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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚29 黒い女

 花の魔法少女のまとめ役である少女に事情を聞き、イェーガーはなるほどと頷く。


 あの時、異譚支配者が姿を現わさなかったのは無視できない手傷を負ったからだ。


「そんで? その黒い女何者?」


「分からない……突然現れて突然消えたから……」


「なるほどね……で、これがその女の仕業と」


 言って、体育館の壁と天井を見やる。


 体育館の壁から天井にかけて大きな斬撃の跡が残っていた。


 聞いた話ではたった一太刀振るっただけであり、その一太刀で誰も傷を付けられなかった異譚支配者に無視できない手傷を負わせ、建物を崩壊させかねない程の損害を与えたのだ。


「チッ……どうなってんだか」


 苛立たし気に頭を掻きながら、イェーガーはアシェンプテルのところへと向かう。


「ど? 治りそ?」


 イェーガーが訊けば、負傷者の治療をしていたアシェンプテルがその手を止めてイェーガーを見やり、悲し気に首を振る。


「ダメ……外傷は無いはずなのに、まったく起きない……」


「外傷がない? 斬られたんでしょ?」


「うん、でも、何処を見ても外傷が無いの。中が傷付いてる訳でも無いし……」


「じゃあ死んでんの?」


「……そーいうデリカシーの無い言い方、良くないと思うな」


 珍しく眉を顰めるアシェンプテルを鼻で笑い、イェーガーは続ける。


「そんなの今どーでも良いでしょ。なに? デリカシーで身でも護れんの?」


「身は護れなくても、人の心を無闇矢鱈に傷付ける必要も無いでしょ」


 眉を顰めるどころか、完全に怒っている様子のアシェンプテル。


「……あー、はいはい。あたしが悪ぅございました。で、どーなの?」


 適当に謝るイェーガーを見て更に眉を寄せるも、アシェンプテルも物事の順序は理解している。イェーガーのやんちゃ(・・・・)は後でアリスに叱ってもらえば良い。それが一番イェーガーには良い薬だろう。


「生きては、いると思う……ただ」


「ただ?」


「……命の気配がかなり薄い。確かにそこに在るんだけど、どこか遠い所にある感覚……」


「植物状態みたいな感じ?」


「近いとは思うけど、根本が違うかな」


「ま、なんにせよ厄介って事ね。やられた全員そんな感じ?」


「うん……」


 一般人も魔法少女も関係無く、全員が同じ状態になっている。


 魂はそこ(・・)に在る。けれど、呼吸も脈も心臓の鼓動も在りはしない。


 魂は在るのに、起きる事が無い。身体も動いておらず、いわゆる生命活動(・・・・)というものを一切していない。


 その魂を感知できるのは魔法少女だけである。世間的に言えば、彼女達は死んだことになるだろう。


 結論を言えば、魂として生きてはいるが、身体は死んでいる状態だ。


 だからこそ、アシェンプテルは言葉を選ばずにはいられない。


 アシェンプテルには魂が感知出来ている。その点では、彼女達は生きていると言える。だが、身体の機能が停止しているのであれば、それは死んでいると言えるだろう。


 どちらとも取れる。だからこそ、アシェンプテルは答えを出せない。その者の生と死が、アシェンプテルの言葉一つで決められてしまうという事実は、あまりにも責任として重すぎた。


「治せんの?」


「……今のワタシじゃ、無理かな。治すっていう概念で合ってるのかどうかも、分からないし……」


 回復、治癒ともまた違う。試しに回復魔法をかけてみたけれどまったく手応えが無かった。


 怪我のたぐいではない。それ以上の、何か、とんでもない力による現象。


「指出でも?」


「多分、無理だと思う……」


「アリス……は、確か生物には作用しないのよね、あのなんちゃって万能魔法」


 つまり、現段階での回復は不可能、という事になる。


 一撃必殺の攻撃を持つ異譚支配者。


「ま、当たらなきゃ良いだけの話ね」


 少なくとも、異譚支配者は生半可な攻撃はしてこない。一撃必殺であるのはどいつもこいつも同じ事だ。別段驚くような事ではない。


 漁港の異譚支配者の体内の魔力を酸に変換する魔法にもある程度の制限があった。強い魔法、強い能力にはそれ相応の制約がある。


 今回の異譚支配者の一撃必殺も何らかの制約があるに違いない。


 それに、謎の人物が一太刀浴びせている。その分、相手も疲弊しているはずだ。


 他の面々はともかくとして、イェーガーであれば十分な火力が出せる。堅い鱗をぶち抜く自信がある。


「で、どーする?」


「どうするって?」


「こいつら治療出来ないんならここに居る意味無いっしょ。なら、早く倒した方が良くない?」


 言い方は雑だけれど、イェーガーの発言は正しい。


 なにせ、アシェンプテルはこの場でこれ以上の仕事は出来ない。怪我人が居ないのであれば、治療なんて必要無いのだから。


 早く異譚支配者を倒せば、それだけ被害は減る。三人の取れる行動は一つだ。


「……そう、ね。うん、倒しに行こう」


「そうこなくっちゃ」


 にやりと笑って、イェーガーは即座に踵を返す。


 しかし、直ぐに嫌そうに顔を顰める。


『はろはろはろー。のんびりやってる?』


「……うっざ……」


 小型無線機から聞こえる声に、心底から苛立たし気にイェーガーが言葉を漏らす。


「ロデスコ! もう着いたの?」


『現着したわよ』


『唯も居る』


『一も』


 連絡は異譚に到着したロデスコと菓子谷姉妹からだった。


「ならさっさと来いっつぅの」


『なーに? アタッカー二人じゃ倒す自信無いの?』


「は? 別に倒せるし。あんたに雑用押し付けてとっとと倒しに行きたいだけだから。主役待たせないでもらえる? 雑用係さん」


『あらあら、まだまだねぇ、アンタ。雑用も一人でこなせて一人前よ? 半人前さん』


「は? あんたの仕事が無いから雑用させてやるっつってんのよ」


『雑用はアンタの仕事でしょ? 主役(プリンシパル)はいつだってアタシなんだから』


 相手も見えないのにバチバチと火花を散らすイェーガーとロデスコ。


「ああもう! 二人共喧嘩しない! ロデスコ、現着したなら早く来てちょーだい! けっこうヤバめな相手なんだから!」


 言い合いを続ける二人に割って入るアシェンプテル。こうでもしないと二人は延々と口喧嘩を続けるのは良く分かっている。


『……はぁ、残念だけどアタシはいけないわ』


 だが、無線機の向こうから不服そうな声が返ってくる。


「どういう事?」


『入れないのよ。多分、そっちが外に出られないのと同じ原理だと思う』


 ロデスコの言葉に思わず息を呑む。


「そ、そんな……」


 出るだけではなく、侵入も不可能。つまり、援軍も無ければ脱出も不可能という事に他ならない。


「じゃ帰れし」


 しかして、イェーガーは強気な態度を崩さない。


 が、それはロデスコも同じだ。


『おほほ! 御免遊ばせ! アタシは超優秀だから境界くらい壊して入れますぅ~!』


「チッ、ならさっさと来いよめんどくせぇな……」


 心底面倒くさそうにするイェーガー。だが、壁が壊せるのに来ないというには理由が在る。


境界(これ)壊せんの、国内じゃアタシかアリスしかいないじゃない? だから、アタシは境界(これ)を壊す係』


「なるほど……ロデスコが壁を壊してる間に住民を外に出すって事ね」


『そいうこと。アタシが行くのは全員避難させた後。まーあ? アンタ達がさっさと倒してくれればそれで済む話なんですけどー?』


 煽るように言うロデスコに、イェーガーは額に青筋を浮かべながら返す。


「上等……。雑用係の仕事もさせずに終わらせてやるわ」


『口だけは達者ねぇ。ま、精々頑張りなさいな。あ、最初の避難タイミングで菓子谷姉妹(デザート)送るから、そのつもりで』


『デザート』


『砂漠ではない』


「了解。二人の合流を待ってから――」


「いや、戦闘地点送るから。二人共そっちに合流して」


 割り込んできたイェーガーに、アシェンプテルは冷静に訊ねる。


「待った方が良いと思うけど?」


待つ(その)間に被害が出る可能性も考慮してる。回復不能なら、被害者増やさない方が賢明だと思うけど?」


「……」


 確かに、待った方が安全に異譚支配者を狩れる。


 けれどその間に住民の被害も予想される。いや、住民だけではない。魔法少女側にも被害が出るだろう。


 確実性を取るか、被害拡大の阻止を取るか。


「ヤバそうなら足止めだけでも良いでしょ。二人も待てるし、被害も広がらない。一石二鳥じゃない?」


 倒せそうになかったら時間稼ぎをすれば良い。時間稼ぎだって、何度かやった事がある。要点は心得ている。


 それに、治せないのであれば、これ以上の被害の拡大は阻止すべきだ。


「……分かった。でも、無茶はしない。良い?」


「了解。って事だから、現地集合ね」


『『了解』』


 方針を決め、通信を切る。


「っし、じゃ行こう」


「待ってください!」


 さっさか向かおうとするイェーガーを、シュティーフェルが引き留める。


「なに?」


「わたしも行きます! がっちがちの戦闘は無理でも、陽動と攪乱なら出来ると思います!」


 ふんすと鼻息荒く主張するシュティーフェルに、アシェンプテルは言う。


「今回は、こっちで待機していて欲しいかな。住民の方達を護る手も減っちゃったから……」


「で、でも、お二人だけじゃ――」


「こっからがっちがちの戦闘しに行くのに、戦闘が出来ない奴は邪魔。足手纏いなんだから、良い子に雑用してなさい」


「あ、ぅぅ……」


 イェーガーの歯に衣着せぬ物言いに、しゅんと耳と尻尾を垂れさせて落ち込んだ様子を見せるシュティーフェル。


「……言い方は悪いけど、ワタシも今回ばかりはイェーガーちゃんと同じかな。シュティーちゃんは住民の方達の避難誘導。良い?」


「……分かりました」


「うん、良い子。ちゃんと皆を護ってあげてね」


 言って、シュティーフェルの頭を撫でるアシェンプテル。


 異譚支配者との命を懸けた戦いだ。新人であるシュティーフェルは連れていけない。


 シュティーフェルを置いて、二人は異譚支配者の元へと向かう。


 体育館から出た二人を、少し離れた建物から黒いセーラー服を身に纏った少女が眺める。


「キヒヒ。行っちゃった。でもまぁ、僕はこっち(・・・)かな……」


 言いながら、体育館に視線を移す。視線の先には、酷く憔悴した様子の美奈が必死に住民達の避難の準備を手伝っていた。


「さて、どうなる事やら」


 キヒヒと一つ笑い声を残して、少女は忽然と姿を消した。


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