異譚70 白蛆
すみません。熱でぶっ倒れてました。
復調してきたので、ゆっくりですが書き始めます。
あと、素敵なレビューをいただきました!
ありがとうございます! たいへん励みになっております!
冷たい太陽と縦横無尽の流星が幾度と無く激突する。流星は衛星のように冷たい太陽の周囲を飛び回り、冷たい太陽の表面を抉る。
表面とは言え、遠目に見ても分かる程に冷たい太陽は抉れていた。皆既日食でしかお目にかかれないような抉れ方。それが、外縁に幾つも、まるで子供に齧られた大きなクッキーのように付いている。
経験不足。実力不足。それを身に染みて実感しているシュティーフェルですら、その光景の異常さとロデスコの実力の高さを思い知る。
自分では天地がひっくり返っても勝てない相手。そもそも、通常攻撃が食らうのかどうかすら分からない相手。炎相手にどう立ち向かえば良いのかなんて分かるはずも無い。
そんな相手にダメージを与えられるロデスコの突出した強さを改めて実感する。
それでも、冷たい太陽に勝てるかどうかは分からない。それほどまでに、冷たい太陽は規格外の存在なのだ。
「――っ!! 人型接近です!!」
「りょかーい!! みんにゃ~、事前の打ち合わせどーりにお願いにぇ~!!」
ロデスコの戦いを最後まで見守るだけ、という訳にはいかない。
シュティーフェルの耳が人型の動きをいち早く察知すれば、全員に緊張が走る。
人型の数は多い。それこそ、まともにやり合えば勝てないくらいに。
それほどまでの多勢に無勢。けれど、シュティーフェル達に諦めの色は無い。
近接戦闘と攪乱が得意な面々が家の外へ出て迎撃し、遠距離攻撃が得意な面々が家に残り崩壊した壁や天井の隙間から人型を攻撃する。残りの面々が拠点となる家の守護を行う。
シュティーフェルは迎撃役として既に家の外に身を潜めており、敵を捉えた瞬間から軍刀を抜いて疾走していた。
音も無く肉薄したシュティーフェルに気付く事無く、人型の首が胴体と切り離される。
そこでようやくシュティーフェルの接近に気付いた人型達は、驚いた様子も慌てふためく様子も無く、冷静に、機械的にシュティーフェルへ魔法を放つ。
「『魔法は私には当たりません!!』」
猫の二枚舌を発動し、自身に向けられる魔法を回避させる。
「――ぃぅっ……」
魔法を行使した瞬間に喉がひりつく。
だが、ひりつく程度。継戦に支障は無い。
猫の柔軟さで魔法を躱し、一体一体確実に倒していく。
漁港の異譚で出会ったと記録のある認識や攻撃を逸らす事の出来る人型よりは単純だけれど、いかんせん数が多く、魔法の威力も高い。
炎の渦。炎の雨。炎の鞭。炎の矢。炎の蛇。炎の、炎の、炎の――
目まぐるしく繰り出される多種多様な炎の魔法。
一瞬でも気を抜けば既に火達磨になる。それは、シュティーフェルだけでは無い。
シュティーフェルと同じく迎撃を行っている魔法少女二人、李衣菜と玲於奈の二人も同じである。
前線で戦う三人が無理に止めを刺す必要はなく、後方から隙を見て遠距離攻撃で人型を仕留めてはいるけれど、それでも前線で戦い続ける三人の負担は大きい。
全方位を気にしなければいけない訳ではないのが、不幸中の幸いではあるだろう。ロデスコ達が戦っている方向からは一切人型の気配を感じる事が無い。
冷たい太陽の放つ規格外の火の粉は、魔法少女達の護る拠点の近くまで到達している。それだけでは無く、衝撃波や熱波までもが遠く離れた拠点にまで到達しているのだ。
二体の生ける炎の戦いに近付けば近付く程、生存率は大きく下がる。それは、炎に耐性のある人型達と言えども例外では無いだろう。
そのため、ロデスコが戦っている方向を気にする必要はない。まったく気にしない訳にも行かないけれど、大きく警戒を割くほどではない。
そのため、迎撃範囲はかなり狭める事が出来るのだけれど、それでもこの人数では手が足りない程に広大である。
「『瓦礫の雨に注意!!』」
何処かで冷たい太陽の放った火の粉が着弾し、瓦礫が放物線を描いて飛翔する。飛翔した瓦礫は目にも留まらぬ速さで容赦無く人型達に降り注ぐ。
喉がひりつく。でも、まだ大丈夫。まだ、もつはずだから。
『キヒヒ。そうだね、もって……後――』
あの日、チェシャ猫から聞いた言葉が脳裏を過ぎる。それを、些事だと思考から追いやる。
関係無い。平気だ。覚悟は出来ている。それに、今更後にも退けない。
『キヒヒ。だからって、投げやりはいけないよ。最後の最期まで、君は君らしくあるべきさ』
分かってる。投げやりになんてなってない。そんな中途半端な気持ちで戦っていない。これは、この覚悟は、ずっとずっと前から決まっていたモノなのだ。
あの日から、ずっと。
「――ッ!!」
全身の毛が逆立つ程の悪寒を覚え、シュティーフェルはその場から跳び退る。
直後、シュティーフェルの居た場所が凍り付く。
その場にあった全てが凍り付いた事に驚きで目を見張りながらも、シュティーフェルは即座にその下手人に視線を向ける。
それは、ぱっと見る限り白い芋虫のような蛆虫のような、一目見ただけでぞわりと鳥肌が立つような見た目をしていた。巨大な海豹よりも更に大きな身体に、頭部と思わしき場所には大きな口が備わっており、恐らく眼球があったはずの眼窩からは、玉のような赤い涙粒を絶えず垂れ流していた。
蛆虫の周りには普通の人型とは意匠の異なる服を着た人型を数人侍らせており、彼等にとって特別な存在である事は明らかだった。
その異様、その魔力量、その悍ましさ。どれをとってもただの異譚生命体では無い。低位ではあるものの、その白蛆はまごう事無く異譚支配者であった。
誰も助けは居ない。あの時のように、隣に並んでくれる美奈は居ない。
ぐっと強く軍刀を握り、シュティーフェルは迷う事無く駈け出した。
『キヒヒ。そうだね。単刀直入だけど――』
また、あの日の事を思い出す。
あの日、アトラク=ナクアを倒した後の事を。




