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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚49 散華

 両断される美奈の身体。


 上半身と下半身が別たれ、血と臓物がまき散らされる。


「……き、さらぎ、さ……」


 吹き飛ぶ身体を無理矢理制動させるも、何故だか四肢に力が入らなくて上手くバランスを取れずに転んでしまう。


「如月さん……如月さん……っ!!」


 転びながらも起き上がり、ふらふらしながら必死に美奈の元へと向かう。


「如月さん!!」


 溢れる涙を抑える事が出来ない。


 滲む視界の中、必死に美奈の元へ走る。


 そんなシュティーフェルに目もくれず、異譚支配者はこの場を離れようと必死に空を泳ぐ。


 シュティーフェルは美奈の元へと駆け寄ると、その場に膝を着いて狼狽したように手が宙を泳ぐ。


 だって、何もしようが無い。


 切断された身体からはいつまでも血が流れている。


 シュティーフェルには回復魔法は使えない。そもそも、回復魔法があったとしても両断された身体をくっつける事は不可能に近い。


 サンベリーナであれば両断された相手にまだ意識が在り、十分に集中しながら魔法を行使する事が出来れば可能だ。


 けれど、そんな芸当が出来る魔法少女はそう多くない。


 そして、この場にそんな芸当が出来る魔法少女はいない。


「ぁ……き、如月さん……っ」


 自分ではどうする事も出来ない。けれど、何もしない事が出来ない。


「『き、如月さんは死にません』!! 『絶対に死にま――』ぐっ、ふぅっ……!!」


 無理矢理魔力を絞り出そうとしているために身体が激痛を持って不可能だと訴えてくる。


「き、さらぎさん……!! 嫌、嫌だ……っ!! 死なないで、ください……っ!! 如月さぁんっ!!」


 泣きながら、懇願するように美奈に呼び掛けるシュティーフェル。


 そんなシュティーフェルを美奈は朧気な視界で捉える。


 正義だ規律だなんて言っておきながら瀕死の異譚支配者と戦わず、瀕死の自分のところに来たシュティーフェルに対して少しだけ呆れてしまう。


 瀕死とはいえ異譚支配者だ。常人を狩る事になんの苦労もしないだろう。


 唯一動けるシュティーフェルが異譚支配者と戦わなければいけない。それは、きっとシュティーフェルも分かっているのだろう。


 分かっていて、それでも戦わずに自分のところに来てしまったシュティーフェル。


「……ふ……っ……」


 思わず笑みがこぼれる。


ふっと笑った時に息と一緒に血が溢れるのがちょっと気持ち悪かった。


「なんでぇ……なんで、私を……助けたんですかぁっ!!」


 美奈の手を握りしめ、泣きながら文句を言うシュティーフェル。


 助けてやったのになんて言い草だと思いながらも、ぼんやりとシュティーフェルを助けた理由を考える。


なんでと言われれば、身体が勝手に動いたとしか言いようがない。感情とか理由は後から追いついて来た。


 死ぬのかな。死ぬって怖いな。身体も寒い。苦しい。辛い。痛い。早く終わって欲しい。楽になりたい。


 負の感情が消えゆく意識の中に溢れる。


 今になって後悔している。助けた事。無茶した事。全部なかった事にしてやり直したい。


 もっと上手くやれば良かった。もっとちゃんと動いていれば良かった。


 ぐるぐるぐるぐる。思考はずっと回ってる。


 ――こんな規律大好きな正論女を護るんじゃなかった。


――父さんが悲しむなぁ。悪い事しちゃった。


 ――姉さんもきっと悲しむなぁ。


 ――途中まで上手く行ってたのにな。


 ――なんで私、初めて会ったばっかの奴助けてるんだろ。私の事殴った奴なのに。


 ――ああ、でも……。


「いや……いやだぁ……っ!!」


 ――泣いてるなぁ、この子……。


 ――じゃあ、いっか。


 美奈の中で、負の感情が消えていく。


 在るのは穏やかな気持ちだけ。


 ――ああ、そっか。そうかも。


 こんな時になって、ようやく分かった。


 母が許せなかった。家族をバラバラにしたから。それでも、憎みながらも母を愛していた。


 そんな母を憎んでいると思いたく無くて、母を、自分の気持ちを正当化しようとして魔法少女になった。


 それはきっと間違えていない。それは全部美奈の感情であり動機だ。


 でも、それだけじゃ無かった。


 美奈は、母の気持ちを理解したかったのだ。母の事を、もっと知りたかったのだ。


 大好きだから。愛しているから。母が何故魔法少女で在り続けたのか、それを知りたかったのだ。


 泣いているシュティーフェルを見てようやく分かった。


 母はアリスが泣いている(・・・・・)と思ったのだ。だから、手を差し伸べようとしたのだ。泣いている子供を見過ごせなくて。見捨てる事が出来なくて。


 泣いている人を助けるために、魔法少女に戻ったのだ。


 例えそれが我が儘で、独善であっても、それが自分の道だと信じて。


 ――ああ、なんだ……悪くないじゃん、魔法少女。


 涙がこぼれる。痛いからじゃない。嬉しくてしょうがないから、涙が溢れるのだ。


 母の事をようやく理解できた気がした。捨てられたのに、なんだか母が誇らしく感じた。


 答え合わせは天国でしよう。間違えていても、それはそれで良い。


 自分の人生滅茶苦茶で、こんなところで今日会ったばかりの他人を助けるために死ぬ事になっていても、自然と心は穏やかだった。


 ――ああ、そういえば……。


 ふとどうでも良い事を思い出す。そんなどうでも良い事のために、美奈は必至に口を動かす。


「ね……」


「――っ!! 如月さん!!」


 声を上げた美奈を見て、シュティーフェルは握る手に力を込め、必死に名前を呼ぶ。


「大丈夫です……っ!! 絶対、絶対助か――」


 言葉を続けようとした。けれど、美奈の儚く弱々しくもしっかりとシュティーフェルを射抜く力強い瞳を見て思わず言葉を飲み込んだ。


 互いに、気休め(・・・)はもう必要無い。しっかりと、受け入れるしか無いのだ。


 シュティーフェルが口を閉ざした事で、自身の意図を理解してくれたのだと悟ると、美奈はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……ね……わ、たし……」


 苦しそうにしながらも、しっかりとした声音を絞り出す。一言一句、聞き取れない事が無いように、必死に声を絞り出す。


「……わたし、は……」


 シュティーフェルはしっかりと耳を立てて必死に音を拾う。


 最後の言葉(・・・・・)を、一言一句聞き逃さないために。


「……如月、美……奈…………あん、た、は……?」


「――っ」


 シュティーフェルは美奈の言葉の意味に気付いて思わず息を呑んだ。そして、思い返せば自分達がまだやるべきことをしていない事に気付く。


シュティーフェルはゆっくりと頑張って笑みを浮かべて言葉を返す。


「私は……猫屋敷……餡子です……っ!!」


 美奈はシュティーフェル――餡子の自己紹介(・・・・)を聞いて、にこっと笑みをこぼした。


「そ……」


 満足そうに頷いて、美奈はゆっくりと目蓋を閉じる。


 怖いし、悲しい。


 けれど、まあ良いかという気持ちが強かった。


 名も知れない誰かじゃ無くて、名前を知った(・・・・・・)友達(・・)を助ける事が出来て良かった。


 名前を知って、ようやく始まり。今この瞬間から、二人は友達になったのだ。


 ――遅いかな。そんな事無いか……。


 遅くは無い。むしろ、間に合ったとさえ思う。


 これで、二人の関係を言葉に表す事が出来る。それはきっと、とても尊い事で、とても大事な事だ。


 満足したからだろう。段々と、意識が遠のいていく。


 魔力は解けるように黒薔薇の花弁となって宙を舞う。


 身体から力が抜けていく。


 ふんわりと身体が軽くなり、宙に浮いているような気分になる。


 ――……死ぬ前にぶん殴れて良かった……。


 満足そうな笑みを浮かべて、美奈の命は静かに終わりを迎えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 現実はいつも残酷だ……
[一言] 童話の新人魔法少女2人は、それぞれ異譚の現実を実際に目の当たりにした、ということか。
[一言] 死んでしまった...
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