけれど、顔の造形は変わらない。
ロデスコも赤みがかった髪が更に鮮やかになるくらいで、それ以上の変化は無い。
マーメイドも髪の毛が艶やかになり、下半身が魚になるくらいの変化しか無いのだけれど、元々の恰好が悪いために大幅に変化したように見えるのだ。
因みに、アリスは性別も見た目も変化しているので完全に論外である。
「……めちゃびゅーてぃほー女子だよ……」
にこっと微笑めば美しいけれど、中身を知っている分残念さが際立つ。
「異譚に行こう。直ぐに終わらせる」
「……ねぇ、聞いて……私、びゅーてぃほー……」
変身が終わったのを確認すれば、アリスは即座に異譚へと向かう。
無視されたマーメイドは悲しそうな顔をしながらアリスの両肩に手を置いて着いて行く。
マーメイドは空を泳げるけれど、異譚に赴けば大体誰かの肩に掴まって移動している。
「……びゅーてぃほーだよ……? ……ねぇ、聞いてる……?」
「キヒヒ。猫の毛並みの方がびゅーてぃほーさ」
突然アリスの頭の上に現れたチェシャ猫が、にんまり笑いながらマーメイドに返す。
「……猫には負けちまうぜ……」
「キヒヒ。猫は正義だからね」
マーメイドはチェシャ猫を抱き上げ、自身の背中に乗せてから、またアリスの肩を掴む。
「アリス、フォーメーションはどうするの?」
スノーホワイトが問えば、アリスはこくりと頷いてから答える。
「前衛はヘンゼルとグレーテル。中衛にスノーホワイト。私とマーメイドが後衛を務める」
「ガンガン行くぜ」
「バシバシ行くぜ」
むふーっと両腕で力こぶを作るヘンゼルとグレーテル。むにっと筋肉が膨らむだけであまり強そうには見えない。
「珍しいわね、アリスが後衛に回るなんて」
「今回は視界が悪い。補助と無差別範囲攻撃は死守しておきたい」
「……酷い言われ様……」
抗議するように、むにむにとアリスのほっぺを摘まむマーメイド。
「でも事実」
「耳栓必須のコンサート」
ヘンゼルとグレーテルが耳に指を突っ込んで言えば、マーメイドはぷくっと頬を膨らませる。
「……最近は、調整できるように、なったし……」
「なら期待してる」
アリスが素直にそう言えば、マーメイドはぷふゅーっと頬にためた息を放出する。
「……ずきゅんと来たぜ……」
言いながら、アリスの首に腕を回し、アリスの頭に顎を乗せる。
編成の確認も終わり、五人は異譚の境界の前へと辿り着く。
いったん脚を止め、アリスは全員に目配せする。
「準備は良い?」
アリスの問いに、全員が頷く。
「では、作戦行動開始」
言って、アリスは異譚に脚を踏み入れる。
そして、アリスに引っ付いているマーメイドに言う。
「どんな体勢でも良いけど、絶対に離れないでね」
「……きゅんっと来たぜ……」
「そう」
ぎゅっと首に回す腕に力を込めるマーメイドにアリスは短く返しながら、魔法少女じゃ無かったら首が締まってるなとどうでも良い事を考えた。
そろそろとあるキーワードを入れても良いかなと思い始めてきた
ずっと匂わせてたし




