異譚41 家族会議
小さくなっていくシュティーフェルの背中を見て、自然とあの日の事を思い出した。
母が家を出て行った日。家族が、バラバラになったあの日の事。
いつも通り、家族四人で夕飯を食べた後、母に大事な話があるからとその場に残された。
そして、母の口から魔法少女に復帰するという事を告げられた。
理由は、訳有りの魔法少女の育成担当としてだった。母の後輩である道下沙友里が直々に頭を下げに来たらしく、母は迷った末に依頼を請ける事にしたらしい。
「本当に、お前がやらなくちゃいけない事なのか?」
難しい顔をして母を見る父。
母は困ったように笑みを浮かべながら返す。
「いや~、頼られちゃってさ……その子、ちょっと……いや、かなり訳有りっぽくてさ。可愛い後輩に頼られちゃったら、どうにも断れなくてね」
「断ってくれなくては困る!!」
笑みを浮かべる母に、父がテーブルを叩いて怒鳴る。
いつもは優しい父の感情任せな行動に、美奈とその姉はびくりと身を震わせた。
「僕との約束を忘れたのか?」
「忘れた事なんて一度も無いよ。私に死んで欲しく無いから、魔法少女は辞めてくれって話だったよね」
父と母が結婚をする前にした約束。
それは、結婚を機に魔法少女を辞める事。
魔法少女の殉職率は高い。母が魔法少女を続けていれば、いずれはどこかのタイミングで死ぬ可能性が高い。例えベテランの魔法少女であっても、死ぬときは死ぬ。異譚とはそういうものなのだと、教えてくれたのは母だった。
「そうだ。君が死んだらどうなる? この子達に母親が居ない辛さを味わわせるつもりか?」
「死ぬ気は無いよ。それに、復帰と言っても短期間だけ。その子に魔法少女としての常識とかを教えてそれで終わり。一時的に復帰するだけだよ」
「それでも異譚には出るのだろう?」
父の言葉に、母はまた困ったように笑う。
「……それが、魔法少女だからね」
異譚に赴き、異譚を終わらせる。それが、魔法少女の役目であり、存在理由である。
「……この子達より、見も知らぬ子供を優先させるのか?」
父に言われ、母は美奈と姉の顔を見やる。
二人共、不安そうな顔をしていた事だろう。姉はどうだか知らないけれど、美奈はその時凄く不安だった。顔に出ていない自信は無かった。
「私の子が一番大事。だって、私達の宝物だから」
「だったら、この子達を悲しませるような選択はしないでくれ!」
母親が魔法少女になって嬉しいだなんて、子供であればそんな事は思わない。何せ、死ぬかもしれない仕事だ。そんな仕事に就いて欲しいとは思わない。
見も知らぬ相手ではなく、家族を優先して欲しい。そう思ってしまうのは、家族なのだから当たり前だ。
「……その子、家族いないらしくてさ。出来れば、家族に迎え入れたいなって思ってる」
予想だにしていない母の発言に、三人は驚きを隠せない様子だった。
それもそうだろう。家族に何の相談も無しにそんな事を言い出すのだから。
「一回会ったんだけどね、凄く暗い目をしてた。多分ね、魔法少女になりたての頃の私と同じ。凄い、辛い思いをしてきたんだと思う」
「……その子の事は気の毒だが……だが、それとこれとは話が違う」
母の過去を知っている父は、母の言葉に理解を示した。けれど、魔法少女に復帰する事は許さない。それだけは、どうしても許可できない。
「家族に迎え入れるという話は、私もその子と会ってから考えたい。幸い、経済的に余裕は在る。子供が一人増えても問題無いだろう。だが、魔法少女に復帰するのは駄目だ。どこの誰よりも、私は家族が大事だ。だからこそ、家族には危険なところに行ってほしくは無い」
父は真摯に母を見詰めた。
父の言葉は間違っていない。それに、美奈も父の言葉には同意だった。
「お母さん。その子も魔法少女なんて辞めて、一緒に家に住めば良いと思う。私も美奈も贅沢はしないし、高校からはバイトもしようと思ってるし。誰も魔法少女にならないで皆で暮らそう? それじゃあ、駄目なの……?」
「わ、私も! お姉ちゃんの言う通りだと思う! 皆で一緒に暮らせば良いだけでしょ? その子もお母さんも、魔法少女になる必要なんて無いよ!」
姉の言葉に美奈も便乗する。
そうだ。なにも両者共に魔法少女にならなくたって良い。魔法少女にならないで、皆で一緒に暮らせば良いだけの話なのだ。それだけで、この話は終わる。
しかし、悲しそうに母は首を横に振る。
「それは……多分……いいえ、絶対に無理だと思う」
「どうして?! 魔法少女になるのって強制じゃ無いんでしょ?!」
魔法少女は志願制だ。全国から適性がある者に通知が届き、魔法少女になる場合は最寄りの対策軍支部へと訪れるか、同封されている書類を送る。そして、面接や身辺調査が終わり、全てクリアした場合のみ魔法少女になれる。
なので、魔法少女になる事は強制ではない。けれど、強制では無いからこそ起こる問題もある。
魔法少女は殉職率が高い。加えて、希望者の数も少ない。年々希望者は減っており、その総数は減るばかりである。
だからと言って強制される訳では無いのだけれど、その子には別の問題があった。
「本人が魔法少女になると言ってるの。それに、その子の潜在能力はどの魔法少女よりも高いの。魔力総量だけで言えば、現時点で既に国内一よ。そんな逸材、対策軍が手放すとは思えない」
もうすでに様々なテストを行っている。
そのテストの結果は全て目を見張るものであり、上層部はなんとしてでも手元に残す事を考えているし、既に外堀も埋められている事だろう。
「テストの結果も、見事なものだったわ。あの子は魔法少女として大成する。それが分かるくらいには、圧倒的数値だった」
新しい英雄の誕生は喜ばしい事だ。一人でも強い魔法少女が居れば、その他の者の生存率はぐんと上がる。
だからこそ、対策軍は手放さない。あらゆる手段をもちいて引き留めようとするだろう。
けれど、誰もその子の心の傷に寄り添ってはくれないだろう。上層部も最強の兵器を手に入れたくらいにしか思っていない。
それに、ただの魔法少女ではない。完全にイレギュラーな魔法少女。その情報は出来る限り外部に漏れないように秘匿しなければいけない。
沙友里が一番信用できる魔法少女として声をかけたのが母だった。沙友里としては、情報の漏洩を防ぐためにも最初で決めてしまいたいと考えているはずだ。
可愛い後輩の期待を裏切りたくないという気持ちは在る。けれど、それ以上に、自分と同じ目をしたあの子を見捨てられないという想いが在る。
全てどうでも良いと言うような、無気力で無機質な目。このままでは、人々を救う魔法少女ではなく、異譚を終わらせるだけの兵器になってしまう。
「……私は、あの子を兵器にはしたくない。魔法少女は人間であって、兵器じゃない。このままだと、あの子は兵器になっちゃう」
「そのためなら、私達を蔑ろにしても良いと?」
「そうじゃない! ……そうじゃない、けど…………ううん、言い訳ね。結果的に、そうなってしまうなら、その通りよね」
申し訳なさそうに肩を落とす母。
家族を蔑ろにしようとしている事実に気付いた母がこのままこの話を断ってくれる。美奈だけではなく、父も姉もそう思った事だろう。
けれど、母は申し訳なさそうに笑みを浮かべて言った。
「でも、ごめんなさい。今回は、見て見ぬ振りが出来ないわ。だって、あの子を見て見ぬ振りをしてしまったら、私を救ってくれた貴方に顔向けが出来ないから」
言って、父を真っ直ぐ見据えながら涙を流す母。
気丈な母の涙を見たのはこれが最初で最後であった。
結局、母は家族ではなく見も知らぬ子供を取った。
そして、結婚するにあたって二人が交わしていた、『魔法少女に復帰をするのであれば離婚をする』という約束があったらしく、その約束通りに二人は離婚をした。
美奈は父に着いて行き、姉は母に着いて行った。
去り際に母に謝られた。
「ごめんなさい。こんな私が母親で……本当に、ごめんなさい……。虫の良い話かもしれないけど、たまには遊びに来てね」
引っ越してから、父にも謝られた。
「すまんな。私は、あいつに死んで欲しくない。俺が愛した人が死んだら、きっと耐えられない。だから、愛を無かった事にしたかったんだ……。ごめんな、弱い父親で……」
当時、まだ小学生だった美奈には父の言っている事が分からなかった。ただ悲しくて、ただ悔しくて。自分達を引き裂いたその子が許せなくて。
その気持ちを抱いたまま、約一ヶ月後に母が死んだと知らされた。
残ったのは哀しみだけった。
美奈は、ただ家族を失っただけだった。




