異譚71 覚醒の白姫
短め
俊敏に動く渦巻く闇とは対照的に、スノーホワイトの動きは酷く緩慢だった。
傷付いた身体を引きずって歩き、迫る渦巻く闇の奔流を氷の義手を払い瞬時に凍結させ、崩壊させる。
一歩踏みこめば瞬時に氷の領域が広がり、広がった氷の領域から数多の氷の動物達が生まれ、氷の領域を拡大させながら渦巻く闇へと迫る。
生み出された氷の動物達はそんなに戦闘力は無い。それでも、相手を怯ませる事は可能だし、移動の間にスノーホワイトの領域を広げる事が出来る。
スノーホワイトの様子を窺うように、渦巻く闇は一定の距離を取りながら攻撃を仕掛けて来ている。様子見程度の攻撃だけれど、少し触れただけで家々が半壊する程の威力。
それを、スノーホワイトは全て凍らせる。最初に相対した時には凍らせる事すら出来なかったけれど、今のスノーホワイトであれば簡単に凍らせる事が出来る。
これだけ大規模に魔法を行使しているにも関わらず、スノーホワイトに疲弊の色は無い。いや、負傷の影響で疲弊はしているけれど、魔法の行使による疲弊が無いのだ。
「ちまちまちまちま……鬱陶しいわね」
舌打ちをしながら、スノーホワイトは渦巻く闇へと歩を進める。
「真正面から来なさいよ。面倒臭い」
そう言った直後、左右から渦巻く闇の奔流がスノーホワイトを襲う。
渦巻く闇の奔流はスノーホワイトを押し潰すように激突し、竜巻のように渦を巻く。
スノーホワイトを簡単にズタボロに出来るだけの威力を持つ渦巻く闇の奔流。それが二方向から直撃し、竜巻のように渦巻けば、中に居るスノーホワイトも無事ではいられないだろう。
「はぁ……だから、真正面から来なさいって、言ってるわよね?」
荒れ狂う闇の竜巻の中から、静かに声が漏れ聞こえる。
直後、闇の竜巻の中から巨大な氷塊が出現し、闇の竜巻を一瞬にして霧散させる。
闇の竜巻を一瞬にして霧散させた氷塊は、直後に音を立てて崩れ落ちる。
氷塊の中に居たのは勿論スノーホワイト。だが、明らかにその姿は闇の竜巻に呑まれる前とは違っていた。
白一色のドレスは変わらない。けれど、その衣装には今まであったフリルなどの装飾が減っており、その代わりに美しく繊細な刺繍が所々に施されている。
渦巻く闇に吹き飛ばされた左腕には純白の義手が備わっており、氷の義手の時よりもスムーズに動かす事が出来た。義手にも煌びやかな装飾がほどこされており、その緻密で繊細な意匠はまるでお姫様のティアラのような美しさを醸し出していた。
艶やかな白の長髪にはアクセントとして純白の髪留め。純白のハイヒールが地面を打ち鳴らすたびに、先程までとは比べ物にならない勢いで氷の領域が広がる。
美しい純白のお姫様。なのに、その瞳に光は無く、あるのは暗く冷たい憎悪のみ。
「破壊力が高いからって、攻撃が一辺倒過ぎるわ。もっと工夫を凝らして? 私が一度負けた事をちゃんと納得させて? あぁ、強かったんだ、だから負けても仕方が無かったんだって、私を心底から納得させて?」
こつり、こつり。ヒールを鳴らしながら、スノーホワイトは渦巻く闇にゆっくりと歩み寄る。
「そうすれば、この胸の痛みも、どうしようも無い憎悪も、少しはマシになるでしょ?」
すっとゆっくりと腕を上げる。
スノーホワイトの動きに合わせるように、周囲に氷の剣が複数生成される。
「猿真似。でも、これくらいは許してくれるわよね」
ぴっと人差し指を軽く持ち上げる。その瞬間、氷の剣が一斉に渦巻く闇に迫る。
霜をまき散らしながら飛翔する氷の剣。その軌跡はキラキラと霜が光り輝き、周囲の熱を急激に奪っていく。
周囲の熱が奪われた空間は凍り付き、凍り付いた場所からは氷の動植物が生成される。
一歩歩くだけで、それどころか、その場に存在するだけで世界を氷で覆わんとする侵食力にスノーホワイトは気付いていない。
出血多量と疲労感で頭が重く、思考もぐちゃぐちゃで定まっていない。自分の姿の変化にすら気付いていないのだ。
今、スノーホワイトの頭の中を占めているのは、絶対に渦巻く闇を殺してやるという暗い使命感のみ。それ以外の事は些事であり、二の次なのだ。
だが、その変化を客観的に目の当たりにせざるを得ない渦巻く闇は、明らかに先程よりも強くなっているスノーホワイトに酷く困惑していた。そして、困惑しながらも、渦巻く闇の奔流を放って迫る氷の剣を迎撃し、多方向に伸ばした渦巻く闇の奔流でスノーホワイトを攻撃する。
しかし、明らかに死角からの攻撃であるはずの闇の奔流を、スノーホワイトは難なく氷壁で抑え込む。それどころか、闇の奔流は氷壁に触れた瞬間に凍り付き、その凍り付いた部分が闇の奔流を伝って氷の範囲を広げようとする。
闇の奔流を自切して氷の侵食を食い止めながら、渦巻く闇は更に攻撃の手数を増やす。
「だから――」
けれど、そのことごとくを、スノーホワイトは凍てつかせる。
「――攻撃が一辺倒だって、言ってるわよね?」
全てを凍てつかんとする暗く冷たい瞳で渦巻く闇を見据える。
事ここに至って、渦巻く闇は理解する。あの時、自身の弱点となる双子を追う事を優先せずに、確実に息の根を止めておくべきだったと。
そうすれば、こんな化け物と相対する事も無かったのだから。




