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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚24 銀姫と長靴

 異譚へ向かう装甲車の中、珠緒は心底面倒くさそうに溜息を吐く。


「はぁ……なんであたしが雑魚異譚ごときで出撃しなきゃいけないのよ……」


「そんな事言ってると、アリスちゃんに怒られるよー」


「はっ、別に怒られたって構いやしないわよ。怒ったところで怖く無いし」


 アリスはあまり怒らない。怒ったとしても、いつもと口調が変わらないし、若干声のトーンが落ちるくらいだ。みのりや白奈は怒られればしょんぼりするだろうけれど、朱里や珠緒のように気の強い面々は怒られたところで別段凹んだりはしない。


「ていうか、わざわざあたし達が出向く必要のある異譚じゃなくない?」


 言いながら、珠緒はタブレット端末で異譚の情報を確認する。


「範囲狭いし、異譚の侵食力も弱いし。雑草(・・)でなんとかなるんじゃないの?」


「そーいうのも、アリスちゃん怒ると思うよー」


「だから、別にアリスがどうとか関係無いし。マジでしつこい」


 アリスを引き合いに出す笑良に苛立ったように返す珠緒。


 笑良を睨みつける珠緒だけれど、笑良は別段怯んだ様子はない。


「アリスちゃん云々はともかくとしても、その発言はアウトかなーって思うよ、ワタシは」


「はっ、雑草を雑草って言って何が悪いの? あたしより弱い奴なんて雑草と星屑で充分でしょ」


「そう思うのは勝手だけど、口にするのは違うと思うよ。合同訓練の時だって、それで空気悪くしちゃったんでしょ?」


「事実を言われて勝手に拗ねただけでしょ? あたしだって強い奴は認めてるんだから、認めて欲しいなら強くなれば良いだけの話じゃない」


「でも、それは珠緒ちゃんの考え方でしょ? アリスちゃんは違う考えを持ってるし、その発言のせいでアリスちゃんにも迷惑かけたって聞いたよ?」


「迷惑なんてかけて無いし。勝手に怒って勝手に(ひが)んでるだけだし」


 強い口調は変わらない。けれど、一瞬だけ珠緒の目が泳いだのを笑良は見逃さなかった。


「それに、その後の行動はアリスの方に問題があったんでしょ? あたし関係無いじゃん」


「まぁ、それはそう。でもね珠緒ちゃん。アリスちゃんに迷惑をかけたっていう事実は変わらないよ?」


「だから、迷惑なんてかけてないって言ってんじゃん! しつこいんだけど!」


 苛立った様子で怒鳴る珠緒に、今までずっと居心地悪そうにして黙っていた餡子がびくっと身を震わせる。


 これ以上珠緒の機嫌が悪くなっても面倒臭いし、何より先輩達のぎすぎすした空気にさらされる餡子が可哀想だ。


 笑良としては、珠緒の態度は気になるところだけれど、この場でする話では無かったと反省する。


「……分かったよ。ごめんね、しつこくしちゃって」


 笑良が素直に謝れば、珠緒はふんっと面白くなさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。


 どういう訳か、珠緒の他人の判断基準は『強い』か『弱い』かで決まるらしく、アリスのように圧倒的な強さを持っている相手であればその者の人間性を認め、逆に珠緒よりも弱い相手であればその人間性を認めずに酷い態度を取っている。


 しかし、みのりのように戦闘能力が殆ど無い者を認めていたりもしており、珠緒よりも実力が劣る菓子谷姉妹の事も認めてはいる。


 もっと言えば、童話組に対しては態度が少しだけ軟化しており――朱里を除く――それ以外の者に対してはある一定の者を除いて酷い対応をしているのだ。


 珠緒はまだ十四歳。反抗期なのかなと思いつつも、このまま成長すれば珠緒にとっても良くないとは思う。


 ともあれ、珠緒の事は後で良い。性格に難があっても、実力は折り紙付きだ。珠緒の言う通り、異譚侵度Dであれば珠緒の出撃は過剰戦力とも言える。


 問題は、今回初出撃になる餡子である。


「ごめんね、餡子ちゃん。嫌なところ見せちゃって」


「い、いえ! 大丈夫です!」


 ぴんっと背筋を伸ばす餡子。


 異譚の事でも緊張しているだろうし、二人が言い争いに近い事をしたことに関しても緊張してしまった事だろう。


 そのお詫び、という訳では無いけれど、笑良は柔らかな笑みを作りながら餡子に言う。


「今回の異譚は最低ランクのDだから、あまり緊張しなくて大丈夫だよ。ワタシも珠緒ちゃんも居るし、他の魔法少女も居るからね」


「は、はい!」


 緊張するな、と言っても言われた通りにリラックスなんて出来ないだろう。


 笑良だって、初出撃の時はかなり緊張していたのだから。


 けれど、少し肩の力を抜いてあげることくらいは出来るだろう。そう思って、声をかけ続けようとした笑良だけれど、どうやら少し遅かったようだ。


 珠緒が窓の外を眺めながら、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「着いたみたいよ」


 珠緒の言葉に、餡子はびくっと身を震わせる。


 ほどなくして、装甲車が停止する。


 珠緒が気だるげに立ち上がり、さっさと装甲車を降りる。


「行こっか」


「は、はい……!」


 笑良に促され、餡子はおっかなびっくり装甲車を降りる。


 装甲車を降りた珠緒は早速魔法少女へと変身する。


 どこからともなく現れた巨大な狼が、勢いよく珠緒を頭から丸呑みにして、その勢いのまま地面に溶けるように消えていく。びちゃびちゃと、泥のように狼が溶けた後に出て来たのは、赤い頭巾を被った一人の魔法少女。


「早くしてよ。さっさと終わらせて帰りたいんだから」


 ちらりと二人を振り返り、面倒くさそうに言い放つ。


「はーい」


 笑良は柔らかく返事をしながら、いつの間にか足元に現れていた二羽の白い小鳥が笑良の周りを光り輝きながら旋回する。


 眩い光の粒子に包まれる笑良を見て、珠緒は嫌そうに目を細める。


「眩し」


「文句言わなーい」


 光の粒子が弾け、中から銀のドレスに身を包んだ魔法少女が現れる。


「あんたの変身いつも眩しいのよ、アシェンプテル(・・・・・・・)


「イェーガーだって、べちゃべちゃ周りを汚してるけどね」


「どーせ汚れんだから関係無いでしょ」


「掃除するのはイェーガーじゃ無いけどね」


 軽口を叩き合う二人を見て、餡子も慌てて変身をする。


 どこからか取り出した気障な羽飾り(エグレット)のついた帽子を被る。


 すると、帽子からぴょこっと三角の耳が生え、しゅるんっとお尻の辺りから尻尾が生えてくる。


 ぽんぽんっと軽快な音を立てて服装も変化し、中世の貴族の様な服装に早変わり。軍靴(ぐんか)のような厳つい見た目の長靴(ちょうか)が脚を覆い、腰に細身のサーベルが現れる。


「可愛い~」


 変身をした餡子を見て、アシェンプテルはぱちぱちと拍手をしながら餡子を褒める。


 可愛いと言われ、てれてれと照れた様子の餡子を見て、イェーガーは淡々と訊ねる。


「で、あんた魔法少女としての名前あんの?」


「無いです!」


「ふーん……じゃああたしが付けたげる」


 少し考える様子を見せた後、イェーガーは二つの単語を用意した。


「カッツェとエグレット。どっちが良い?」


 聞き慣れない単語に餡子は小首を傾げる。


「ちなみに、どういう意味ですか?」


「カッツェは(かつお)。エグレットはオムレツの親戚」


「えぇ!? どっちも嫌ですぅ!!」


 魔法少女としての自分と何の関係の無い名前に抗議する餡子を見て、珠緒がふっと笑みを浮かべる。


「冗談。カッツェは猫。エグレットは羽飾りよ」


「うぅ……内容は可愛いですけど、なんか語呂が厳ついです……」


「確かに、可愛くはないねぇ。にゃん吉とかどう?」


「可愛いけどペットに付ける名前です!」


「じゃあ、シュティーフェル」


「意味はなんですか?」


「長靴」


「採用です! 語呂も可愛いです! 今日からわたしはシュティーフェルです! よろしくお願いします!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら、餡子――シュティーフェルはぺこりとお辞儀をする。


 そんなシュティーフェルを見て、笑良はにこにこと優しい笑みを浮かべる。


 珠緒も少しだけ口角を上げるけれど、直ぐに表情を引き締める。


「行くよ。こんな異譚、直ぐ終わらせるから」


 虚空から現れた短銃を掴み、イェーガーは異譚へと歩く。


「さんせー。直ぐに終わらせちゃいましょ」


「頑張ります!」


 イェーガーに続いて、二人も異譚へと向かう。


 異譚侵度D。範囲の狭い異譚であれば、異譚支配者を簡単に見つけだしやすく、住民の避難も直ぐに済ませることが出来る。


 いつも通り、直ぐに終わる異譚。


 この時は、誰もがそう思っていた。


 予想外(イレギュラー)など、誰も想定していなかったのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しいかな、これが異譚の現実
[一言] >いつも通り、直ぐに終わる異譚。 > > この時は、誰もがそう思っていた。 > > 予想外イレギュラーなど、誰も想定していなかったのだ。 普段と違うという事はそれだけ未知のイレギュラーも起…
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