異譚37 戦力比
異譚支配者が境界に沿うように建物や地面を破壊して回るのを間近に見て、避難途中だった住民達が混乱しながら散り散りに走って行ってしまう。
脱出地点はあらかじめ指示されており、住民達の殆どがそこに移動していたために異譚支配者の猛威を目前で目にする事になってしまった。
異譚支配者の猛威を目にした住民達は恐怖と混乱に包まれ、現場は混乱状態となっている。
花の魔法少女達は混乱を収束させるために右往左往する。
「瓦礫をどかして! せめて通れる道を作って!」
避難ルートを遮っている瓦礫をどかし、一般人が通れるくらいの道を作ろうと奮闘する魔法少女達。
境界に沿うように建物を破壊しているので遠回りは出来ない。遠回りしたところで通れないのであれば、指定された避難ルートの上にある瓦礫をどかした方が早いだろう。
散り散りになってしまった住民達を集めながら、直ぐに脱出が出来るように準備を進める。
最悪の状況ではあるけれど、住民がパニックになるのはいつもの事である。
焦りは在るけれど、異譚支配者以外の敵性生物が居ないだけまだ対応は楽である。
暴れ回る異譚支配者は、他の花の魔法少女達が止めようとしているけれど、堅い鱗に阻まれてろくに攻撃が通らずに異譚支配者を好きにさせてしまっている。
幾つか通っていそうな攻撃もあるけれど、痛痒程度にしかなっていない様子だ。
「ニコイチアタッカー。アシェンプテルサポート」
「「りょ」」
「了解!」
騒乱の最中、狩人は静かに攻撃を開始する。
遠く離れた位置から、イェーガーが長銃の引き金を引く。
魔法の弾丸が音速を超えて発射され、黒い少女が付けた傷口を容赦無く抉る。
異譚支配者が痛みに悶えながら絶叫を上げる。
「行け」
イェーガーの指示を受け、ヘンゼルとグレーテルが異譚支配者に肉薄する。
「見辛いね、グレーテル」
「ゼリーみたいだね、ヘンゼル」
異譚支配者に迫る双子は、手に持った飴玉をばら撒く。
「「ぼんぼこぼーん」」
呑気な言葉を唱えた直後、ばら撒かれた飴玉が爆発する。
強烈な爆発が異譚支配者を襲うも、異譚支配者の鱗を破壊するには至らない。けれど、異譚支配者からくぐもった呻き声が聞こえてきている事から、衝撃は体内に響いている事だろう。
「むぅ、堅い……」
「むぅ、めんどい……」
「ニコイチ。雑草共を上手く使え。ボンボンしてたら雑魚なんだから入れねーだろ」
「「了解。遠距離は任せる」」
ヘンゼルとグレーテルはいつの間にか手に巨大な杖の形をした飴を持っており、タイミングを合わせて異譚支配者に肉薄する。
キャンディケインは二人の近距離用の武器であり、見た目の割に堅くて頑丈だ。
異譚支配者に肉薄する二人の周りを二羽の白い鳥が旋回する。
「バフあざ」
「あざざ」
「お礼くらいちゃんと言ってよ、もう……」
アシェンプテルによる補助魔法を受け、ヘンゼルとグレーテルの速度が上がる。
速度、筋力強化、魔法耐性を付与されている。一撃必殺は魔法の可能性もあるので、魔法耐性を重点的に上げている。
基本的に補助魔法の内容は全員変わらない。サンベリーナもアシェンプテルも、やっている事は変わらない。しかして、二人には決定的に違う魔法も存在するので、完全に互換性があるわけではない。
アシェンプテルにも唯一無二の魔法が存在するけれど、魔力消費が多いので今はまだ使うべきではない。
花の魔法少女を交えながら、童話組も異譚支配者と戦う。
ヘンゼルとグレーテルはキャンディケインで異譚支配者をぶっ叩き、アシェンプテルは負傷した魔法少女達の回復と補助を行い、イェーガーは長銃で遠距離から異譚支配者の傷を穿っていく。
前衛、中衛、後衛に別れての戦闘。これが、魔法少女の普通の戦い方である。
魔法少女は一人では戦えない。それは、フォーメーションという面もあるけれど、より単純な事を言うのであれば、魔法少女は一対一では異譚支配者に勝てないからだ。
魔法少女は多く居るけれど、異譚支配者と一対一で戦える魔法少女はほんの一握りだ。
異譚支配者の力を10とすると、一般的な魔法少女の力は4から6。新米魔法少女ともなれば3に行けば良い方だ。魔法少女になりたての頃は1にも満たない事が多い。
イェーガーで7。シュティーフェルで4。アシェンプテルで6である。なお、アシェンプテルは補助的な面での数値となる。
異譚支配者の強さは均一ではなく、異譚によってまちまちなので数値は両者共に変動するけれど、異譚支配者に一対一で勝てる場面と言うのは限りなく無いに等しい。
どんな異譚であろうとも一対一で戦えるのはアリスくらいであり、ロデスコでさえも異譚侵度Sともなれば一対一で戦うのは困難だろう。ただ、異譚侵度Sは過去に一度しか発生していないので、実績として残っていないためになんとも言えないけれど。
ともあれ、異譚支配者には複数人で挑むのが鉄則である。異譚侵度Bとはいえ、たった二人で挑んで勝てるアリスとロデスコがおかしいのだ。
複数人で異譚支配者を囲み、巧みな連携で攻撃を仕掛ける。
数による猛攻に異譚支配者が押される。
「このまま行ってくれれば……」
「おいフラグ立てんな」
狙い撃ちながら、イェーガーがアシェンプテルに文句を言う。
「え、これフラグ?」
「どーみても最悪のフラグでしょーよ。……ちっ、マジかクソ……ッ!! 全員散開しろ!!」
微かに聞こえてくるぎぃんっと金属を擦るような音。
異次元に跳ぶ前兆の音。異次元に跳ばれてもある程度の位置は分かるので、異次元に跳ばれてもあまり問題は無いのだけれど、異次元から帰ってくる際に発生する衝撃波は厄介極まりない。
次元に干渉しているからかその威力は高く、また範囲も広い。魔法少女と言えども、あの衝撃波を食らったらただでは済まないだろう。
散開した直後に、キィンッと甲高い音と共に異譚支配者が姿を消す。
姿を消した異譚支配者に、全員が周囲を警戒する。
だが、異譚支配者は再度姿を現わす事無く、超高速で戦闘区域から離脱する。
「――ッ!! 狩りにシフトしやがった……!!」
イェーガーは即座に異譚支配者の意図に気付き、即座に異譚支配者を追う。
「ニコイチ!! フォーメーション崩さずに追うから!!」
「「りょ」」
ヘンゼルとグレーテルはイェーガーの言葉に即座に反応し、息の合った動きで異譚支配者を追う。
「ちんたらすんな雑草共!! さっさと追え!!」
イェーガーは花の魔法少女に声を荒げて言う。
異譚支配者は戦う事を止め、当初の目的を達成するために移動をしたのだ。
つまり、戦うよりも遊びを優先させたのだ。
そもそも、向こうは無理に戦う必要が無い。異次元に潜れば簡単に逃げる事が出来、異次元に潜れば超高速で移動する事が出来る。
何よりも、異譚支配者の目的はこの世界の侵食ではなく、遊びである。
異次元に潜れば魔法少女達を振り切って狩りに興じる事が出来る。追ってくる魔法少女達は多少警戒するだろうけれど、決定打を持ち合わせていない相手などさほど警戒をする必要も無いだろう。
だからこそ、異譚支配者は当初の目的である狩りに行動をシフトしたのだろう。
そう、イェーガーは考えた。
が、それはイェーガーの考えだ。異譚支配者の考えではない。
「――ッ!?」
超高速で遠ざかった気配が、超高速で最接近した。
そして、集団の中心まで来たところで即座に次元を超えて姿を現わした。
「っそ……!!」
衝撃波に吹き飛ばされる魔法少女達。
そして、バランスを崩した花の魔法少女の一人が異譚支配者の鎌で斬り裂かれる。
そう。これは狩りだ。異譚支配者による、異譚支配者のための狩り。その獲物を決めるのも異譚支配者であり、誰を狩るかも異譚支配者が決める。
読みを外したイェーガーは、憎々し気に顔を歪める。
「あたしらも獲物って訳かよ……!!」
この異譚は異譚支配者の狩場である。そして、この異譚の中に居る全ての生命体が異譚支配者の獲物である。
異譚支配者が嘲笑うように咆哮を上げた。




