異譚45 お揃い
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はげみになっとります。
正しい事をしろと言われた。だから、餡子はずっと正しい事をしてきた。
『授業中なので静かにしてください! 真面目に授業を受けてる人の迷惑です!』
授業中に騒ぐ生徒が居れば注意をした。授業中に騒ぐなんて悪い事だから。
『それ、学校に持って来てはいけないものですよね? 先生に言っておきますね!』
学校に持って来てはいけない物を持ってきたら教師まで報告した。
『いじめは良くないと思います! 卑しい人の発想です! 今すぐやめてください!』
いじめを目撃したら躊躇せずに注意をした。
正しい事を、正しいと思うままにやって来た。
自分は間違えていない。自分は正しい。だって、間違いを犯す方が間違えているのだから。
けれど、正しさを貫き通せば通すだけ、餡子の周りから人は消えていった。
『猫屋敷さ、偉そうだよね』
『ほんとそれ。こっちを見下したような態度でさ』
『何様だって感じよね。アイツ、先生に媚び売って気色悪いわほんと』
『まさか……先生狙ってんじゃない?』
『うそ! あんな爺を?! ありえなー!』
女子はこそこそと陰口を言って、餡子を腫れ物として扱った。
『あいつもったいねーよなー。顔は好みなんだけどなー』
『な。でも性格滅茶苦茶きついのはごめんだわ』
『顔だけだよなー……おっぱいもおっきいのに、残念だわー』
『バーカ。胸だって今だけだって。あれが普通くらいらしいって兄貴が言ってたぜ』
『えー、まじー?』
男子も餡子が疎ましかったのか、関わってくる事は無かった。
別に、どうだって良かった。誰になんて言われたって、餡子のやる事は変わらない。
家族の皆がそうしてるように、餡子だって正しい事をするのだ。
いつも元気に。いつも正しく。そうやって、生きて来た。
――今日、クラスメイトを注意しました。授業中にうるさいのは良くない事だと思います。
『そうだな。餡子、お前は善悪の区別がつく良い子だ。だからこそ、悪い事は悪いと言わなければいけない。お前が、善悪をちゃんと判断してあげなさい』
父は餡子を褒めてくれた。優しく頭を撫でてくれた。
――今日、学校に持ってきちゃいけない物を持ってきた人を叱りました。
『そうか。確かに、それはいけない事だ。学校は勉強をする場だからな。それを注意出来るお前はとても良い子だ。偉いぞ』
兄も餡子を褒めてくれた。その後、餡子の勉強を見てくれた。
――今日、いじめを注意しました。いじめは卑しい発想の人がやる事なので、ちゃんと止めました。
『そう。馬鹿な事をする子もいるものね。いじめをする人はね、そんな事でしか自尊心を満たせない哀れな人間よ。酷いようだったら、先生に相談してあげなさい。それと、馬鹿は何をするか分からないわ。何かされたら、直ぐに私に相談しなさい。良いわね?』
姉も餡子を褒めてくれた。何かされた時のために護身術を教えてくれた。
『餡子。おはぎを作りました。一緒に食べましょう』
勉強の息抜きにと、祖母はおやつを作ってくれた。祖母のおはぎが大好きだから、ついつい食べ過ぎてしまったのを憶えている。
餡子は家族が大好きだった。家族が褒めてくれるから、もっと正しくあろうとした。
けれど、終わりというのが突然やってくると知った。
異譚が発生し、家族は全員死んでしまった。家族は全員が異譚に巻き込まれながらも冷静で、魔法少女に協力して避難誘導などを行っていた。
餡子も何かしたかったけれど、最初の避難の時に子供だからと連れていかれた。
『大丈夫。私達も後から必ず向かう。お前は先に行って待ってなさい』
そう言って、父は優しく餡子の頭を撫でた。
全員、異譚が終わる最後まで、誰かのために正しい事をしたのだろう。
結果、全員死んだ。
餡子を遺して、全員。
その異譚を終わらせたのが誰だったかなんて憶えていない。他の記録は全て目を通したけれど、その日の異譚だけは目を通せなかった。
正しいって、何だろう。
その時、初めて餡子は正しさに疑問を持った。
家族は正しい事をした。誰かのために正しい事をした。でも、その結果自分は独りになった。
正しさを貫き通した結果、死んだのだ。
我が子よりも、妹よりも、孫よりも、皆正しさを選んだのだ。
そう考えた自分の頭を殴り付ける。何度も、何度も、何度も。
頭がフラフラするまで。指が鈍い音を上げるまで。何度も、何度も、何度も。
正しい事をしたのだ。そんな正しい事をした家族を責めるような思考は要らない。そんな浅ましい考えは要らない。
そう思って生きて来た。そう信じて生きて来た。
家族の背を追うように正しく生きた。
自分を引き取った母が、自分を見て日に日に疲れたような顔をしているのが分かった。けれど、止まらなかった。止められなかった。
小学校の六年間。殆どの時間を一人で過ごした。友達なんて要らなかった。
中学に上がる前に、自分に魔法少女の才能がある事が分かった。
迷いは無かった。中学に上がって直ぐに魔法少女になった。
自分は正しく在る。正しさを貫く。
家族がそうしたように、自分を犠牲にしてでも正しく在る。家族がそうしたように、自分もそうするのだ。
自分が、家族が、正しいと証明し続ける。
けれど、それはいったい誰のため?
その答えを餡子はずっと持っている。ただひた隠しにして、蓋をしているだけ。
気付かないように、背中を向けている。
誰かが肩を叩いてくれるのをずっと待っている。
突然現れた美奈に、思わず呆然とするシュティーフェル。
しかし、直ぐにそれどころではないとすっぽ抜けた軍刀を拾いに行く。
「ず、随分、物騒な理由で戻ってきましたね! そんな事に命を張らないで、避難誘導をしてくれた方が嬉しいのですが!」
「あんた死にそうだったじゃない。こっち来て正解だったわ」
「私一人を助けるよりも、大勢を救ってくださいよ!! さっきも言いましたよね?! 優先順位を考えてくださいって!!」
「さっきも言ったけど、私は全員助ける…………なんて、大それたことはもう言わない」
真剣な目で、シュティーフェルを見やる。
「私は、私の助けたい人を護る。それに、今はあんたを助けた方が大勢を助けられる。それだけよ」
真っ直ぐ、二人は視線を交わす。
「私は、母さんが生きてくれさえいればそれで良かった。他のなんにもいらなかった。ただ寂しくて、ただ辛くて、縋って、泣いて、喚いてた。家族を選ばなかった母さんをふざけんなって思った。私は――」
感情と共に涙が溢れる。
「――何もかも全部かなぐり捨てて、家族を選んで欲しかった。ただ、それだけだったの」
「――っ!!」
美奈の言葉に、シュティーフェルの瞳が揺れる。
心の中で何かの蓋が開く。何かが声を上げる。
必死に抑えようとするけれど、一度それを気にかけてしまえば、一度それを意識してしまえば、出てくるのは簡単だった。
シュティーフェルの頬を涙が伝う。
正しさで武装した心はむき出しになり、出て来たのはまっさらな猫屋敷餡子だった。
「なんだ……私達、お揃いじゃないですか……!!」
そうだ。そうだった。餡子も寂しくて、怖くて、でも家族を嫌いになるのも怖くて。家族は正しいと思う事で自分を護った。家族が大好きだから悪く言いたくなかった。
けど、だけど、餡子だって、家族には自分を選んで欲しかった。文句を言ってやりたかった。正しくないと分かっていても、自分が間違ってると言われても、それでも、我が儘だとしても、自分を選んでくれと言いたかった。
正しさに身を委ね、正しいと思う事をした。
規律を護り、大勢を助けるために簡単に切り捨てた。切り捨てさせた。葛藤はよそにやって、合理性だけを選んだ。
家族と同じようにすれば、家族の気持ちが分かると思った。家族と同じ行動を取れば、それが正しいと自分に証明してくれると信じていた。
けれど、心の中に残る疑問はずっと消えてくれなかった。
薄々、分かっていた。後悔をしている事も、家族に怒りを覚えている事も、分かっていた。
「もっと……一緒に居たかったなぁ……っ」
涙を流すシュティーフェルを見て、美奈は自身の涙を拭った後にシュティーフェルに手を差し伸べる。
シュティーフェルの過去を美奈は知らない。
だから、どんな言葉をかけるのが正解なのか分からない。
それでも同じ涙だという事は分かった。
「これが終わったら聞かせてよ。あんたの話を」
シュティーフェルは涙を拭いながら、美奈の手を取る。
「……私も、聞かせてください。如月さんの話」
「ええ。覚悟しなさい。私の愚痴は長いわよ」
「えへへっ……私だって、長いですよ」
二人の話が一段落したところで、タイミングよく異譚支配者が起き上がる。
繋いだ手を放し、二人は異譚支配者に目を向ける。
「まずは、こいつをどうにかしないとね」
「はい。でも、時間稼ぎで大丈夫です。ロデスコさんが来てくれますから!」
「……そうね。頑張って生き延びましょう」
二人共、自分達が勝てない事は分かっている。
美奈は芽から蕾になったけれど、それだけで追い付けるほどの実力差ではない。
二人だけでは勝てない。
それでも、逃げない。正しさの証明でも無い。母親の意志でも無い。
二人が、そう決めたからだ。
「行くわよ」
「はい!」
二人は同時に駆け出す。
緊張は在る。焦燥も在る。けれど、不思議と恐怖は無かった。




