異譚72 ちょっとくら火を借りるのです
小さな身体と機械の身体が宙を舞う。
イェーガーはさて置いて、イヴは見た目以上に重たい。そんなイヴを吹き飛ばせるという事は、それだけの膂力を持っているという事に他ならない。
一回前の段階ではそんな膂力は無かった。あまりに飛躍的な強化に驚いたのはほんの一瞬。それこそ、一秒にも満たない程の時間。
即座に空中で姿勢を整え、剣使いの獣人の次の手に対応すべく全ての感覚機器を剣使いの獣人に向ける。
自身と一緒に吹き飛ばされたであろうイェーガーの心配はしない。何せ、イヴが空中で体勢を整えるその前に既に動き出していたのだから。
「っぶねーなぁッ!! 真っ二つになるとこだったじゃねぇかッ!!」
空中で身を翻しながら、片手に持った長銃で剣使いの獣人を撃つイェーガー。
イヴは剣使いの獣人の攻撃を大斧を滑り込ませる事で防ぎ、イェーガーは一瞬で腰に装備していた古めかしい大振りのナイフを抜いて、上手く攻撃をいなしていた。それでも完全に威力を殺す事は出来ないと判断したため、即座に後方に飛び退いてはいたけれど、相手の攻撃の威力が強すぎて思った以上に吹き飛ばされてしまったのだ。
「無事か、イヴ!!」
『問題ありません。イェーガーこそ、左腕は大丈夫ですか?』
「多少痺れるけどなんとかなる!!
『それは僥倖』
「僥倖な訳ねぇだろうが!」
先に地面に着地したイヴはすかさず剣使いの獣人に肉薄する。
剣使いの獣人の姿は明らかに先程よりも異様な容貌をしていた。
歪に継ぎ接ぎされた身体は肥大化しており、当初の人間程の大きさとは比べ物にならない程の巨体に変貌している。大剣を持った右腕は最早大剣と同化しており、左腕以上の肥大化と複数の関節を有している。
元々骨の無いような動きをしていたけれど、長大になった右腕の攻撃はその関節の数も相まって鞭のようなしなやかさを獲得している。
「さっきより手が付けられなくなってきやがったなぁ……!!」
左腕は痺れて動きが悪い。精密射撃を売りとしているイェーガーには、少しでも不調があれば既に使い物にならなくなったも同然。
右腕だけでも精密射撃は可能だけれど、両手持ちの時よりは格段に精度は落ちる。先程までのイヴの背後から突然銃弾が出て来たように思わせる神業射撃は使えない。
それでも、イェーガーの放った銃弾は剣使いの獣人に命中している。剣使いの獣人も長大になった右腕の取り回しが難しいのか、イェーガーの銃弾を斬るような技巧を失ったようだ。
イェーガーの銃弾が簡単に命中するようになったのは僥倖ではあるけれど、状況はまったくもって好転していない。
相手の飛躍的な強化に加え、こちらは超再生の原理と、その止め方を知らないのだ。
「くそっ……ちゃんと考えろ。なんかあんだろ、なんか……!!」
援護射撃をしながら、必死に攻略法を考えるイェーガー。
再生しなくなるまで倒し続ける。現実的じゃない。再生の底が知れない上に相手の強化の上限も分からない。今以上に手が付けられなくなる可能性がある。
斬った傍から炎で燃やす。神話でヘラクレスがヒュドラを倒した手段だ。切った首の断面を松明で炙る。まず火を使える魔法少女が居ない上に、素早く動き回る剣使いの獣人を相手に再生出来なくなる程の炎を当てる事は厳しいだろう。
いや、それでもやるしか無い。松明くらいだったらイェーガーも出せる。痺れる左腕でも松明を振るう事くらいは可能だ。
近接戦をするために、イェーガーはソードオフショットガンに持ち替える。普段であれば散弾を使うけれど、スラグ弾という長銃や短銃のように一発だけ打ち込める弾に変えている。
短銃の時よりも威力は上がり、イヴへのフレンドリーファイアの心配が軽減されるけれど、その分魔力消費は通常の弾の倍近い。威力という点を強くイメージしているため、そのイメージを実現させる為に魔力消費が大きいのだ。加えて言うと、最近知ったばかりの知識なのでイメージが難しいというのも原因の一つではある。
左手に松明。右手にソードオフショットガンを持ち、イェーガーは剣使いの獣人へ肉薄する。
「あたしも近接に移る!! カバー頼む!!」
『了解です』
ソードオフショットガンを撃ちながら、イェーガーは剣使いの獣人の懐に入り込む。
イヴが鞭のようにしなる右腕を抑え込んでくれている間に、何発も銃弾を撃ち込みつつ、銃傷部分に松明を押し当てる。
「あっ……」
そこで、気付く。
再生が始まるのはいつも完全に停止した後であり、戦闘中に傷が再生する事が無いという事に。
つまり、現段階では検証のしようが無い。
「意味ねぇじゃねぇか!!」
その事実に気付き、イェーガーは声を荒げながらも冷静に敵の攻撃を掻い潜って剣使いの獣人から距離を取る。
「悪ぃ!! 離脱!!」
『お早いお帰りで』
「だから悪ぃって!!」
イヴのちくちく言葉を受けながらも素直に謝罪をするイェーガー。
だが、ちくちく言葉と同時に何故かイヴも剣使いの獣人から距離を取り、イェーガーを抱えて走り出す。
「ちょっ、なんだよどうした!?」
『いえ。今のイェーガーの行動で少し試したい事が出来ましたので、ひとまず後退しようかと』
「試したいっぶねぇっ!?」
逃げる二人を追いかけて来た剣使いの獣人の攻撃をすんでのところで回避するイヴと、即座にスラグ弾を撃つイェーガー。
牽制をし続けないと、剣使いの獣人は先程のような目にも留まらぬ速さで肉薄してくる。瞬間的な速度なのか、維持可能な速度なのかは分からないけれど、あの速度が脅威になる事には変わりない。
イェーガーの銃撃を叩き切れない以上、スラグ弾は直撃を免れない。ゆえに、前方への直線的な動きは出来ない。そんな事をすれば、イェーガーの良い的になるからだ。
スラグ弾も厄介だけれど、一番厄介なのはイェーガーの持つ銀の弾列。あれが直撃するのは厄介極まりない。
必然的にあちこちに動き回りながら、鞭のようにしなる右腕で中距離攻撃をする他無い。
二人に肉薄出来ない苛立ちから咆哮を上げる剣使いの獣人。
「うるさっ……で、試したい事ってなんだよ!?」
剣使いの獣人を牽制しながら、イェーガーが訊ねる。
『はい。まず、原理不明の超再生と言えども限界はあるでしょう。そもそも、あれが超再生なのかどうかすらも怪しいところですが』
「どういう事だよ? 現に再生してんじゃねぇかっぶな!! おいこっちは話してんだ!! ちょっかいかけてくんじゃねぇぶっ殺すぞ!!」
声を荒げながら、何発もスラグ弾を撃ち込むイェーガー。
そんなイェーガーを気にした様子も無く、イヴは説明を続ける。
『再生。簡単に言えば元の形に戻る事です。ですが、あれは元の形に戻るどころか、それ以上の体積に膨れ上がっています。生物学的に言えば過剰再生状態ですが、その限度を超えているように思えます』
「まとも生物かどうかも怪しいんだから、んなこと気にしててもどーしようもなくねぇか?」
『ええ、だから気にしません』
「んじゃなんで説明したんだよ!! 気にしねぇならいらねぇだろ今の!!」
『知識マウントですが、何か?』
「バカ相手にマウントとってどーすんだよ!!」
『ツッコミ辛い自虐ネタ……くっ、イヴの負けです! やはりジョークの練度を上げてから挑むべきでした……』
「なんの勝ち負け!?」
イェーガーからは見えないけれど、イヴは本当に悔しそうな顔をしている。知識でマウントは取れるけれど、こういうジョークの類いはまだ勉強中なのである。
『それはともかく、ヘラクレスの十二の試練から着想とは良い着眼点です。再生は断面から、もっと言えば傷付いた部分から行われていました』
「さっきは内側から膨れてたろ」
『銀の弾列によって内部がズタズタになっていたからです。傷口からの再生というのは確定で良いでしょう』
「なるほど。で、結局どうすんだ?」
『此処まで情報が揃えば、試す事は一つですよ』
そう言って、イヴは得意気な口調で言い放つ。
『ちょっくら火を借りるのです』
「……お前のジョーク壊滅的だな」
『それはどういう意味ですか!?』




