異譚47 城と家
一撃必殺。
例えば、アリスの致命の大剣。当たれば必死の、文字通り一撃必殺。
例えば、ロデスコの赤い靴。超高温の炎を纏いながらの一撃で、高層ビルすら倒壊させるほどの威力を持つ必殺の蹴り。必ず致命になるアリスの致命の大剣とは違い相手の防御力を上回る必要があるが、そもそも耐えられる敵が殆ど存在しないので一撃必殺と言っても過言ではない。
相手を確殺出来る技があるのと無いのとでは大きく違うけれど、一撃必殺を持っている魔法少女は多くは無い。
そう。多くは無いのだ。
シュティーフェルが最後の魔法をかけ、黒い少女が大ダメージを与えた。
それでも、異譚支配者にはまだ遠い。
「無理しないで必要なら下がりなさい! 隙くらい作って上げるから!」
「無理なんてしないです! 前衛ずっとは怖いです流石に!」
ぴょんぴょこ跳ねながら異譚支配者の攻撃を避けるシュティーフェル。
流石に疲労の色が見えており、動きが雑になってきているのが分かる。
お互い、長くは持たない。けれども、避難はまだ完了していない。
ジリ貧のままこちらが消耗して負けてしまう。
この状況を打破する何かが必要だ。しかし、黒い女の剣は後一本しか無いというし、ここぞというときにしか使えないとも言う。
現状はロデスコを待っての時間稼ぎだけれど、そのロデスコも避難が完了しなければ合流出来ない。
他の面々も謎の爆発の後の通信障害が起こって以降連絡は付いていない。誰が生きていて誰が死んでいるのかも分からない状況で、その誰かを期待して待つのは下策。目に見える戦力だけで戦わなければいけない。
いったん退いて、別の魔法少女達と入れ替わる事も考えた。けれど、避難に回されている魔法少女達も戦闘経験が無い芽ばかりである。美奈が戦えているのは、持ち前の負けん気と母親譲りの魔法少女としての才能があるからだ。
避難誘導が終了した魔法少女達が来てくれるかとも考えていたけれど、住民がまだ混乱状態にあるために避難誘導に回されている。数人がこちらに向かってきている気配は感じているので、交代は出来ると思うけれど、向こうも爆風を防いだりと魔力を消費しているはずだ。あまり期待は出来そうにない。
「――ッ!! 如月さん!!」
「――っ、しまっ……!!」
考え事をしている一瞬の隙を突かれ、異譚支配者がシュティーフェルからターゲットを切り替えて美奈に迫る。
対応が遅れた美奈は退避ではなく応戦を選択してしまう。が、矢を番えるのが間に合わない。
完全に異譚支配者の間合い。
異譚支配者の鎌が美奈を切り裂こうとした――その時。
一発の銃声が遠くで響く。
「……え?」
銃弾は音速を超えて風を切り、異譚支配者のこめかみを撃ち抜いた。
突然の衝撃に、異譚支配者の身体は弾丸の勢いのままに吹き飛んでいく。
美奈には誰が何をしたのかは分からなかった。けれど、シュティーフェルは何が起こったのかを理解していた。
「イェーガー先輩!!」
歓喜の声を上げるシュティーフェル。
銃弾の飛来して来た方を見やれば、そこには酷くぼろぼろになったイェーガーが立っていた。
衣服には所々に血が滲み、顔色は病的なまでに青白い。立っているだけでも辛いのか肩で息をしており、手に持った長銃の銃口は常に揺れ動いていた。
ずっと、ずっと機を窺っていた。
あの爆発の後から、ずっと、ずっと。
一撃で殺せる隙を窺っていた。
異譚支配者の起こした大規模な空間爆発は、異譚支配者と交戦していた魔法少女全員を飲み込む程の威力を持っていた。事実、その場に居た全員が巻き込まれた。
直撃すれば必死の、まさに必殺の一撃だろう。
だが、それも直撃すればの話である。
「ぅ……ぁ……」
苦しそうに呻き声を上げながら、イェーガーの意識が浮上する。
何故苦しいのか。何故身体が痛いのか。混乱する意識の中で、徐々に自分が意識を失う前の事を思い出す。
「――ッ!!」
自身が異譚に居る事。異譚支配者との戦闘中だった事を思い出し、勢いよく身体を起こすイェーガー。
「ったぁ……ッ……クソが……ッ!!」
「あ、起きたねイェーガーちゃん……良かったぁ……」
起き上がったイェーガーを見て、安堵したように息を吐くアシェンプテル。
「……状況は?」
「五人、助けられなかった……」
落ち込んだように肩を落とすアシェンプテルを気にした様子も無く、イェーガーは痛みを堪えて立ち上がる。
「それだけなら上等でしょ。……城使ったの?」
「うん、使った」
「って事は、ニコイチも家使ったって事ね……」
「「うん。もうからっけつ」」
二人の会話を聞いていたヘンゼルとグレーテルが疲れたように座り込みながら答える。
アシェンプテルの魔法、灰被りの城は巨大な城を生み出す魔法であり、本来であれば相手を閉じ込めるための魔法でもある。
閉じ込められた相手の能力は弱体化し、一緒に入った仲間の能力を底上げする、対異譚支配者特化の魔法でもある。
日に一度しか使えないアシェンプテルの切り札であるため、本来であれば異譚支配者と戦う時に使う予定だった。しかし、異譚支配者が異次元を移動できるため、灰被りの城から離脱してしまう可能性が在った。だからこそ、ここぞという時に使う予定だったのだ。
同じく、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家という魔法も相手を閉じ込めるための魔法だ。
しかして、お菓子の家は灰被りの城よりも規模が小さく、また乱発が可能である。厄介な敵を閉じ込めている間に別の敵を倒して場を整える時に使う事が多い。
今回、灰被りの城とお菓子の家は皆を護るための防御として使った。
灰被りの城は一日一回なのでもう使えず、お菓子の家も皆を護るために乱発してしまっており、ヘンゼルとグレーテルは全ての魔力を消費してしまっている。
それに、完全に防御出来た訳でも無い。
二つの魔法は中からの衝撃には強いが、外からの衝撃には弱い傾向がある。ある程度の衝撃は防げたけれど、全ての衝撃が防げた訳では無い。
イェーガーがこうして重傷であるのもそのためだ。
「ワタシも、もう魔力が残って無いの……ごめんね……」
灰被りの城は効果が絶大な代わりに魔力の消費量がかなり高い。
それに、その後の回復にも魔力を消費してしまったため、もう戦うだけの余力が残っていない。
イェーガーは、落ち込むアシェンプテルの頭を乱暴に掻きまわし、ぶすっとした顔で返す。
「あたしが生きてるだけで上等だわ。あんた達三人は戦線離脱ね」
「イェーガーちゃんはどうするの? まさか、その怪我で戦うつもり?」
回復はした。けれど、完全に治っている訳では無い。
それに、イェーガーはアシェンプテルを庇える位置まで移動したので、衝撃をもろに受けてしまっている。灰被りの城があったとはいえ重傷になる程の衝撃を受けたのだ。もはやまともに戦える状態ではない。
「戦う? 馬鹿言わないでよ。あたしは狩人なんだから――」
イェーガーの手に、アンティーク調の長銃が現れる。
「――ただ狩るだけよ。化物狩りなら、とっておきの一発で充分だわ」




