異譚51 ロデっチャン
異譚からの通信が途絶した直後、アリスは荒々しくソファから立ち上がりなが、詩の方にタブレット端末を投げ渡す。
「アリス」
しかし、それを沙友里が制止するようにアリスに声をかける。
「アリスは待機だ」
「何故?」
「現場にはロデスコが居る」
「だから、何?」
アリスは苛立った様子を隠しもしない。
「避難が終了すればロデスコが戦う。アリスが出撃する必要は無い」
「避難までに何時間かかるの? ロデスコが境界を破壊できるのなら、私にも同じ事が出来る。それに、私の致命の剣列なら同時に数ヵ所に穴を開けられる」
「それは私も理解している」
「だったら――」
「だからこそだ。アリス、お前が出れば確かに直ぐに避難を完了する事が出来る。だが、お前が出ればという結論が魔法少女にあっては困るんだ」
アリスが出れば殆どの異譚は即座に終わらせる事が出来るだろう。けれど、アリスが出なければ終わらないと思われるのは、魔法少女全体のイメージとして良くは無い。
味方もアリスを頼りきりになる可能性がある。市民もアリスが居ない異譚に不安を覚える可能性が非常に高い。
『アリスが居れば』という思考はネガティブそのものだ。
アリスが居ないでも戦えるようにしなくてはいけない。そして、それは実戦で示さなくてはいけない事なのだ。いや、示し続けなければいけない事だ。
加えて、同時多発的に異譚が発生する可能性も在る。現に、国外で二例ほど確認されている。
童話組の二大最高戦力であるアリスとロデスコ。このどちらかが出た場合、どちらかを手元に残しておくのは鉄則だ。以前の異譚のように、アリスとロデスコ二人が出るという事はかなり異例なのだ。
それは童話組に限った事では無く、花も星も同じ事だ。
予備戦力は残しておく必要がある。それはアリスも分かっているはずだ。
「アリスは待機だ。ここは、皆に任せよう」
「……嫌」
しかし、アリスは首を横に振る。
「アリス」
「嫌なものは嫌」
まるで聞き分けの無い子供のように返すアリス。
「避難だけ手伝う。それ以外はしない」
「それも、他の者に任せる」
「ロデスコしか境界を壊せない異譚なら、完全にイレギュラー。人命を優先させるべき」
「今回の異譚支配者は狩りを楽しんでいる、というイェーガーからの報告だ。魔法少女が抑えておけば安全に避難が出来る」
「通信が途絶した現状ではそれも把握できない」
「花も援軍を送っている。そこからの報告を――」
『あー、ちょっと良いー?』
言い合いをしている最中、ロデスコが通信で割り込んでくる。
「……どうした?」
一度言い合いを止め、沙友里がロデスコに訊ねる。
『この境界さ、アタシがそこそこ本気で壊さないと壊れないわけよ。そのそこそこ本気ってのを後何回も繰り返すの怠いから、そこの馬鹿寄こして』
許可できない。そう言おうとした沙友里だったけれど、少しの沈黙の後にロデスコに返す。
「……余力は?」
『ざっと三分の一が削れたとこね。まぁ、三分の一残ってればあれくらい余裕で倒せるけど』
ロデスコの総魔力量は決して少ない方ではない。けれど、膨大に保有している訳でも無い。本人の申告通り、そこそこの本気を出し続けなければいけないのであれば、魔力枯渇する可能性が在る。
現場に居るロデスコ本人が援軍を要請している以上、それを無視するわけにはいかない。
「……分かった。アリス、出撃を頼む」
「了解」
即座にアリスは窓から跳び、そのまま空を飛んで異譚へと向かう。
「救護活動のみだ……と言いたかったんだがな」
『アタシから言っとくわ。獲物取られんのも癪だし』
「よろしく頼む。ロデスコも、無理はするなよ」
『りょかーい』
それだけ言って、ロデスコは通信を切った。
「はぁ……まったく、悪知恵の働く二人だ……」
やれやれと溜息を吐き、沙友里は詩を見やる。
「お前の差し金だな、詩」
じとっとした目で見やれば、詩はびくっと身を震わせる。
「……なんの、ことやら……」
「こっちはタブレットの履歴見れるんだぞ?」
「うっ……」
アリスが立ち上がった直後に投げ渡されたタブレット端末を使って、詩はロデスコにメッセージを送っていた。
ロデスコも避難誘導担当だったのでタブレットを所持しており、詩からのメッセージを受け取る事が出来る。
以下、詩が送った全文である。
『ロデっチャン、やっほー!
なんかー、アリスがそっち行きたいんだって!
避難誘導とか、ロデっちゃんも面倒でしょ?汗
アリスに押し付けちゃえば良いと思うな!
そうすれば、アリスがステーキ奢ってくれるかも!
ロデっチャンは強いから心配無いかもだけど、こっちは他の子も心配だよ泣
アリスを呼んであげて、無事に帰ってきてほしいなー、なんて笑』
これを見たロデスコは顔を顰めながらもステーキに釣られてアリスを呼んだ訳である。
因みに、ロデスコは『了解。後、キモイ』と返している。
思惑通りに気持ち悪がられてにこにことする詩。
アリスと言い合いをしながらもそれを見ていた沙友里は、また何か企んでいると察して言い合いの途中でアリスを止める事を半ば諦めていたりもする。
しかし、本当はアリスを止めたかった。
アリスは確かに強い。しかし、アリスが居れば何とかなるという認識が広まれば、アリスは異譚を終わらせるだけの都合の良い舞台装置になってしまう。
アリスは魔法少女ではあるけれど機械仕掛けの神ではないのだ。
沙友里は、アリスがそうなってしまう事が怖い。異譚を終わらせるためだけに必要とされるようになることが、怖いのだ。
けれど、これは私情だ。私情で魔法少女であるアリスを止める事は出来ない。
そして、それはアリスに限った話ではない。他の魔法少女であっても同様だ。
彼女達は人間だ。都合の良い舞台装置であって良いはずが無い。
「はぁ……」
沙友里は深く溜息を吐く。
怒らせたかと思い、詩はびくっと身体を跳ねさせるけれど、沙友里はふっと優しく笑う。
「怒ってはいないさ。私だって、誰にも死んで欲しくは無いからな。ただ、感情論だけで動いては組織は瓦解する。私達はそのストッパーにならなければいけないんだ。それだけは分かってくれ」
「……ごめんなさい……」
勝手な行動をした事を、詩は直ぐに謝る。
「いや……遅かれ早かれ、アリスは行ってたさ。お前がやらなくても、他の誰かが動いていたと思うしな」
その言葉に、ギクッと肩を揺らすみのり。
同じように文章を送ろうと考えていたけれど、詩が何かしている様子だったので自分は静観に回っていたのだ。
鎌をかけただけなのだけれど、簡単に引っ掛かったみのりを見て、沙友里は思わず笑みを浮かべる。
因みに白奈も同じような事を考えてはいたけれど、沙友里の言葉が鎌かけなのは分かっていたので反応はしなかった。
それでも、沙友里には見透かされてはいるのだけれど。
「……お前達は本当に、アリスが大好きだな」
やれやれと肩を竦める沙友里。けれど、その顔はどこか嬉しそうなものだった。
絵文字が環境依存なのでオヂサン構文が出来なかったの残念……。




