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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣
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異譚26 GAME START

 異譚に入ってすぐにその違和感をイェーガーとアシェンプテルは感じ取っていた。


 あまりに静かな異譚内部。いつもは感じている禍々しい生き物の蠢動を感じない。


 世界があまりにも静か過ぎる。


「やっぱ出られなかったねー」


 周囲を警戒しながら、アシェンプテルが言う。


 入って直ぐに出ようと試みてみたけれど、堅い感触が返ってくるばかりで外に出られそうになかった。


 イェーガーも境界を撃ってはみたものの、その攻撃が境界を超える事は無かった。だが、報告通り手応えは感じた。完全に閉ざされている訳では無いけれど、壊すには一苦労だろう。


「アリスを呼ぶにしても、ちょっと考えないとだね。致命の大剣(ヴォーパルソード)は加減が出来ないし」


 境界を壊すにしたって、境界の外を約一キロにわたって壊す事になる。


 異譚の周囲は住宅街であり、そこで生活をしている住民が居る事を考えれば更地には出来ない。


「だから、核を倒せばそれで済む話でしょ」


「ちっちっちっ。次善策ってやつだよ」


「次善策が一番損害がデカいって終わってんね」


「そーなんだよねー……どーにか、ぬるっと出られないもんかなぁ?」


 イェーガーとアシェンプテルは話しをしながら進む。けれど、シュティーフェルは気が気でない様子で周囲を見渡している。


「……アシェンプテル、なにか気配掴めた?」


「ううん。全然。異譚生命体の気配すら感じないよ」


「シュティーフェルは?」


「わ、わたしも、なにも感じないです! 音も、匂いも……」


「チッ、面倒ね……」


 面倒臭そうに舌打ちをして、いったん脚を止める。


「炙り出す?」


 言って短銃を構えるイェーガー。


「乱暴なのはダメかな~。結果的に壊れちゃうのと意図的に壊すのだと大きく違うし」


「冗談よ。……それにしても、こんだけ気配を感じないってどういう事? 今まであった?」


「すっごく小さかった事はあったけど、気配がまったく無いっていうのは初めてかなー」


 異譚支配者の内包する魔力量は多い。漏れ出る魔力は無駄になるので、内に留めようとしている者が多い。だが、いかに異譚支配者と言えど、完全に魔力を隠す事は出来ない。


 その漏れ出た魔力から異譚支配者の位置を把握しているのだ。


「どこにも反応無いっておかしいでしょ。完全に隠密してんの?」


「だとしたら、定説が覆されちゃうね。完全に魔力の放出を制御できる異譚支配者とか、厄介極まりなーい」


「でも、それなら匂いも音もしないっておかしく無いですか? 臭いも音も完全に消せますかね?」


「確かに。シュティーちゃん冴えてる~」


「え、えへへ。ありがとうございます」


 シュティーフェルを褒めながらよしよしと頭を撫でるアシェンプテル。


 シュティーフェルは嬉しそうに頬を緩める。


「獣の五感でも捉えられないって事は、この場には居ない……? 異譚の外に居るとか……いや、なんでわざわざ外に……」


 自分の考えを整理するように、イェーガーはぶつぶつと独り言を呟く。


 異譚からも出られない。異譚支配者も発見できない。


 まさにどん詰まりになったその時、突如として金属を擦り合わせたような甲高い音が鳴り響く。


「――っ!? 何ですか!?」


「ボサッとするな! 戦闘態勢!」


「は、はい!」


 慌てふためくシュティーフェルに、イェーガーが喝を入れながら両手に短銃を構える。


 シュティーフェルは腰に佩いた軍刀を引き抜き、しきりに周囲を警戒する。


「援護しておくね」


 アシェンプテルは即座に二人に強化魔法をかける。


 二羽の白い鳥が二人の周りに光の粒子を落として二人を祝福する。


 かけたのは物理・魔法防御。物理的攻撃と魔法的攻撃をある程度緩和してくれる。


「この音、いつまで……」


「耳が痛いですぅ……!」


 ぎりぎりと鳴り続ける異音は異譚中に響き渡る。


 まるで奈落の底から響くように、冷たく肌を刺す異音。


 異譚の中に居る全員が不安と緊張に駆られる中、それ(・・)は唐突に気配(・・)を現わした。





 気配の出現と同時に異音が緩やかに止んでいく。


「全員警戒態勢!!」


 サンフラワーが声を張り上げる。


 張り上げた声は一時避難所である学校の体育館に鋭く響く。


 サンフラワー達は異譚から出られないと知ると、直ぐさま異譚の境界にほど近い小学校へと向かった。


 現状、異譚からは出られないけれど、脱出するための手段が分かった時に即座に動けるように境界に近い位置に避難してきたのだ。


 避難が完了した直後にこの異音と気配。


「これ……まずいかもです……!」


 隠す事を知らないとばかりに強大な魔力がだだ洩れである。


 その底冷えするような気味の悪い魔力は、アリスが異譚支配者に扮した時の比ではない。


 この感覚は、漁港の時と同じ。


 異譚の危険度を頭の中で更新したサンフラワーは即座に本部に連絡を入れる。


「こちらサンフラワー! 異譚侵度の引き上げをお願いします! 申請推定ランクはBです! 至急応援をお願いします!」


 一番経験が豊富なサンフラワーが言うのだ。それは程までに危険な相手だという事だろう。


「……どうする?」


「積極的な事態の収拾は他の子達に任せましょう。私達は住民と新人の護衛に努めます。彼女達にこの相手は早すぎます……」


「あちゃぁ……まさかのハズレくじだ……」


「泣き言言わないでください」


「はいはーい。ま、可愛い後輩達にちょっと恰好良いところ見せちゃいますか」


「ですね。……芽の子達は住民の皆さんの警護を! 蕾は半数が警護、半数が花と一緒に迎撃に回ってください!」


 サンフラワーの命令に、ところどころから『了解』と返答があるものの、新米魔法少女達の声には覇気が無い。


 無理も無い。比較的安全な異譚だと言われて来たのに、蓋を開けてみれば異譚侵度Bという熟練の魔法少女ですら命を落とす異譚だったのだから。


 住民達の不安も大きいのか、ざわざわと不安の声が漏れ聞こえてくる。


 サンフラワーは振り返り、笑顔を住民達へ向ける。


「大丈夫です! 皆さん落ち着いてください! 絶対に私達が護りますから!」


 不安げな視線がサンフラワーに集まる。


 住民達の視線を真っ向から受け取ってなお、サンフラワーは笑顔を絶やさない。


「大丈夫です! 魔法少女は負け――」


 キィンッと甲高い音が鳴り響いた。


「――え……?」


 それは、あまりにも唐突だった。


 励ましの言葉を言い切る前に、サンフラワーが糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ込んだ。


 サンフラワーが倒れ込むその直前、サンフラワーの背後の虚空からそれ(・・)は姿を現わし、鎌のような鋭い触腕でサンフラワーの身体を斜めから斬り裂いた。


 獰猛な狩人(・・)の目が妖しく光る。


「……げぇぃむぅ……ずぁぁ……どぉ…………」


 地の底から響くような()が口と思しき器官から発せられる。


 住民達の悲鳴が響き渡った。





「ひ、引き上げ申請……!」


「しかもBとはね……」


「どうしますか? 沙友里さん」


 異譚対処中の異譚侵度の引き上げ申請はそうある事ではない。


異譚は徐々に広がりを見せるために、異譚侵度はその広がりに併せて引き上げられる。そのため、異譚侵度が上がる事は在るけれど、異譚が広がっていないにも関わらず異譚侵度の引き上げ申請がある事は珍しい。


 それだけ、中で異常事態が起こっているという事に他ならない。


「私は、いつでも行ける」


 確固たる目でアリスは沙友里を見やる。


「アリスは待機だ。カフェテリア(ここ)に来る特例を忘れた訳じゃ無いだろう?」


「それは異譚侵度がDだった時の話」


「変わらないさ。異譚侵度Bであれば他の面々で事足りる。唯と一、朱里の三人に行って貰う」


「「了解」」


「りょー」


 気の抜けた返事をしながら、朱里はソファから立ち上がる。


「ま、アンタの出る幕じゃないって事よ。英雄さん」


 それだけ言って、さっさと移動のために向かう朱里。


「唯に任せるの」


「一に期待なの」


「が、頑張ってくださいッス!」


 唯と一は瑠奈莉愛とハイタッチをしてから朱里の後を追う。


 こういう時、英雄である事が酷く不便だ。


 いつもは待機に何の疑問も抱かない。何の不満も抱かない。けれど、今日だけは不満も疑問も苛立ちも、じくじくとアリスの内側から突いて主張してくる。


 それが、酷くアリスの心をささくれ立たせた。


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― 新着の感想 ―
[一言] うーんこの無能上層部 脅威度変わってる時点で即最大戦力で叩き潰すべき異常なのに この期に及んで戦力の逐次投入とは
[気になる点] 嫌な感じだけど大丈夫なんだろうか(大丈夫じゃない) [一言] 今回の異譚で沙友里さんの立場悪くなったらどうなるんだろう。 それはさておきチェシャ猫はん、たのんます
[一言] 春花状態は一般人なのか?割と戦えそう。魔法はレジストだけ猫にやってもらうとか。 アリスは行ってないって言い訳できそう。
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