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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚28 斬撃解放

 それは、まさに一瞬の出来事だった。


 瞬きもしない一瞬の間に、それはすぐそこまで来ており、その凶刃を振るっていた。


 それ(・・)は、虚空を割って(・・・)現れた。


 空間が割れ、ぬるりと全体を表したそれ(・・)は、まるで暗い闇を思わせる程冷たく巨大な複眼が体育館に居る人達をねめつける。


 巨大な身体は半透明でありながら、びっしりと敷き詰められた巨大な鱗がさざ波のように波打つ度に強く眩い光を放つ。


 身体からはまるでロープのような触手が幾つも垂れ下がっており、不気味に空を彷徨っている。


 全面には巨大な鎌のようにも出刃包丁のようにも見える刃が二つ付いており、粘液のようなものを滴らせている。いや、良く見れば粘液は体中から滴っており、今もぼたぼたと体育館の床を汚している。


 半透明な不気味なそれ(・・)が異譚支配者であると確信したと同時に、体育館中に悲鳴が響き渡った。


 一般市民のかもしれない。他の新米魔法少女のかもしれない。いや、いや。違う。喉が痛い。耳が痛い。肺から空気が抜けていく。


 そう。自分のだ。それは、自分の悲鳴だった。


 あまりにも悍ましく、あまりにも恐ろしく、あまりにも名状しがたいそれに、美奈は確かに恐怖を覚えたのだ。


 サンフラワーが倒れ込み、体育館に悲鳴が響き渡る中、熟練の魔法少女達は酷く冷静だった。


「狼狽えるな!! 体育館から退避!! 蕾と芽は避難誘導!! 花は全員でコイツを抑える!!」


「「「「「了解!!」」」」」


 そうして、戦いが始まった。


 魔法の武器を作りだし近接戦に回る魔法少女と、中、遠距離に回って援護をする魔法少女に別れる。


 魔法少女の攻撃を、異譚支配者は鎌とロープのような触手を使って対応しながら、まるで空を泳ぐように移動する。


「全員、体育館から出てください! 急いで!」


 蕾の一人が避難を促す。


 しかし、突然目の前に現れた異譚支配者の圧に押されて、全員が腰を抜かしてしまっている。これでは移動も出来ないだろう。


「くっ……! それなら……!」


 一人が即座に魔法で体育館の扉をぶち抜く。


「抱えて走れ!!」


 動けないのであれば、強制的にでも移動させる他無い。


 魔法少女であれば人一人抱える事など造作も無い。一人が二人ずつ小脇に抱える事も出来る。


 が、それではあまりに数が足りない。


「足りない()は私が!」


 言いながら、床に魔法の銃弾を撃ち込む。


 直後、銃弾が撃ち込まれた床から蔦が伸び、人々を絡めとって体育館の外へとバケツリレーのように運んでいく。


 アリス程では無いけれど、魔法にある程度簡単な命令をする事は出来る。


 しかし、運べるのは体育館の外までだ。トランプの兵隊(カードソルジャーズ)であれば勝手に移動してくれるのだろうけれど、こちらはそうもいかない。


 住民の数は魔法少女達よりも圧倒的に多い。新米魔法少女達の動きも堅く、退避には時間がかかっている。


 その間、花の魔法少女達がどうにか異譚支配者を抑えてくれてはいるけれど、背後に住民を庇っている事と戦場とするにはあまりに狭すぎる体育館では思うように動けずに悪戦苦闘している。


「コイツっ……かったいなぁ……!!」


「刃が通らない! 弾も矢も微妙っぽい!」


生半(なまなか)な攻撃じゃ埒が明かない……!」


 鱗があまりに堅すぎる。それに、堅いだけではない。身体中から滲み出ている頭が痛くなるような臭いのする粘液も魔法少女達の攻撃を阻んでいる。


 加えて、異譚支配者の持つ二本の鎌である。


 堅く、素早く、鋭い。床や壁をまるで豆腐でも切るようにすっと斬り裂いている。その切れ味も恐ろしいものだけれど、真に恐ろしいのはその隠された(・・・・)能力だろう。


 異譚支配者に斬られたサンフラワー。一瞬だけしか見えていないけれど、倒れ込んだサンフラワーに外傷は無かった。にも関わらず、サンフラワーはまるで糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。


 斬ったのは二本の鎌のどちらか。その鎌に、何か秘密があるはずなのだ。


 信じたくは無いが、鎌での攻撃が一撃必殺の可能性もある。一撃必殺なんて在り得ない程に規格外な攻撃ではあるけれど、前例が無い訳では無い。


全属性の致命を束ねた一撃。アリスの致命の大剣(ヴォーパルソード)も直撃すれば一撃必殺だ。


 アリスの致命の大剣(ヴォーパルソード)と同系統の攻撃である可能性は十分にある。故に、踏み込みは浅くなる。


 どれだけ斬られれば命を獲られるのかが分からない。掠っただけで即死なのか、しっかりと斬り込まれたら即死なのか、それが分からない。


 ともすれば、触れただけで即死の可能性もある。


「めんどくさっ!」


 文句を言いながら異譚支配者の鎌に気を付けながら立ち回る。


 此処で倒す必要は無い。住民が退避するまで引き付けてから戦線離脱すれば良い。


 だが、きっと事はそう簡単には運んではくれないだろう。


 恐らくは一撃必殺の鎌に、姿を消す能力。いや、体育館に異譚支配者が通れるほどの穴は無い。小さくなって入って来たのか、それとも完全に姿を消す事が出来るのか。


 ともあれ、単体で厄介極まりない相手である事に間違いない。


 此処は何があっても凌ぐ。その後に、自身の考察と相手の能力の可能性を伝えなければいけない。だが――


「ぐっ……!! おんもッ……!!」


 ――凌ぐ事もまた難しい。


 鎌の一撃を受け止めるも、その威力に身体が仰け反る。


 場所も、状況も、あまりに分が悪い。


 せめて退避が済めばもう少し自由に動けるのだけれど、あまりにも人数が多すぎる。


 既に他の仲間が救援要請を出しているとは言え、退避まで持つかどうかが分からない。


そんな時、耳を(つんざ)くようなぎぃんっと金属を擦るような音が聞こえてくる。


「……ぐぅ……っ!! なによ、これ……!!」


 音に耐えながら異譚支配者を警戒していると、キィンッと一際甲高い音を立てて異譚支配者の姿が消失(・・)する。


「は? ……消えた……?」


 突然の消失に困惑する魔法少女達。


「まだ! 気配は近い! かなり薄いけど、まだ近くに――」


 警戒を促すその最中、またしてもキィンッと甲高い音が鳴る。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その音の直後、護っていたはずの住民の直ぐ傍に異譚支配者の姿があった。


「まず……!」


 どういう理屈かは分からない。けれど、今は理屈を考えている時ではない。


 直ぐに花の魔法少女達が対処に向かおうとするも、異譚支配者の動きの方が早かった。


 容赦無く、躊躇無く、命を刈り取る鎌を振るう。


 一般人も、魔法少女も、容赦無くその鎌で刈り取られる。


「あ、あぁ……」


 その光景を目の当たりにした美奈は、思わずその場に尻餅を着いてしまう。


 あまりに簡単に、あまりに無慈悲に、あまりに唐突に命が失われる。


 一般人も、魔法少女も関係無い。容易く命を刈り取られる。


 次は自分だ。自分の番だ。


 現状を整理した理解ではなく、生き物としての本能がそう告げる。


 そして、本能は正しかった。


 巨大な複眼が美奈を見据える。そして、迷うことなく異譚支配者は美奈へと迫る。


「ぃ、いやっ……!!」


 戦うでも、逃げるでも無い。美奈は、その場で頭を抱えてしまった。


 誰も、もう間に合わない。


「キヒヒ。仕方が無いなぁ」


 癇に障る誰かの笑い声が聞こえて来た。


「斬撃解放」


 その言葉の直後、轟音が響き渡った。


 驚いて顔を上げれば、美奈の前には見知らぬ人物(・・)が立っていた。


 黒く艶やかな髪。黒色のセーラー服。すらりとした長身で、手には一本の刀を持っていた。


「キヒヒ。お手々痛いや」


 言いながら、その女性は手に持っていた刀を投げ捨てる。


 投げ捨てられた刀はぼろぼろと崩れていき、やがて跡形も残さずに消失した。


 誰何(すいか)をする間も無く、異譚支配者が声にならない絶叫を上げる。


 見やれば、異譚支配者の堅い鱗が大きく裂けていた。誰も壊せなかった異譚支配者の鱗を、この少女はたった一撃で破壊してみせたのだ。


 異譚支配者と少女が睨み合う。


 が、即座に睨み合いは終わりを迎える。


 ぎぃんっと耳障りな音を立てた後、キィンッと甲高い音を立てて異譚支配者の姿は消失した。


 そして、圧倒的なまでの気配が遠のいていくのを感じる。


「キヒヒ。良い判断だ」


 少女がそう呟いたと思った直後、今まで目前に居たはずの少女の姿が消失する。


 瞬きなんてしていない。どこにも視線を逸らしていない。だというのに、その少女は忽然と姿を消したのだった。


 疑問も恐怖も、まだ美奈の思考と身体を支配している。


 けれど、確かに助かった事だけがたまらなく嬉しくて、たまらなく惨めで、たまらなく許せなかった。


「私……なんのために……!!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隠れ方 亜空間に潜むタイプなのか、探知されにくいように気配を薄くしてるのか 前者だと空間の開閉の前兆を辿るか空間干渉しないとどうしようもないけど、後者だと予測で範囲攻撃すれば多少は当て…
[一言] 確実に狩りに来てたなあ。厄介な。
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