異譚1 ステーキ
三章です。最初意外プロット固まって無いのでゆっくり行きます。
暖色の薄らとした灯り。明るすぎず、暗すぎず、ゆったりとした時間を演出する程の温かみのある光量。
店内も騒がしさとは無縁でありながらも、無機質な静けさは無く、上品な賑わいが広がっていた。
そのお店のメニューは、ファミリーレストランとは桁が一つ違う。まさに人を選ぶお店といったところだろう。
静かながら、確かな賑わいを見せる店内で、二人の少女が黙々と食事を楽しんでいた。
片方は、美しい稲穂を思わせる金の髪に、空色のエプロンドレスを着た少女だ。人形のように整った顔に、時折お喋りをするときに聞こえる声は鈴の音のように綺麗な音をしている。
もう片方は、目も覚めるような赤毛の少女だ。金髪の少女と同じくらいに整った顔立ちをしているけれど、吊り上がった目尻はどこか鋭利な美しさがある。
金髪の少女とは対照的な、赤のフォーマルドレスに身を包んでおり、歳に見合わず優雅に食事をしていた。
「まさか……」
ぽつりと、赤髪の少女――朱里が呟く。
ちらりと金髪の少女――アリスが視線を向けてみれば、朱里は少しだけ不満げな様子でアリスを見やる。
「こんな良い所に連れて来られるとは思ってなかったわ」
「そう」
ぽつりと、アリスはただ一言返すだけ。
以前、朱里に少しお高めのステーキが食べたいと言われたので、こうして高級レストランに連れて来たのだ。ここには以前も来た事があり、その時は朱里が有無を言わさずにアリスを連れて来て、有無を言わさずにアリスに支払いを任せた。
以前来たのだからここで良いだろうと思い連れて来たのだけれど、どうやら不満が在る様子だ。
「不満?」
「ちょっとどころか、かなりお高いお店だと思うけど?」
「前も来たから、ここで良いかなって」
「……釣り合ってないっつうの」
「なにが?」
「うるさい。こっちの話」
「そう」
美味しいステーキを食べているはずなのに、朱里の表情は先程から不満げだ。
朱里はアリスを異譚に出撃させるために、手が足りないと嘘の申告をした。その時、詩にアリスがステーキを奢ってくれると言われていたので、安めのファミリーレストランではなく、ちょっと値の張る有名チェーン店に連れて行ってくれるのかな、くらいにしか思っていなかったのだ。
それが、当日になってみればこうだ。
嘘の申告をしただけの対価としては高過ぎる。きっとアリスの事だから何も考えずに以前来た此処を選んだのだろうけれど、もう少し考えて欲しいと思ってしまう。
だが、不満はあれど遠慮はしない。せっかく奢ってもらうのだから、味わって食べる。
「そういえば、合同訓練続けるみたいね」
「うん。有用性は在るから」
「てっきり、アンタの恩人の娘が亡くなったから、もうやんないもんだと思ってたわ」
なんの配慮も無く、ストレートに言う朱里。
朱里も白奈から事の事情は説明された。朱里だけではなく、他の面々も聞いている。
餡子の事もあって、その事には出来るだけ触れないようにしていたけれど、今はアリスと二人きりだ。
朱里も、相手が相手であればもう少し言葉を選んだけれど、相手はアリスだ。遠慮や配慮が必要な間柄ではない。
「それをしたら、あまりにも無責任」
「へぇ、意外。アンタ、責任とか気にするんだ」
朱里の言葉に、アリスは朱里を真っ直ぐ見やる。
「私は責任のある立場だから」
「はっ、アンタに限った話じゃないっつうの。魔法少女になった以上、責任は付き纏うもんよ。てか、魔法少女に限らず、責任なんてもんは誰にでも付き纏ってんのよ。この上なく、面倒くさい事にね」
誰しも、何かしらの責任を負っている。望んだにせよ、望まぬにせよだ。責任の無い者など赤子くらいのものだろう。
「それはそう。だから、責任を持って合同訓練を続ける」
「あそ。ま、アタシとしては無しにしてくれた方がありがたかったけどね。面倒だし」
「面倒でも、全体の生存率に関わる事だから」
「分かってるわよ。ただ、頻度は下げてよね。アタシもアタシの訓練したいし」
「今月いっぱいは全て合同訓練。翌月から週一に変える。要望が在れば、また増やすと思うけど」
「今月いっぱい? まじ?」
「まじ」
真面目に頷くアリスを見て、朱里は溜息を吐く。
「……ゴールデンウィーク。ろくに遊びに行けなかったから、どっか行きたかったのに……」
魔法少女にゴールデンウィークは無い……訳でも無い。申請を出せば出かけられるし、旅行にだって行ける。
しかし、今年のゴールデンウィークは異譚の後の事後処理やレポートの提出、今後の対策会議に訓練等、これでもかという程に仕事があってどこにも遊びに行けなかった。
朱里はアリスと違い広報活動も行っており、グッズ展開やファッション雑誌の撮影、歌の収録など幅広くこなしている。
広報としての仕事はそんなにとってはいないとはいえ、ゴールデンウィークは仕事の依頼が多く、休んでいる間がなかった。
仕事量だけで言えば、アリスよりも仕事をしていると言えるだろう。
「お仕事、お疲れ様」
アリスが労いの言葉をかければ、朱里はじとっとした目でアリスを見やる。
「そう思うならアンタも広報やりなさいよ」
「やってる」
「嘘吐くなっての。アンタが雑誌に掲載されてるとこ見た事無いけど?」
「対策軍のホームページとか、パンフレットの表紙やってる」
「ああ、あの死ぬほど無表情のやつ……」
思い当たったのか、朱里が呆れたように漏らす。
カメラマンに笑ってと言われても笑わず、もっと笑ってと言われても笑ってると言い返し、カメラマンや編集担当が匙を投げて作られたのがホームページとパンフレットの無表情写真である。
「アンタ、笑ったら死ぬ病気なの?」
「そんな奇病は無い」
「じゃ笑いなさいよ。アンタのあれ、世間からなんて言われてるか知ってる?」
「知らない」
「証明写真って言われてんのよ」
「……パンフレットなのに……」
「真正面向いて写ってるだけの写真なんだから、そう言われたって仕方ないでしょ。アタシも見た時マジでこんなんで良いのかって思ったわよ」
「……頑張ったのに……」
どこか不満げなアリスに、朱里は呆れたような表情をする。
因みに、世間で証明写真と言われ過ぎているのでそろそろパンフレットの写真の差し替えをしようかと本気で検討されているのだけれど、アリスはその事実を知らない。
「そう言うんなら、頑張って笑ってみれば良いじゃない。アタシと会った時は笑顔作ってたんだし。下手糞だったけど」
「撮影の時も頑張って笑ってた」
「頑張って一ミリも口角上がらないとか……アンタの表情筋終わってんね」
「むぅ……」
カトラリーを置いて、自身の頬をムニムニとほぐすアリス。
「アンタ、最後に自然に笑ったのっていつよ?」
朱里の質問に、アリスは頬をムニムニしながら考える。
最後に自然に笑った日。
いつだろう。ここ最近は笑った記憶がない。瑠奈莉愛と居る時に自嘲気味に笑ったような気もするけれど、それを笑顔とカウントして良いものかは悩ましい。
ここ二年間の記憶しかないけれど、どこをどう思い出しても自然に笑った日が無いように思う。
「……憶えてない」
「……アンタ、生きてて楽しい?」
不憫な子を見る様な目でアリスを見る朱里。
あまりに可哀想なので、今回の支払いは自分が持とうかなど考えている時、アリスは真面目腐った表情で朱里に言う。
「楽しさは、今の私には必要無いから」
「……ああそう」
不機嫌そうに、吐き捨てるように頷いた朱里。
その後、朱里の方から話しかける事は無く、お代も勿論アリス持ちだった。
アリスは朱里が何故そんなに不機嫌なのか分からなかったので、御機嫌取りに帰りにアイスを買ってあげた。それでも、朱里の機嫌は直らなかった。