異譚31 異次元
随時更新されていく現場の記録を見ながら、アリスは自身の剣が一つ消費されたのを感知する。
消費されたのは斬撃の剣。残るは打撃と刺突。
現場にはロデスコが到着しており、菓子谷姉妹も異譚の内部へと入る準備が整っている。
ロデスコが内部に入れないとはいえ、菓子谷姉妹が合流するのは大きいだろう。
花も星も熟練の魔法少女を増援として送り込んでいる。戦力としては十分なはずだ。
だというのに、嫌な予感は拭えない。
剣も一つ消費している。つまり、一度は危機的状況に陥ったと言っても過言では無いのだ。
自分が行けば、直ぐに済む。その自信がアリスにはある。
けれど、命令に背くことは出来ないし、何より増援に向かった三人の実力を疑うような行為に他ならない。
いや、三人よりも自分の方が強い。異譚を最速で終わらせて何が悪い。異譚を終わらせるのが自分達の役目だ。それが存在価値であり、それが存在証明でもある。
なんて、出撃するための理由が延々頭を過ぎる。
そして最終的には自分が命令違反をした時のデメリットに行き当たる。自分だけがペナルティを受けるのであれば、アリスはそれを受け入れる事が出来るだろう。けれど、自身の行動の結果が他人へのペナルティとなるのであれば、アリスはそれを受け入れる事が出来ない。
何処まで行っても、アリスは他人を犠牲にして進めない。犠牲になるなら、自分だけで良いのだから。
「あっ……」
みのりが、ぽつりと声を上げる。
「どうしたの?」
「あ、うん……向日葵ちゃんが……」
言って、みのりがタブレット端末を白奈に見せる。
画面を確認した白奈は悲し気に目を伏せる。
「…………そう。無事だと良いけれど」
新しく更新されたのは戦線離脱した魔法少女のリストだった。
まだ死亡したと確定した訳では無いけれど、戦線に復帰できない程の重傷である事には変わりない。もしくは、既に死んでいるか。
死亡の有無は知らされない。全ての事が済んだ後に報告される。それまでは、一括りにまとめて戦線離脱とされる。
アリスも戦線離脱者のリストに目を通す。
一通り目を通して、そこに『如月美奈』の名前が無い事を確認すると、安堵したように肩の力を抜く。
「……何か、心配……?」
いつの間にか隣に座ってジュースを飲んでいた詩が訊いてくる。
「別に」
澄ました顔で返すアリスを見ながら、詩はずごごと音を立てながらジュースを飲む。
「……その割に、そわそわ……」
「してない」
「……ほんとに……?」
「しつこい」
ずごごとジュースを飲みながら、じーっと見つめてくる詩。
詩は何を考えているのか分からない。アリスと同じくらいに表情が無いからだ。
だから、こうして見つめられるとどういう反応をして良いのか分からなくなる。
怒ってるのか、悲しんでるのか、心配しているのかも分からない。なので、少し苦手だ。
暫くアリスの顔を見詰めた後、詩はぷっとストローから口を放して小さな声で言った。
「……そう……」
それ以降、詩が特に何かを言う事は無かった。
けれど、隣から動く事も無かった。じっとアリスの持つタブレット端末を覗き込み、勝手にスクロールして情報を見ていた。
その様子を、みのりが羨ましそうに歯を食いしばりながら見ていたのは、また別の話。
〇 〇 〇
アシェンプテルがかけた速度上昇の補助魔法によって、高速で移動する異譚支配者の気配になんとか追いつくことが出来たイェーガーとアシェンプテル。
だが、異譚支配者の姿は無く、ただ高速で移動する気配だけを感知する事が出来ていた。
「やっぱり姿が見えない!」
「でもそこに居るだろどーせ!」
言いながら、気配のする方に向けて両手に持った短銃を乱射するイェーガー。
しかし、気配のする場所を素通りするだけで、まったく手応えが無い。
確かにそこに居るのに手応えの無い違和感。異譚支配者が避けた気配も無く、こちらが攻撃を外した訳でも無い。イェーガーの弾は寸分違わず異譚支配者の気配を撃ち抜いていた。
それでも手応えが無いという事はつまり、何か別の要因があるはずなのだ。
「ばちっクソ面倒!」
身体が半透明になっていると聞いたから、透明になって姿を隠しているのかとも思ったけれど、透明になっただけで弾を素通り出来るはずも無いだろう。いや、弾を素通りする程に透過されているのであればそれも可能だろうけれど、異譚支配者の移動した軌跡に血痕が見当たらないのはおかしい。
魔法で身体を透過しているのであれば、血液すらも透過している事になる。が、体外に放出された血液にまで透過がかかり続けるとは思えない。体育館には異譚支配者のモノと思われる血が付着していた。
血が滴っていない訳が無いし、もし仮に体外に放出された血液にも一定時間作用がある魔法だったとしても、ある程度時間が経過した後に異譚支配者の追跡を開始したので魔法の作用は薄くなっていっているはずだ。
その兆候すら無く、追うのに苦労を強いられたのだから、異譚支配者の使う魔法が透過ではないという事になる。
だが、だとすれば考えられる可能性は非常に狭まる。
「もしかして移動の時だけ異次元に跳んでるんじゃないの?」
「あ? 異次元? 何言ってんの? 異次元に跳べるって、魔法を逸脱してるでしょそれ」
「でも、イギリスの魔法少女で異次元に跳べる子居るよ? 実際にはちょっと違うみたいだけど」
思い当たる節があったのか、イェーガーが心底嫌そうな表情を浮かべる。
「あの万年発情期の白兎か……」
「そう、その白兎。ラビットの魔法は空間系でしょ? なら、異次元も可能性としては低く無いと思うな」
「確かに……」
異次元に跳んでいるのであれば、姿が見えない事と攻撃が当たらない事にも説明がつく。
「気配がかなりうっすいのも納得だわ」
同一次元に居ないのであれば、気配だってろくに感知できない。
だが、薄っすらと感知できるのであれば、近い次元に存在しているという事だろう。この異譚に入った時は気配すら感じられなかった事から、本気になれば遠い次元に隠れられるのだろうけれど。
「まぁ、つまりあいつが出てこないと勝負すら始まらないって事ね……」
「そういう事だと思うよ。どうしよっか? 追い続けてもこっちも疲弊するだけだし……」
「……とりあえず、距離を空ける。付かず離れずで監視して、出て来たところを叩く。あんた、気配隠したりする魔法かけられる?」
「うん、あるよ」
「じゃあそれ自分に使っておいて。こっちが感知出来んなら、あっちだってこっちを感知してるだろうしね」
「イェーガーちゃんはどーするの?」
「自前で持ってる」
そう言った直後、イェーガーの気配がおぼろげになる。
まるで、街並みに溶け込んでいるかのように自然に、違和感など無いかのように溶け込む。
目の前に居るのに、まったく気配を感じられない。
「わぁ、凄い」
「狩人なめんな」
「そう言えばそうだったね。よし、じゃあワタシも。小鳥さん、夢の終わりを告げてちょうだい」
アシェンプテルの言葉の直後、二羽の白い鳥がアシェンプテルの周囲を旋回する。
すると、アシェンプテルの銀のドレスがみるみるうちにみすぼらしい町娘のような服装に変わっていく。
継ぎ接ぎだらけの服に身を包んだアシェンプテルの気配はイェーガーと変わらぬ程に薄まっていた。
「似合ってるわよ」
「それはどーも」
イェーガーの皮肉をすんなりと受け流すアシェンプテル。
「イェーガーちゃんもみすぼらしい村娘モードにしたかったなぁ」
「……ふざけんな。もう二度となってたまるか」
「え?」
「……チッ。なんでもねぇよ」
アシェンプテルの言葉に思わず口をついて出てしまった言葉に聞き返され、思わず舌打ちで誤魔化した。
人々に希望をもたらすのが魔法少女であり、夢と希望を持って魔法少女になる者は少なくない。けれど、誰しもが夢と希望を持って魔法少女になる訳では無い。
魔法少女は慈善活動家ではない。魔法少女は職業なのだ。




