異譚5 陣取り遊戯
何年眠り続けただろう。
この生温い地下で、何年眠っただろう。
追いやられ、追い詰められ、地下で信徒と共に眠り続ける日々。
その日々さえも、眠りの中では知覚できない。
だが、後少し。
後少しだと、無意識で理解する。
微睡みは浅くなり、意識は段々と現実を認識し始めている。
後少し、後少しだ。
「千年の眠りは退屈だろう、■■■■■■■」
微睡の中、誰かが呼ぶ。
聞いた事あるような、ないような、そんな声音。
だが、知っている。自分はこいつを知っている。
彼の者が此処に居る理由など考える必要は無い。彼の者は何処にでも居て、何処にでも来られる。彼の者はそういう存在なのだ。
『退屈も退屈だ』
言葉を介さず、思念のみで言葉を送る。
深い眠りの中では出来なかった事も、浅くなり意識が少しでも浮上した現状であれば可能になる。
『ワシにとって千年の眠りなどどうという事も無いが、退屈だけはどうしようも無い』
「そうだろうとも。退屈だけは、我々でもどうしようもないからね」
『お前は、そのどうしようもない退屈を紛らわしに来てくれたのか?』
「そうとも」
頷く彼の者。しかし、そんな彼の者の態度程信用ならないものはない。
『ハハッ、馬鹿を言うな。お前程信用ならん奴はいないさ。ワシを使って何を企んでる?』
問えば、彼の者は高く口角を上げる。
「話が早いのは嫌いじゃない。どうだい、君も参加するかい?」
『何に?』
「楽しい楽しい陣取りゲームさ」
そうして、彼の者は語りだす。壮大な陣取り遊戯の全容を。
その誘いは破滅の誘い。彼の者の性質を理解していれば、その誘いに乗るべきではない事は明白だ。
けれど、彼の者の誘いは甘美であり、また、自身の企てに沿うところが在った。
それも恐らくは彼の者の計算の通りなのだろう。そして、その誘いが純然たる利益を生み出す訳では無い事も分かっており、彼の者の快楽の末の行動という事も分かっている。
この誘いに乗るべきではない。いや、乗ってはいけない。
だが、それでも……。
『分かった。その話に乗ろう』
「そうこなくては。では、君にこれを」
言って、彼の者は成人男性の掌程の大きさの金色の鍵を渡す。
「使い方は分かるだろう? 始める時期は君の好きにすると良い。ただ、乗ったからには不参加は無しだ」
『分かっている』
頷けば、ふふっと楽しそうな笑い声が返ってくる。
「では、楽しみにしているよ」
それだけ言い残すと、彼の者は姿を消した。
『……思い通りには行かせない。星と共に老いさらばえるつもりは無いぞ……』
〇 〇 〇
童話の魔法少女達が常日頃から使用している訓練場。
そこで、朱里と珠緒が生身で戦闘を繰り広げていた。
珠緒は両手にペイント弾の装填された銃を持ち、朱里は脚にプロテクターを装着している。
珠緒が肉薄しながら銃を撃つ。
朱里は珠緒の銃口の線上に立たないように工夫して動き回りながら、珠緒に肉薄する。
珠緒の懐に潜り込んだ朱里に、珠緒は即座に銃口を向けて発砲。
しかし、朱里は向けられた銃を手の甲で押し退けて射線を外す。
流れるまま足の甲を踏みつけ、痛みでバランスを崩した珠緒のお腹に容赦無く蹴りを放つ。
「ぐっ……!!」
一連の動作に迷いは無く、洗練された動きである事は誰の目から見ても明白だ。
だが、珠緒もやられっぱなしではない。
「意外ね。ちゃんと勢い殺すだなんて」
「嘗めんなッ!!」
蹴りの瞬間、後ろに飛び退いて蹴りの威力を減衰させた。けれど、蹴りの威力を全て減衰させる事は出来ず、珠緒の表情は苦し気だ。
左手に持った銃で発砲し、朱里の動きを牽制しながら痛みが和らぐのを待つ。同時に、右手の銃が弾切れだったので、太腿のケースに仕舞ってある弾倉と交換する。
弾倉を交換する隙を逃さず朱里が肉薄するも、焦る事無く弾倉を交換し終えた珠緒は即座に朱里に向かって発砲する。
が、朱里は発砲された弾を首を傾けるだけで避ける。
「っんで弾ぁ避けられんだよ……ッ!!」
「あら~? あんまりにも見え見えだから避けて欲しいのかと思ってたわ」
「てんめ……ッ!!」
連続で発砲する珠緒。しかし、そのどれも朱里には当たらず、距離を詰められる。
距離を詰めた朱里が珠緒に向けて鋭く、コンパクトに蹴りを放つ。
珠緒は少しの足捌きで蹴りを避け、朱里に向けて即座に銃を向ける。
が、グリップの底部を掌で上に押され、弾はあらぬ方向に撃ち出される。
「詰められてからの対応が遅い! 接近戦の訓練なんでしょ。撃つだけじゃ無くてグリップで相手をぶん殴りなさい! 相手が小型の敵なら膂力だけでも対応できるでしょ!」
「分かってるっつぅの!!」
「それと、銃に拘らない! 魔法で生み出すなら、銃の先に剣でもなんでも付けられるでしょ!」
「それも分かってるっつぅの!!」
言い合いながら、二人は戦闘を続ける。
しかし、珠緒は朱里に決定打を与える事が出来ないまま、もろに蹴りを食らってしまいそのまま戦闘不能判定。
「近接戦は一朝一夕でどうにかなるもんじゃないわ。引き続き励みなさい」
軽く息を整えてから珠緒にそう告げて、壁際で休憩をしている瑠奈莉愛に視線を向ける。
「次、瑠奈莉愛! 休憩終わり!」
「は、はいッス!」
瑠奈莉愛はゴム製の爪の付いたグローブを装着し、脚にも同じように爪の付いた靴を履いている。
「アンタは身体能力が高い上に、タッパもある。それに、手足も長いから、あの珠緒より近接戦向きよ」
「誰が寸胴だ! この豚足!」
「あ? 誰が豚足ですって!? アタシのこの美脚がアンタには見えないのかしら?!」
「ムチムチに筋肉詰まった豚足だろうが! 良い出汁取れそうね、あんた!」
ぴきぴきっと朱里の額に青筋が浮かぶ。
朱里は魔法の性質上、脚を重点的に鍛えている。それと同時に、脚のケアも怠っていない。美しく見えるように、けれど、強かであるように。美しさと強かさを兼ね備えた脚を維持するのは、並大抵の努力では決して出来ない事だ。
朱里は自身のスタイルに絶対の自信を持っており、特に脚は誰よりも綺麗だと自負している。
その脚を、貶されたとあっては、黙っている訳にはいかない。
「……瑠奈莉愛、休憩延長。タブレット使って映像で勉強ね」
「は、はいッス……」
びくびくと怯えながら、瑠奈莉愛はすたこらさっさと壁際まで逃げる。
「もういっぺんぼこぼこにしてあげるわ。覚悟しなさい寸胴鍋」
「ことことに煮込んでやるよ、この豚足がぁ……!!」
こうして、第二ラウンドが始まった。
そもそも、朱里が珠緒の事を寸胴など言わなければ良いだけの話なのだけれど、そんな事は最早頭の片隅にも存在していない。
今はただ、自身の足を豚足だと馬鹿にした珠緒を蹴り倒す事だけしか頭にない。
珠緒は珠緒で、素直にもう一戦をお願いするのが癪だったのと、寸胴と馬鹿にされたから朱里が一番怒るであろう部分を馬鹿にしたのだ。そうすれば、強制的にもう一戦出来ると分かっていたから。
ともあれ、売り言葉に買い言葉。目くそ鼻くその喧嘩である。
そんな二人を壁際で眺めながらも瑠奈莉愛はタブレットで体術の勉強をする。
「くわばらくわばらッス……」
そう言いながらも、自分の番が飛ばされた事が少しだけ寂しい瑠奈莉愛だった。




