異譚86 エクストラステージ
すみません。普通に体調崩して寝込んでました。
疲労と気温差で喉痛い痛いでした。
皆様も体調にはお気をつけください。
ロデスコの四肢が煌めき、四条の尾を描きながら流星となって急降下する。
対して、アフーム=ザーはその場に制止。自身を起点として拡散する炎を中心に凝縮させる。
凝縮は一瞬。急降下するロデスコに向け、アフーム=ザーから冷炎の極光が放たれる。たった一瞬の魔力の凝縮にもかかわらず、その規模と威力はヴルトゥームの極光を軽く凌駕する。
流星と極光が衝突する。
衝突の直後、大地を揺るがす程の衝撃が広がる。
強大な力の拮抗は一瞬。その一瞬で、勝敗は決した。
「ぬるいったらありゃしないわねぇッ!!」
流星が極光を割り、裂かれた極光を後方に散らしながら迫る。
アフーム=ザーは最後の一撃に全魔力を注いだ。崩壊していくだけの身体から魔力をかき集めたのだ。本来の実力の半分程の実力を出せるとは言え、その実力を維持するための魔力が無い。
ゆえに、一番威力が高いのは初撃まで。そこから先の威力は減衰していくだけである。
初撃で拮抗してしまった時点で、アフーム=ザーの敗北は決まっていたのだ。
「この程度の炎でアタシを止められる訳無いでしょうがッ!!」
未だ趨勢衰えぬ流星が迫る。
「人の恋路を邪魔する奴はねぇ――」
冷炎の炎を裂き、その熱を奪い、巨大な流星となり夜空に瞬く。
「――アタシに蹴られて死になさいッ!!」
一瞬で急激に加速し、残りの極光を割り、勢いそのままにアフーム=ザーを劈いた。
轟音。後に、激しい衝撃と熱が広がる。
衝撃波と熱風は異譚中に広がるけれど、アフーム=ザーが爆発した時程の威力は無く、遠くにいるアシェンプテル達に被害が及ぶ事は無い。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
一番近い位置で爆風や衝撃波を背に受けながらも、ロデスコは自身で作ったクレーターの上に立つ。
流石に疲労があるのか、肩を大きく上下させながら息を荒げる。
勝った。辛勝とは言え、勝ちは勝ちだ。
「はっ……ざまぁ、無いわね……」
疲労の伺える笑みを浮かべながら、花火のように散っていくアフーム=ザーを見やる。
「……とりあえず、皆のとこに戻って、それから……」
それから、多分自分は意識を失って、次に目が覚めた時には心配そうな顔をした朱美の姿を見て、その後に安堵したような笑みを浮かべる春花を見て、それで、それで――
「っと……まだ、意識失うな、アタシ……」
ふらつく身体に活を入れて、ロデスコはアシェンプテル達の待つ拠点へと向かおうと一歩を踏み出す。
パチ、パチ、パチ、パチ――
ロデスコが一歩を踏み出した瞬間、何処からともなく乾いた音が聞こえてくる。
それは、この場に似つかわしくない音。何かを称える時に聞こえてくる音。
聞こえてくるのは、誰かがロデスコを称える拍手の音。
『いやはや、実に素晴らしいですね。まさか、半分程の実力とは言え、あのアフーム=ザーに押し勝つとは』
不意に聞こえて来た声の方を見やれば、そこには赤いドレスに身を包んだ女性が立っていた。身体付きで女性とは分かるものの、彼女の顔は見えない。子供が黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに線を引いたような靄が彼女の顔には重なっている。
最早驚く元気すらないロデスコは、半眼で赤いドレスの女を睨み付ける。
「アンタ、あの時の……」
実際に面識は無いけれど、ロデスコは赤いドレスの女を知っている。
瑠奈莉愛に鍵を渡し、異譚支配者に変貌させた張本人。何らかの事情を知っている、主催者側に近い存在。
赤いドレスの女は拍手を止め、ロデスコの作り上げたクレーターを見回す。
『本当に、素晴らしいです。たった一人の人間がこれだけの威力を生み出す事が出来るとは……』
素直な称賛を口にするけれど、その声音に温かみは無い。
『薄々分かっていた事ではありますが、貴女が一番の障壁になりますね』
そう言って、赤いドレスの女はクレーターからロデスコに視線を移す。
赤いドレスの女の顔は伺えない。それでも、明確に目が合ったとロデスコは感じた。
『ゲームはバランスが取れていた方が面白い。そうは思いませんか、ロデスコ?』
「知らないわよ、アタシ、ゲームそんなにやらないもの」
『そうですか。ゲームにはバランス調整が必要なのです。圧倒的に強い敵が居ればプレイヤーは萎えてしまいますし、圧倒的に強い味方が居ればプレイヤーは達成感は得られない。楽しむ為には、丁度良いバランスと言うものがあるのです』
「あっそ。んで、何が言いたい訳?」
『あら、お分かりになりません? あの子も強くなって来ましたし、他の子達も順当に覚醒を果たしてきている。貴女だけが特筆し過ぎている現状、ゲームバランスは大きく崩れてしまうのです』
ぱんっと一つ手を鳴らす。
直後、赤いドレスの女から膨大な魔力が放出される。
『つまり、エクストラステージですよ、ロデスコ』
放出された魔力は黒い靄となり、赤いドレスの女の姿を隠す。
それを見たロデスコは、心底から疲れ切った表情を浮かべる。
「あぁ……くそったれ……」
その魔力量は先程のアフーム=ザーと同等であり、それだけで目の前の存在が何者であるかを悟る事が出来る。
炎のように燃える三つの眼がロデスコを射抜く。
『アリスは解けぬ異譚の牢獄の中。スノーホワイトは全力を出し尽くして戦闘不能。イェーガーは原始獣人の後始末。つまり、誰も助けには来ません』
巨大な翼が羽ばたく。たった一度の羽ばたきで衝撃波が生まれ、周囲の地面を割る。
「こっちはもうお腹一杯だっつうの……」
弱音を吐くものの、ロデスコは一つ息を吐いてから即座に戦闘態勢を取る。
燃える三つの眼に、黒く大きな翼を備えた異形の姿。
『生きたければ、私に勝つしかないですよ。ロデスコ』
挑発するように、威嚇するように、燃える三眼は大きく黒翼を広げた。




