異譚39 空間爆発
狩りをしているところまでは分かった。けれど、誤認があった。
狩りとは攻め立てるものであり、弱者を追い込むものだとイェーガーは考えていた。
だからこそ、攻め立てられる事を嫌って狩りやすい住民達の方へと向かったのだと思った。
しかし、それは魔法少女達を釣るための餌だった。
この異譚支配者は、弱者を殺すための狩りをしている訳では無い。この異譚の全ての人間が狩りの対象なのだ。
想像以上に狡猾で、想像以上に厄介な相手。
「クソみてぇな事しやがって……!!」
口調荒く、イェーガーが長銃の引き金を引く。
「駆け引きとか怠ぃんだよ!!」
異譚支配者に乱射するイェーガー。怒りに身を任せているのかと思われる程の口調だけれど、その狙いは正確無比であり、放った弾は全て命中している。
怒っているのは元々であり、口が悪いのも元々なのだ。
しかして、全弾命中したとしても異譚支配者にとっては掠り傷以下。多少痛いくらいの攻撃だ。
「チッ、かってぇなぁ!! 灰被り!! バフ!!」
「了解! でも灰被りって呼ばないで! 可愛く無いから!」
アシェンプテルはイェーガーに速度強化の魔法をかける。
花の魔法少女達が異譚支配者に応戦している隙間を縫うように、正確無比な射撃で異譚支配者を撃ち抜いて行く。
狙い目は謎の女が付けた傷口。
しかして、向こうもそれが分かっているのだろう。傷口を出来る限り触手で覆って攻撃を防いでいる。
「「さうざんつ」」
ヘンゼルとグレーテルが上空からチョコがコーティングされた細長い棒状のプレッツェルのお菓子を幾つも降らせる。
ヘンゼルとグレーテルの魔法は美味しそうな見た目に反して凶悪であり、異譚支配者に直撃するたびにガツンガツンと硬質な音を立てる。
直撃するたびにナニカが砕け散る様子が伺える。半透明なので見辛いけれど、ヘンゼルとグレーテルの魔法で確実に鱗を割る事が出来ているようだ。
ヘンゼルとグレーテルの魔法が強力であるのは間違い無いけれど、それ以前に与えたダメージの蓄積が在るのだろう。
「ダメージ蓄積してる!! 全員なんでも良いから攻撃しろ!! フィニッシャーはニコイチ!!」
言いながら、イェーガーは長銃で割れた鱗を狙い撃つ。
フィニッシュを持って行かれるのは癪だけれど、この際自身のプライドはどうでも良い。それに、仲間が功績を上げるのであればまだ許せるというものだ。
異譚支配者の能力は強力だ。けれど、戦って勝てない相手ではない。
アリスが居なくとも、ロデスコが居なくとも、現戦力で十分に戦える。
魔法少女達の隙間を縫うように、イェーガーは弾丸を撃ち込む。
何処でも良い。全員で総力を挙げて魔法を叩き込み続け、堅い鱗を一部でも完全に剥がせれば、ヘンゼルとグレーテルの重たい魔法が確実に致命傷を与える事が出来る。
そうでなくとも、イェーガーの正確無比な攻撃で抉り続ける事が出来るし、他の魔法少女の攻撃も通りやすくなる。一番フィニッシャーとして適役なのがヘンゼルとグレーテルというだけであり、その他の者にも相手を倒せるチャンスが来る。
他の奴らが功績を上げるのは気に食わないけれど、一番は異譚が終わる事だ。それは、イェーガーも分かっている。
「「ビスケットカッター」」
ヘンゼルとグレーテルが巨大なビスケットを生成し、高速回転させて異譚支配者へと飛ばす。
ビスケットカッターは異譚支配者の触手を切り裂いて地面に激突する。
少しずつダメージを蓄積させる。ここに居る全員、一撃必殺は持ち合わせていない。幾つもダメージを積み重ねて、最後に相手の命を穿つしかないのだ。
全員で魔法を浴びせる、その最中。微かに、キィンッと金属を擦り合わせたような音が聞こえてくる。
「跳ぶぞ!! 気を付けろ!!」
異譚支配者が異次元に跳ぶ前兆。
逃げるか、不意を打つか。
全員がいったん攻撃の手を緩めて警戒をする。
弾幕が薄くなった瞬間、異譚支配者が高速で集団の中へと突き進む。
異譚支配者の意図が分からず混乱するも、全員が距離を取ろうとする。
が、それよりも早く異譚支配者が動いた。
空間が歪み、異譚支配者の姿が陽炎のように歪む。
音は徐々に大きくなり、体内にまで響く程の衝撃を生み続ける。
「まず……っ!!」
アシェンプテルが慌てて全員に魔法防御の補助魔法をかけようとする。
「っそ……!!」
「「さうざんつ!!」」
イェーガーが異譚支配者を止めようと銃を乱射し、ヘンゼルとグレーテルが棒状のプリッツの槍で異譚支配者を穿とうとする。
だが、それを嘲笑うかのように音は大きさを増し、歪んだ空間に全ての攻撃が阻まれる。そして――
「――ッ!!」
空間が爆ぜる。
轟音、衝撃。どちらが先に訪れたのか分からない。けれど、誰も悲鳴を上げる暇が無く、その場に居た全員が異譚支配者の空間爆発に巻き込まれる。
全てを飲み込むように歪んだ空間の波が広がる。
建物は歪んで弾け、地面は押し潰されるように亀裂が走る。
衝撃波は異譚の端まで広がり、建物は罅割れ、硝子と言う硝子が割れる。
小さな異譚。けれど、その範囲は決して狭くは無い。その異譚の端まで届く程の威力の爆発。
建物も、人も、魔法少女も関係無しに飲み込む。
痛いほどの音が止んだ時、立っている者は誰一人としていない――――という訳でも無かった。
唯一無傷である、魔法の使用者である異譚支配者は健在であるのは当たり前として、それ以外の者がこの異譚に立っている。空間爆発が直撃した魔法少女は全員死亡、もしくは重傷だろう。
空間が歪む程の攻撃が直撃して、無事でいられる訳がない。
けれど、余波だけでは殺せない。怪我は負うかもしれないけれど、殺しきれない。一般人の周囲に魔法少女が居る。魔法少女であれば、余波を凌ぐくらい出来るだろう。
だがそれで良い。そうでなくては困るのだから。
異譚支配者は空を泳いで獲物を追う。
建物の大部分は壊れた。逃げ道は塞ぎ、空間爆発の余波で少なからず怪我人は出ただろう。
集団で逃げる時、怪我人が居るのと居ないのとでは進行する速度が大きく違う。
正義の味方である魔法少女であれば、怪我人を置いて行くなんて事はしないだろう。
異譚支配者はほくそ笑む。
これでようやく、狩りが出来る。大好きな、大好きな狩りが。




