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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
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異譚83 なんなんだ君は

 遠くの方で魔力が弾ける。


 弾けた魔力量だけで、それが簡単に人の命を奪える事が分かる。


「――っ。二人共戻って来て!!」


 即座にアシェンプテルは前衛に出ている李衣菜と玲於奈に向けて声を張り上げる。二人も異常を察知していたのか、即座に後退する。


灰被りの城(シンダー・パレス)!!」


 二人が魔法の効果範囲に入った瞬間に、即座に灰被りの城を展開するアシェンプテル。効力は防御に全て注ぎ込む。


 灰被りの城を展開して直後、城全体に衝撃が走る。


「ぐぅっ……!!」


 一瞬でも気を緩めると即座に城が崩壊する程の衝撃が続く。


 歯を食いしばり、城が崩壊しないように維持し続ける。それでも、防御に特化したはずの外壁がボロボロと崩れていく。


「アシェンプテル!! お城の維持に集中して!! この子はあたしが治すから!!」


 城の維持とシュティーフェルの回復を同時に行っている事に気付いた真昼が、アシェンプテルからシュティーフェルの治療を引き継ぐ。


「お願い~……!!」


 シュティーフェルの治療を真昼に任せ、城の維持に全魔力を集中させる。それでも、城の崩壊は止まらない。


「……の、城……は、く、ずれ……せん……」


 小さく声が聞こえたと思ったその時、城にかかる負担が大きく減少する。


「シュティーフェル!! 魔法を使うのは止めて!! 死んじゃうわよ!?」


 真昼が悲鳴のような声を上げる。それを聞いて、城への負担が減った事に得心が行く。それと同時に不甲斐なさを覚える。


 シュティーフェルが瀕死の状態になってしまったのは、アシェンプテルの力量が足りていなかった事も理由の一つだ。


 シュティーフェルには防御魔法をかけていた。最後に魔法が直撃する時も、しっかりと防御魔法は機能していたのだ。それにも関わらず、シュティーフェルは瀕死の重傷を負っている。シュティーフェルの実力不足も原因だけれど、それをカバーしなければいけないアシェンプテルもまた実力不足だったのだ。


 アシェンプテルの魔法がもっと強力であれば、シュティーフェルがこんなに重傷を負う事は無かった。それに、こうして今もアシェンプテルの実力不足をカバーしてくれている。これでは、どちらが先輩か分かったものでは無い。


 不甲斐無さはあるけれど、衝撃を防ぎ切る事は出来た。徐々に減衰していく衝撃に少しだけ肩の力が抜ける。それと同時に、ある事実に思い至る。


「……ロデスコちゃんは、無事よね~……?」


 アシェンプテルの言葉に、全員が表情を曇らせる。


 この場の全員は城の中に居たから無事であっただけで、城の外に居れば確実に死んでいたはずだ。それほどの威力と熱量を持っていた。


 いくらロデスコが炎に耐性があるとは言え、これほどの衝撃を何の防御も無しに受ければただでは済まない。


「……アシェンプテル。城を解いてくれ」


「分かったわ~」


 李衣菜の言葉に、アシェンプテルは迷いなく応じて灰被りの城を解く。


 先程の衝撃は異譚全土に行き渡った。拠点の近くに居た人型の魔力も今は感じられないので、恐らくは先程の衝撃で全滅したはずだ。後一回くらいであれば城を展開出来るので、城を解いても問題は無い。


「恐らく、生きていたとしても重傷だろう。そうなれば、私達が戦う他無い」


「うゆ!! まゆぴーにまかせんしゃあい!!」


 ぽむっと自身の胸を叩き、臆した様子も無く振舞う真弓。それが真弓の本音では無く、この場に居る全員を安心させるためのポーズである事が分からない程、誰も楽観視はしていなかった。


 城が完全に解かれ、外の様子が露わになる。


「嘘やん……」


「これは……」


 外の状況を一目見て、全員が息を飲む。


 何も無かった。外には何も無かったのだ。


 冷たい炎は変わらずその場に鎮座している。だがそれだけだ。


 先程までは少なくとも瓦礫の類いはあった。燃えていたとは言え、建物の形を思わせる物もあった。


 だが、今は何も無い。青い炎が平らな地面を舐め、その先に冷たい太陽が鎮座するだけ。


 冷たい太陽も先程までとは比べものにならない程の炎を上げているのか、目が痛いくらいに白熱している。


「……こんな相手に、どうやって……」


 誰かがそこまで言葉を漏らした。その先は言わなかった。それでも、何を言いたいのかは全員が理解した。


 こんな相手に、どうやって勝つというのか。


 その姿を見ただけで、誰しもが希望を失った。


 その中で、シュティーフェルの目だけは、何かを訴えるように光を宿していた。





「……た……。ロ……コ」


 誰かの声が聞こえる。薄っすらと、ぼんやりと、誰かが呼んでいるのが分かる。


「起きた……。ロデ……」


 声が鮮明に聞こえてくる。意識が浮上していくのが分かる。


「起きたまえ。ロデスコ」


 とうとうその声がはっきり聞こえてくる。


 聞いた事があるけれど、聞き馴染みが無い男の声。


「起きたまえ。ロデスコ。……はぁ、起きるまで言い続けるのはしんどいぞ……」


 疲れたような溜息を一つ。それが妙に癪に触って、ロデスコはゆっくりと瞼を上げた。


「おお、起きたね。まったく、異譚で眠るとは豪胆な事だ」


 そう言って笑うのは胡散臭い事この上ない青年。名は、魔導士――


「ボンボン……」


「エイボンだ。僕が富裕層に見えるかい?」


 地面に寝そべるロデスコの顔をしゃがんで覗き見ていたエイボンは、ゆっくりと立ち上がってロデスコから離れる。


 何故エイボンが此処に居るのかは分からない。それに、気を失う前の記憶が無い。


 何かを知ってそうなエイボンに声を掛けようと、身体を起こそうとして顔を顰める。


「……っつぅ……」


「無理をしない方が良い。君の身体は既にボロボロだ」


 そう言いながら、以前と同じように何処からともなく出現した椅子に座るエイボン。


「いや、ボロボロと言うのも過小表現だね。ズタボロ? ズタズタ? うーん、上手くは言えないが、まぁ、見れば分かるさ」


「さっきから、なに、言って……」


 呑気なエイボンに苛々しながら、身体を起こそうとして気付く。


 手足の感覚が無い。


「ああ、見れないか。そうだよね。そうだとも。ごめんごめん。僕とした事が、失敬失敬」


 へらへらと笑みを浮かべながら、エイボンは椅子から立ち上がり、椅子の背もたれを持ってロデスコの頭上に椅子を置いてどかりと座る。


 そして、指をばちんっと鳴らせば空中に姿見が現れる。


 現れた姿見は寝そべるロデスコの真上に移動し、鏡面をロデスコに向ける。


 鏡に映る自分の姿を見て何故自分が起き上がれないのかを理解する。


「手足が無いなら、起き上がれる訳が無い。当然の帰結だったね」


 へらへらと苛立つ事この上ない笑みも、今はロデスコの視界に入らない。


 何せ、ロデスコの視線は姿見に釘付けなのだから。


 エイボンの言う通り、ロデスコの両手両足は欠損していた。ある程度残ってはいるけれど、本当にある程度だった。これでは戦闘どころか、日常生活もままならない程に。


 理解が追い付いていないのか、現実を直視したくないのか、ロデスコは姿見を見たまま動かない。


「さて、それじゃあどうする? もうご自慢の脚が無い訳だけど、このまま死ぬのを待つかい? それとも……」


 エイボンはロデスコの胸元に見える赤い鍵を指差す。


「その鍵を使うかい?」


 エイボンが渡した正体不明の赤い鍵。その鍵が及ぼす効力は知らないけれど、チェシャ猫が言うにはあまり良い物では無い。そんな代物。


「その鍵を使えば、この状況からでも一発逆転が出来る。そんな状態では戦えないだろう? それに、いくら魔法少女とはいえその状態が長引けば君は死ぬ。お母さんとの関係も良くなって、これから仲も深まるというところで死にたくはないだろう? なぁに、悪いモノじゃ無いさ。安心して使うと良い。そうすれば、君はこの先も――」


 エイボンの言葉を遮るように、炎が瞬く。


 それは冷たくも青い炎では無く、熱く強烈な赤い炎。


「さっきから、じゃりじゃりじゃりじゃり煩いのよクソ砂利が」


 はぁっと一つ溜息を吐いて、ロデスコは視線を姿見からエイボンに移す。


 ロデスコと目が合ったエイボンは即座に理解した。ロデスコは、まだ折れていない。その炎はまだ、消えていないのだと。


「鍵? んなもん必要無いわよ。アンタが何したいのかは知らないけど、アンタの都合の良い展開になったから出て来たんでしょ? だったら、ますます使う気なんて無いわ」


 はっと鼻で笑って一蹴するロデスコ。


「な、何故だ?」


「は? 何が?」


「何故そうも冷静でいられる……?」


 愕然とした様子で、エイボンはロデスコを見る。


 ロデスコの態度はあまりにも普通で、とても両手両足を失ったとは思えない程にいつも通りだった。


 エイボンには分かる。それが、強がりでもなんでもない事が。それが、ロデスコの本心から出る態度だと理解した。いや、一目見て理解させられたのだ。


「ば、馬鹿な。両手両足を失ってるんだぞ……?」


 狼狽えたようにガタガタと椅子を倒しながら立ち上がる。それは問いのようではあったけれど、殆どエイボンの独り言のようなものだった。


「だから何よ」


「だから!! 両手両足を失ってるんだぞ!?」


「だから、それが何だってのよ」


「馬鹿か君は!? その身体で何が出来る!? えぇ!? 鍵を使わなければ君は死ぬ!! 間違い無くだ!! なのに鍵を使わないだと!? 正気か!? 脚が無ければ戦えない君が、脚も無いのにどうやって――」


「だからそれがなんだってんだってさっきから言ってんのよこのクソボケがぁッ!!」


「――っ!?」


 エイボンの言葉を遮り、ロデスコは声を張り上げる。


 ロデスコの気持ちと呼応するように、ロデスコの身体から炎が噴き上がる。


 メラメラと熱く、冷たい太陽に負けないくらいに炎は白熱する。


「まだ生きてんでしょうが。そんでもって、まだ負けて無いでしょうが。だったら折れる必要なんて無い。アンタ、アタシが誰だか知ってんの? あぁ、知らないからうだうだぐだぐだ馬鹿みたいな言葉を並べられるのね。はっ!! なめんなクソが!!」


 炎は急激に火勢を増す。


 うねり、出鱈目に散っていた炎はやがて収束し、その形を作り上げる。


 その様子を見たエイボンは、まるで理解不能の生物と相対した時のように狼狽し、畏怖すら覚えるような目をして後退る。


 あり得ない。こんな事、あり得る訳が無い。


「な、なんなんだ……なんなんだ君は!!」


 狼狽を隠しもせずに、エイボンはそう口にする。


 エイボンの言葉を聞いたロデスコは、立ち上がり(・・・・・)、振り向く事も無く答える。


「魔法少女よ」


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ロデスコが主人公すぎる
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