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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
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異譚77 置いて行く覚悟

 瀕死の状態となったグレーテルを抱えて、ヘンゼルは急いで体育館へと向かった。


 背後で展開された巨大な氷壁に一瞬びくりと身を震わせたけれど、それだスノーホワイトの魔法だと知って安心感を覚える。


「待ってて、グレーテル……!!」


 ぐったりとしたグレーテルに声を掛けながら、体育館に辿り着いたヘンゼル。


 ヘンゼルとグレーテルを迎えた魔法少女達は、直ぐに瀕死のグレーテルの治療を行ってくれた。その間、気が動転しながらも、ヘンゼルはスノーホワイトが渦巻く闇と交戦している事と、氷壁はスノーホワイトが作ったものである事も説明した。


 ヘンゼルが説明している間にゆっくりとだがグレーテルの容態も回復してきていた。辛そうにしてはいるものの、意識ははっきりとしてきていた。


 グレーテルの容態が安定してきてほっとしたのも束の間、渦巻く闇が再度体育館を襲撃してきたのだ。


 即座に魔法少女達は応戦したけれど、渦巻く闇の破壊力は凄まじく、多くの魔法少女と一般人が犠牲になった。


 初撃を対処出来ずに体育館の崩壊に巻き込まれた一般人が居た。渦巻く闇に敗れた魔法少女が居た。その中で、ヘンゼルはグレーテルを逃がそうとした。


 ヘンゼルは戦えたけれど、グレーテルはまだ戦う事が出来る状態では無かったからだ。


 恐怖があった。グレーテルを失う事が怖かった。産まれた時からずっと一緒に居たグレーテルには絶対に死んで欲しくなかったから。


 打算があった。自分達が出せる光が渦巻く闇の弱点だから。三人の中で一番強いスノーホワイトを狙わなかったのは、二人が生み出せる光が弱点だったからだと直ぐに分かった。自分達が生き残れば渦巻く闇に勝てる可能性がぐんと上がる。


 弱さがあった。三人で勝てない相手に、一人で勝てる訳が無い。


 色んな感情が頭の中に渦巻いた。ヘンゼルを抱えてキャンディケインに跨った時、グレーテルがヘンゼルの手を掴んだ。


「置いて、って……」


「――っ!!」


 絞り出すような声で、グレーテルはヘンゼルに言う。


 キャンディケインは一人乗りである。それを、同じ物を操るグレーテルは良く理解していた。自分を乗せていてはキャンディケインの機動力は格段に落ちる。有象無象が相手であれば二人乗りでも問題は無い。だが、渦巻く闇の機動力は高い。一人では逃げられるだろうけれど、二人では逃げ切る事は難しい。


 それが分かっていたから、グレーテルは自分を置いて行けと言った。愛しい家族をむざむざ死に晒すような真似は出来ないから。


 例え自分が死んでも、ヘンゼルには生きていて欲しかったから


「……やだ……っ!!」


 けれど、生きていて欲しいと思う気持ちはヘンゼルも同じである。


 このままでは二人共死んでしまうと分かっていても、魔法少女の判断として間違えていると分かっていても、ヘンゼルはグレーテルを置いてはいけなかった。


 そんなヘンゼルの手を、グレーテルは精一杯握り締める。


「一、たち……魔法、少女……っ」


「分かってるっ!! 分かってる……」


 グレーテルの言いたい事は分かる。魔法少女だから、魔法少女として正しい決断をしろという事なのだろう。グレーテルの言いたい事なんて、言葉にされ無くても分かっている。


 自分だって、置いてかれる覚悟は出来ていた。自分が行動不能になって、グレーテルが動ける状態であれば、自分を置いて逃げろと言う覚悟はとうの昔に出来ていた。それこそ、魔法少女になったその日の内に出来ていた。


 けれど、置いて行く覚悟が出来ていなかった。恐らく、それはグレーテルも同じだろう。


 置いて行かれる事は良い。もう助からない自分より、生き残ったグレーテルの命を優先して欲しいと心の底から思っているから。


「……やっぱり、無理……っ」


 耐えられず、ぽろぽろと涙を流すヘンゼル。


 グレーテルの言う事が正しい。まともに動けないグレーテルを置いて、一般人の避難に尽力すべきだ。


 それでも、ヘンゼルは動けなかった。


 渦巻く闇が此処まで来たという事は、スノーホワイトは負けたと言う事。あのスノーホワイトが負けた相手に、負傷したグレーテルを抱えたままたった一人で勝つ事は不可能だ。


 勝つ事が不可能なら、グレーテルを失うくらいなら、もういっそ……。


 そんな弱気が頭を過ぎると同時に、それを掻き消すように家族や仲間との過ごした日々が一気にフラッシュバックする。


「……っ」


 滲む涙を乱暴に拭う。


「死んだら、婆とママンの料理、食べられん……!!」


 ずずっと鼻を啜り、ヘンゼルはグレーテルを乗せたままキャンディケインを動かす。


 ああ、そうだ。死ぬにはまだ惜しい。やりたい事もある。美味しいご飯も食べたい。新しく出来た家族とこれからも一緒に暮らしたい。何より、グレーテルと一緒にこの先も生きていきたい。


 諦めなければなんでも出来るわけでは無い。それでも、諦めてしまえばそこで全てが終わってしまう。


 不安定な軌道で飛ぶヘンゼルに気付いた渦巻く闇は、闇の奔流をヘンゼルへと向ける。


「ヘン、ゼル……っ」


 迫る闇の奔流を目にして、グレーテルの握る力が強くなる。


 まだ終われない。終わりたくない。こんなところで、死にたくない。死なせたくない。


「まだ、死ねない……ッ!!」


 天に吠え、あらん限りの力を振り絞る。


 その瞬間、ヘンゼルの内側から魔力が溢れ出す。


 溢れ出した魔力は眩い光を発して闇の奔流を遮る。


 数秒間の発光に大きく怯む渦巻く闇。だが、今回は逃げる事はしない。校舎の影に慌てて隠れて魔力の光をやり過ごす。


 あの双子が目下最大の脅威であり、その片割れを仕留める事が出来た今が脅威を排除する最大の好機。


 光が止むのを待ってから、渦巻く闇は校舎の影から躍り出る。そこには、渦巻く闇を倒す為に残った魔法少女達と一緒に、瀕死のグレーテルを抱えたままキャンディケインに跨るヘンゼルの姿があった。


 その姿に多少の違和感を覚えるけれど、その違和感の正体に気付く前に、ヘンゼルがキャンディ爆弾を放つ。キャンディ爆弾は閃光を放ち、その閃光に怯んだ渦巻く闇に向けて魔法少女達は魔法を放つ。


 閃光を放つヘンゼルの攻撃に翻弄されながらも、渦巻く闇は魔法少女達を蹂躙した。建物を壊し、地面を抉り、魔法少女を押し潰し、千切り、破壊した。魔力が底をついたのか、動きが遅くなったヘンゼルもあっさりと倒す事が出来た。


 闇の奔流を旋回させて上空からヘンゼルとグレーテルに叩き付けた。体育館の天井を砕き、床板を割り、鉄骨を歪ませる。瓦礫の下敷きになったヘンゼルとグレーテルから魔力反応は無く、完全に生命活動を停止させていた。


 後顧の憂いが無くなった渦巻く闇は、本能の赴くままに学校に留まった魔法少女達を蹂躙した。


 逃げ延びた者が居れば後で殺せばいい。逃げ出すという事はどうせ何も出来ない木っ端なのだから。


 学校に残った魔法少女の数は明らかに少ない。一般人を逃がす間の時間稼ぎのために決死の覚悟で残ったのだろう。


 時間稼ぎが出来るくらいには力がある者が残った。であれば、残りの戦力の力量など高が知れている。


 学校での殺戮を終えた渦巻く闇は、また姿をくらませる。


渦巻く闇は気付かない。あの時覚えた違和感を既に忘れているのだから。


 そして、自身が学校に留まった約三十分間が、自身の首を絞める致命的な時間であったことを思い知らされることになる。


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